第6話 約束
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その日の昼過ぎになって、リリーティアたちはハルルの街を出発すことになった。
予定では朝のうちに出発する予定だったのだが、先ほどの魔物襲来で予定を変更したのである。
あれから街の周辺を厳重に警戒しながら巡回してみたものの、魔物の影も何ひとつ無く、いつもの穏やかな平原に戻っていた。
ハルルの街の入り口ではキャナリ小隊たちを見送るために、リュネールをはじめ、多くのリュネール隊の騎士たちが集まっていた。
「みんなには心から感謝してるわ。私たちを助けてくれて本当にありがとう」
朝の戦闘時とはうって変わって、リュネールはいつもの穏やかな笑みを浮かべている。
「私たちこそ、リュネール隊の迅速な行動力と確固たる結束力を目の当たりにして、とても勉強になりました。リュネール隊のみなさんのように私たち小隊も頑張ります」
キャナリはリュネールを見据え、真剣な眼差しで言った。
彼女のその瞳には、いつもよりもさらに強い意志が宿っているように見えた。
「それにリリーティアの武勇伝も聞かせてくれましたし、とても楽しかったです」
「っ!?」
ダミュロンの言葉にリリーティアは僅かに顔を赤くさせるとダミュロンの方をばっと見た。
当の本人はにっと笑ってこちらを見ている。
それは、明らかに相手の反応を楽しんでいる悪戯な笑みであった。
「あら、ほんとダミュロン君、楽しんでくれて嬉しいわ。まだまだこの子の武勇伝はあるから、もしよかったらまた聞いてくれるかしら?」
「お母さんっ!!」
リュネールも悪戯な笑みを浮かべ、人差し指を立てて片目を瞑って見せた。
彼の言葉に乗った母に、リリーティアは顔を赤くしたまま恨めしい視線を向ける。
「ふふふ。冗談よ、冗談」
「(絶対また話すに決まってる・・・!)」
母の性格を良く知る彼女は頭を抱え、がっくりと肩を落とす。
そして、どこか諦めたように大きなため息をひとつ吐いた。
その時、リリーティアの頭の上に一片の花びらが落ちた。
それは、ハルルの樹に咲くルルリエの花びらだった。
それを見たリュネールはくすっと小さく微笑んで、そのルルリエの花びらをそっとその手で摘んだ。
リュネールはじっとその花びらを見詰めると、丘の上にそびえ立つハルルの樹を遠くに見上げた。
ここから遠く離れた丘に立っているとはいえ、ハルルの樹は壮大でとても美しいのがここからでもよく分かる。
「リリーティア」
「・・・?」
その声にはどこか悲しい音が含んでいたように聞こえて、リリーティアは戸惑った。
母はハルルの樹をじっと見詰め続けている。
少し心配した面持ちで母の言葉を待っていると、不意にこちらに向いてにこっと笑みを浮かべた。
どうしたのだろうと首を傾げたその時、リリーティアはリュネールに体を抱き締められた。
「お、お母さん?」
突然の行動に驚きつつも、抱き締めたまま一言も喋らない母に彼女はどうしていいか分からなかった。
「お花見しましょ!」
抱きしめる腕を解いたかと思うと、リュネールは明るい調子で言った。
「へ?」
あまりに唐突に言うものだから、リリーティアの口からは間抜けな声が出てしまった。
そのまま呆然として母の顔を見上げる。
「お母さんとお父さん、そして、リリーティア。家族3人でハルルでお花見よ」
リュネールは微笑みを浮かべると、もう一度ハルルの樹を見上げた。
ルルリエの花びらが街の上空を優雅に舞っている。
「お花見・・・・・・」
リリーティアも彼女に倣うようにハルルの樹を見上げた。
あたたかな風が頬に優しく吹き渡る。
リリーティアは家族三人でお花見をしている情景をふと思い浮かべた。
それは、考えるだけで胸の中がわくわくして、彼女の表情はぱっと輝く。
けれど、それは一瞬ことだった。
彼女はすぐにはっとすると、どこか窺うように母の顔を見上げた。
「でも、本当にいいの?」
リリーティアはどこか不安げな表情を浮かべていた。
彼女は気がかりだったのだ。
その気がかりとは父と母の身を案じてのことだった。
常日頃、仕事に追われ、忙しい身の上である父と母。
それは昔から変わらずそうであった。
