第7話 願い
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ハルルでの任務も無事に終わり、帝都に戻ったのは一昨日のこと。
リリーティアは騎士団本部内にある研究室いた。
結界力強化に成功したことで、その結果をもとに新たな案件の解決を模索しているところだった。
そんな時、アレクセイの補佐官がリリーティアの元へ尋ねてきた。
アレクセイが呼んでいるらしく、彼女は<帝国>の徽章をつけたいつもの魔導服(ローブ)を羽織り、騎士団長の執務室に向かった。
先日行った結界魔導器(シルトブラスティア)の強化についての話なのだろうか。
彼女はそう考えながら、本部の廊下を歩いた。
「リリーティア・アイレンスです。失礼します」
リリーティアは騎士団長の執務室の扉を叩いて扉を開けた。
一礼して中に入ると、執務机の後ろにある窓の前で、こちらに背を向けてアレクセイが立っていた。
その机の周りには相変わらず書類の山が積まれてたるが、その中央にだけ一枚の紙だけが寂しく置かれている。
「お待たせしました、アレクセイ閣下」
リリーティアの声が聞こえていないのか、アレクセイはただ黙したまま、相変わらず背を向けている。
その姿からいつもの彼の不雰囲気とどこか違っているような気がして、彼女は訝しげな表情を浮かべた。
もう一度、アレクセイの名を呼んでみたが、やはり彼からの反応はなく、窓の外に何があるのかじっと外を見続けている。
「あ、あの・・・」
明らかにいつもの彼とは違った様子に、彼女はいよいよ戸惑いを隠せなくなった。
「わたしも、未だに信じられん」
ようやくその沈黙を破り、アレクセイは言葉を発した。
しかし、その言葉の意味するところがよく分からなかった。
「まさか・・・」
そう呟くと、アレクセイは振り向いた。
俯いているせいで、その表情はよく見えなかった。
彼は重たげに自分の椅子に腰をかけると、手を組み、その上に額を乗せる。
「何か・・・あったのですか?」
リリーティアは恐る恐る窺うように聞いた。
いつもの威厳あるアレクセイの姿は、今はほとんどといって見られない。
いや、まったくないと言ってもいいかもしれない。
とても覇気が感じられなかった。
「あやつに、なんと言えばいい」
それは自分に言い聞かせたのか、とても弱弱しい声音であった。
彼の言う”あやつ”とは、きっと父のことだ。
リリーティアは誰のことを言っているのかすぐに分かった。
そう理解した瞬間、彼女は胸の奥が激しくざわめくのを感じた。
そのざわめきはどこか不快なもので。
「閣下・・・?」
リリーティアの声は少し震えていた。
彼女は自分でも分からないくらいにその胸に恐怖を感じていた。
アレクセイが父の事を口した時、一瞬頭に思い浮かんだのは母の顔だった。
なぜ母の顔が浮かんだのかは、彼女本人さえも分からなかった。
「リリーティア」
今まで独り言のように呟いていた声が、今度ははっきりと彼女の名を呼んだ。
アレクセイの右手が机の中央に置かれている、一枚の書類に添えられた。
その時になってやっと彼の表情が見て取れた。
その表情は苦悩にも似たもので、どこか顔色が悪く、その瞳は愁いているように見える。
「は、・・・い」
リリーティアの声がさらに震えた。
必死で震えを抑えようとしたが、何故だか出来なかった。
まだ、何も聞かされていないというのに。
「まだわたしも信じられないでいるのだが・・・・・・」
----------ドクン!
突如、心臓が跳ね起きたかように胸の奥が奮い立った。
考えたくもない予感が一気に頭の中を駆け巡る。
その予感を振り払おうと、ぎゅっと両拳を強く握りしめた。
「君の母・・・、リュネールが・・・・・・」
嫌だ!
嫌だ!!
それ以上言わないでっ!!
リリーティアの心は叫んでいた。
違う!
違う!!
それ以上言わ----------、
「亡くなった」
---------------------!!
頭を強く殴られたような衝撃が襲った。
亡くなったという意味さえも、しばらくはどんな意味だったのかとさえ考えるほどに、アレクセイの口から放たれた言葉はあまりにも信じたくないものだった。
リュネールの死を告げたのと同時にアレクセイは机の上に置かれた書類を力強く握りしめた。
その書類は音を立てぐしゃぐしゃになる。
その紙切れはリュネールの死を知らせたものであった。
リリーティアはじっとアレクセイを見ていた。
いや、その瞳には何も映してなどいなかった。
何も、何も。
その時、そこに母の笑顔が浮かんだ。
『約束ね、リリーティア』
それはあの時、ハルルで約束を交わして見た、母の最後の笑顔だった。
けれど、それが見えたのはほんの一瞬のことだった。
その笑顔はすぐに瞳の中から消えてなくなった。
リリーティアは声もなく、ただただ、そこに立ち尽くしていた。
アレクセイもまた、目を伏せたまま、じっと黙していた。
長い間、騎士団長の執務室には静寂の時が流れた。