第4話 家族
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その夜。
「初めて魔術を使ったときは、もう何事かと思ったんだから」
「リリーティアさんが始めて魔術を使ったのは何歳の頃だったんですか?」
楽しげに話すリュネールにソムラスが尋ねた。
「確か・・・3歳の頃だったかしら」
「「3歳!?」」
ダミュロンとゲアモンが揃って驚きの声を上げた。
キャナリ、ヒスーム、ソムラスのその目も驚きに見開かれている。
「突然、騎士団本部にある夫の研究室から大きな音がしてね。私と夫は急いでその部屋に向かったの。そしたら部屋にあった壁一面の大きな本棚が真っ二つに割れていたのよ」
「ちょ、ちょっと、お母さん・・・も、もういいから・・・」
ハルルの街のとある食事処に一行の姿はあった。
夜になって食事も終えたリリーティアたちは、リュネールと他愛の無い話でその時間を過ごしていた。
最初はこの地域の魔物の現状など業務的なことを話し合っていたのだが、気付くといつの間にか幼い頃のリリーティアの話になっていたのであった。
それもこれもリュネールがきっかけであったのは確かなのだが、彼女やダミュロンたちはとても楽しそうに話している中で、リリーティアだけが慌てたり、顔を赤くしたり、耳を塞いだりと、それはあまるで百面相をしているように一人だけ表情の変化が激しかった。
彼女だけがそうなっているのも仕方がない。
誰だって自分の幼い頃の話を面白おかしく話されたら、居た堪れない気持ちにもなるだろう。
まさに今、彼女はそんな状況の中にいて、自分の昔の話を皆に聞かれ恥ずかしくて仕方がないのだった。
しかし、そんな彼女の気持ちを知ってか知らずかリュネールはずっと話を続けていた。
「そこにあった本だってバラバラに裂かれていたわ。もう私は唖然として何も言えなくてね。夫はリリーティアの名前を叫んで駆け寄ったの。私はてっきりこの子のことを叱るのかと思ってたんだけど・・・」
「叱らなかったんですか?」
ゲアモンが尋ねるとリュネールは苦笑を浮かべ、
「叱るどころか、この子を抱きかかえて子どものようにはしゃぎ回ったのよ」
「自分のお子さんが初めて魔術を使ったということが、とても嬉しかったんですね」
キャナリの言葉に、リュネールは困ったような笑みで頷いた。
「私は夫の行動に呆れたわ。でも、一番呆れていたのはアレクセイ閣下かしら」
「騎士団長が?」
ダミュロンは意外な登場人物に少し驚いた。
それには他の者たちも同じ反応である。
「ええ、その音に彼もその部屋に駆けつけてきたの。とても慌てた様子で『何事だ!』って。そしたら、夫のあのはしゃぎ回りようでしょ。それこそ何事だって感じよね」
一家族の些細な出来事を楽しげに話すリュネール。
周りの者は皆、彼女の話に引き込まれるように聞いていた。
「夫はリリーティアを抱きかかえたまま目を輝かせて閣下にこう言っていたわ-----------」
----------10年前。
『見てくれよ!リリーティアが魔術を使ったんだぞ!』
リリーティアの父、ヘリオースは二つに引き裂かれた本棚とバラバラに裂かれた本の山を指差す。
これほどまで自分の研究室が悲惨な目にあっているというのに、その目は喜びに満ちていた。
『さすが俺の娘だ!な?アレクセイもそう思うだろ!』
『え、あ・・・ああ?』
アレクセイは訳も分からないままに肯定した返事を返した。
返事を返したというよりも、聞き返したようなものだったが。
『だろ~♪♪すごいぞ、リリーティア!えらいな~』
戸惑うアレクセイをよそに幼い娘を抱え、辺りをくるくる回って大喜びするヘリオース。
それはもう子どものような喜びようだった。
『あ!もう一度やってみてくれ。ちゃんとこの目に焼き付けておかないとな』
『いいの?』
父の腕の中で、幼いリリーティアはぱっと目を輝かせた。
ヘリオースは彼女をおろすとその小さな肩に手を置き、にっと満面の笑みを浮かべた。
『おう、遠慮なくやってくれ!』
『うんっ!えー、と・・・・・・』
リリーティアは大きく頷くと、そっと目を閉じた。
すると、彼女の足元に緑色の術式が現われる。
『わくわく♪』
ヘリオースは相変わらず子どものような好奇心一杯の瞳で、リリーティアの様子を見詰めている。
『待って待って待って!!』
『待て待て待て!!』
リュネールとアレクセイの声が重なる。
二人はぎょっとして、詠唱を唱える彼女とヘリオースのもとへ慌てて駆け出した。
『ええ~、なんで止めるんだよ二人とも~』
ヘリオースは不服な顔で止めた二人を見る。