さらに今では各地で様々な問題が起こり、まとまった休みなどほとんど取れない状況化にいるのだ。
そんな中で本当に二人が揃って休みが取れることが出来たなら、お花見よりもゆっくり体を休めるほうが父と母のためなのではないか。
娘であるリリーティアはそう思った。
「せっかく休みが取れるなら、お父さんもお母さんもゆっくり体を休めたほうがいいよ」
だからこそ彼女は素直に喜べなかった。
お花見と簡単に言えど、帝都からハルルの街まで行くのも大変な道のりだ。
それでは、せっかくの休みだというのに二人の体が休まらないことになるかもしれない。
そうなるのは嫌だった。
「私は家族三人で過ごすことができるだけで嬉しいから大丈夫だよ」
もちろん彼女の心の中には、お花見がしたいという気持ちは確かにあった。
でも、その気持ちは自分の勝手な気持ちだ。
自分のわがままで忙しい父と母の大切な休みを潰したくはない。
その気持ちのほうが遥かに強かった。
それに、家族三人でいられるだけで十分に嬉しいという言葉は、彼女の遠慮でもなんでもなく確かな本心だ。
「リリーティア・・・」
リュネールはふっと悲しげな笑みを浮かべた。
彼女は娘のその胸に秘めたその気持ちを深く理解していた。
それなりの物心がついた頃から、リリーティアは、娘は、よく人を察するようになった。
それは気遣いであり、優しさでもあり、そこが娘の美点でもあった。
けれど、それはまた気がかりな部分でもあったのだ。
いつしか娘は言わなくなった。
『-----をして遊びたい』
『-----へ行きたい』
親に対して子どもの誰もが言うような些細で当たり前の言葉。
あれがしたい、これがしたい。
いつしか、リリーティアの口からは言わなくなってしまった。
だから、よく親のほうから尋ねていた。
『-----して遊ぼうか?』
『-----に行ってみるか?』
それでも、遠慮する娘にはいつもこう言っていた。
「私、どうしてもお花見したいの。ね、いいでしょ?」
そう言って、リュネールは笑顔を浮かべる。
リリーティアは顔を伏せて少し何やら考えるも、顔を上げたその表情は見る間に笑顔に溢れていった。
「うん!私もお花見したい」
「じゃあ、決まり」
その時のリリーティアのその笑顔は年相応の子どもらしい笑顔だった。
そのあどけない笑顔を、リュネールは愛おしそうに見詰めた。
「(もっと甘えてくれてもいいのに・・・)」
こうして、こっちからそれがしたいのだとお願いすると、娘は嬉しそうに自分も肯定するのだ。
傍から見ていると、どちらが親でどちらが子どもなのかと思うだろう。
けれど、そう言わないと娘はけして自分から子どもらしいわがままという願いを言うことはない。
それもわがままというには語弊があるだろうけれど。
だから、リュネールは幼い頃から周りのことをすぐに察する娘をとても心配した。
それは父であるヘリオースも同じで、その気遣いで娘自身が辛い思いをしていないかといつも身を案じていた。
そして、それ故に、娘は早くから誰よりも周りの表情の僅かな変化を読み取ったり、人の動きを読み取ったりする能力に長けた。
物事のその先を読んで判断し、その判断にも正確さがあった。
年齢の割に物事を見極める能力があまりに優れているのである。
親の目から見れば娘の自慢できることも、思えば複雑に思うところでもあった。
「約束ね、リリーティア」
そんな複雑な思いを秘めながら、リュネールは満面の笑みを浮かべた。
それは母として浮かべた優しい笑顔だった。
娘が娘として笑えられるように。
娘がありのままで笑えられるように。
彼女のその笑顔は、そんな想いが込められた笑顔。
「うん、約束」
リリーティアも満面の笑みを浮かべた。
それは娘として浮かべた満面の笑み。
母に向けた娘としての笑顔だった。
ありのままに浮かべた笑顔だった。
彼女のその笑顔は、心から喜んでいる笑顔。
娘の笑顔に、母であるリュネールはさらにその笑みを深くした。
楽しげに笑い合う二人を温かい風が優しく包む。
そして、二人は互いに指きりを交わした。
遠い空の下にいる父、ヘリオースも、この約束を喜んでくれていることを想いながら。
第6話 約束 -終-