『止めるに決まってるわよ!』
『せ、せめて外でやってくれぬか・・・』
リュネールは声を荒らげて叫び、アレクセイはというと心底呆れている様子であった。
『ケチだな~。なぁ、リリーティア』
それこそ、ヘリオースは子どものように拗ねて娘を見る。
リリーティアも父を真似てなのか、ぷくっと頬を膨らませて父を見返した。
『まったく・・・。アレクセイ、ごめんなさい』
『いや・・・まあ、大事に至らなかったようならそれでいいが』
リュネールはヘリオースの様子にほとほと呆れながらも、アレクセイに頭を下げる。
アレクセイはまだ少し困惑していたが、何より親友の娘に怪我がなくて安堵する気持ちのほうが大きかったようだ。
魔術はひとつ間違えると、術者自身が怪我を負うこともある危険なものだからだ。
彼は大きく息を吐くと、その場にしゃがみ込み、幼いリリーティアへその視線を合わた。
『リリーティア、部屋の中で魔術は使ってはいかん』
アレクセイのその言葉には少し厳しさがあった。
まして、狭い部屋の中での魔術となると、それこそ危険なことでしかないのだ。
熟練した使い手でも細心の注意を払っての扱いが必要で、それなりの技量と技術が求められる。
『っ・・・・・・』
アレクセイの言葉にリリーティアは一瞬目を大きく見開くと、しゅんとして顔を俯かせた。
彼女はぐっと強く口を噤んでいる。
泣くのを精一杯堪えているようだった。
『別にいいだろー』
『お前は・・・、それでも親か』
『正真正銘かわいいリリーティアの父親だな、うんうん』
ヘリオースは自分の胸を強く叩きながら胸を張って応えた。
『・・・はぁ』
アレクセイは片手で頭を抱えると、大きなため息をついた。
『何だよ、そのため息は』
ヘリオースはアレクセイを睨み、指をさしながら言った。
『もう、あなたは黙ってなさい』
『リリーティア、この二人がお父さんを苛めるぞ!』
ヘリオースは、まるで盾にするように娘の背後にその身を隠して訴えた。
『あなたって人は・・・』
リュネールは夫の様子に心底呆れ果てて項垂れた。
すると、リリーティアがばっと勢いよく顔を上げた。
彼女の小さなその目には大粒の涙が溜まっている。
『ご、ごめんな、さい・・・。わ、わたし、わるい、から。ごめ、なさい!』
舌足らずな言葉で一所懸命に謝る幼いリリーティア。
体を震わせながらも、何度も言葉を詰まらせながらも、「ごめんなさい」を繰り返した。
顔を俯かせ、その瞳から涙の粒が床に落ちても、何度も謝り続けている。
『リリーティア』
しばらくして、アレクセイの声がリリーティアの耳に届く。
彼女は恐る恐るその顔を上げた。
そこには困ったような、でも、優しげな笑みを浮かべたアレクセイがいた。
『もう怒らんよ』
『・・・ほん、と?』
その目にはまだうっすらと涙が浮いている。
頬にも涙の後がくっきりと残っていた。
『ああ。ちゃんと謝ったのだからな』
片膝をつきながらアレクセイは頷いた。
その目は、本当に優しい目だった。
『魔術を使えたことはすごいことだ。よく頑張ったな、リリーティア』
とても大きな手がリリーティアの小さな頭をそっと撫でた。
彼女の瞳は大きく見開き、その表情は見る見るうちに輝きを増していく。
『ええ。ほんとにすごいわよ、リリーティア』
リュネールも娘の手を取ると、笑顔を浮かべた。
『へへ』
リリーティアは頬を赤く染めて無邪気に笑った。
もうその瞳に涙は浮かんでいなかった。
『ヘリオース、しっかりしないとあっという間にリリーティアに抜かれるぞ』
アレクセイは立ち上がると、リリーティアの後ろにしゃがんでいるヘリオースに向かって、わざとらしく不敵な笑みを浮かべた。
ヘリオースはむっとしてアレクセイを見上げる。
『ほんと、しっかりしてよ』
『お前らな~』
アレクセイに同調して、リュネールも悪戯っぽく笑って言った。
ヘリオースは立ち上がり、ぐっと右の拳を握り締めて二人を睨み見る。
『しっかりしてよ♪』
二人の言葉を真似て、リリーティアも無邪気に両手を挙げて言う。
『リリーティアまで!?お父さんの味方じゃなかったのか!』
幼い彼女にとってはただ面白いと思って二人を真似て言った言葉だったが、ヘリオースにとっては無邪気に言われたその言葉は彼の心に大きな痛撃を与えた。
その証拠に、きゃっきゃっと楽しそうに笑うリリーティアの横でヘリオースは両手で頭を抱えて項垂れている。
『・・・・・・これは冗談抜きにすぐ抜かれるかも知れんな』
『・・・・・ええ、ほんとにね』
がっくりと落ち込むヘリオースに、アレクセイとリュネールは苦笑を浮かべた。
そして、彼の研究室には二人の笑い声が響いたのだった。