第3話 太陽
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テイドン砦は朝を迎えた。
砦の門は閉まったままで、砦駐在の騎士が朝日が昇る平原を見張っていた。
もうしばらく平原の様子を見てから門を開放することになり、それまで一行は砦で留まることとなった。
それまで、キャナリ小隊たちは砦の中で思い思いに時間を過ごしていた。
リリーティアはというと、昨夜からずっと寝台で休んでいる。
そうして陽が高く登った頃、ダミュロンをはじめ、ゲアモンとソムラス、ヒスームは時間を持て余して、砦の一角にある、織布を張った簡易な天幕の下で他愛ない話を交わしていた。
「みなさん、おはようございます」
そんな時、リリーティアが彼らの元に現れた。
倒れたのは昨日の事だというのに、もう寝台から起きてきた彼女にダミュロンは少し驚いた表情を浮かべて尋ねた。
「もう起きてて平気なのか?」
「はい。もうすっかりよくなりました」
リリーティアは笑みを浮かべ頷いた。
「倒れた時はどうなるのかと思った」
「あの時は、我々皆が焦りましたからな」
「すみません。ご心配をおかけしました」
ゲアモンとヒスームの言葉にリリーティアは申し訳なさそうに笑うと、小さく頭を下げた。
「気にしないで下さいよ。それよりも元気になって良かったです」
ゲアモンは嬉しげに笑って言った。
彼ら全員、彼女が元気になってくれたことは本当に嬉しいことだった。
気を失っていた時の彼女の顔色はあまりに青白く、精気がまったく感じられなかった。
特に倒れた直後は呼吸も浅く、その体も少しばかり冷たかったのである。
その状態を見れば、誰もがリリーティアの身の案じずにはいられなかった。
その状態から昨日今日でこうして元気に話せるようになったことは驚きだが、彼らは心から安堵した。
「リリーティア」
その声に振り向くと、キャナリが立っていた。
「あ、キャナリ小隊長、おはようございます」
「ええ、おはよう。でも、まだ起きてきてはだめよ。ちゃんと体を休めたほうがいいわ」
キャナリは心配した表情を浮かべ、リリーティアの体を気遣う。
「いえ、もう大丈夫ですから。ありがとうございます」
そう笑顔で答えたが、それでもキャナリの心配した面持ちはそのままだった。
その様子にリリーティアは本当に大丈夫だということを伝えると、他の隊員たちにも今回のことに対するお詫びと礼がしたいために、周りにいる小隊たちに声をかけて回った。
「・・・・・・」
他の騎士たちと話すリリーティアをダミュロンは怪訝そうに見詰めていた。
それは、彼女の様子に少し違和感を感じたからだ。
それは何故かと聞かれると彼自身にも分からなかったが、彼女の浮かべているその笑顔を見ていると、何故かそれを強く感じたのである。
彼がそんな違和感を感じている中、リリーティアはキャナリ小隊の騎士たちに礼を言って回っていく。
誰もが彼女が元気になってくれたことを喜び、彼女が詫びる度に気にしなくていいと温かい言葉をかけた。
そうして、キャナリ小隊の騎士たちに話して回っていると、
「わっ!!
リリーティアは、突然後ろへ腕を強く引っ張られた。
その勢いに彼女は躓きそうになる。
「・・・と、・・・え?・・・あ、あの・・・!」
はっとして見ると、その腕を掴んでいたのはキャナリで、彼女はリリーティアの腕を掴むとそのままどこかへ向かって足早に歩き出したのだ。
リリーティアからは彼女の表情を窺い知ることができなかったが、その表情はとても険しいものだった。
ダミュロンを含め、他の騎士たちは首を傾げた。
リリーティアが戸惑っているのもよそに、彼女は黙したまま強引にもその腕を引っ張ってスタスタと歩いている。
「小隊長、一体どうしたんだ?」
ゲアモンは隣にいたダミュロンに聞く。
ダミュロンも彼女の行動の意味が読めず、ただ肩を竦めるだけだった。
何がなんだか分からないままにダミュロンたちは呆然と見ているだけだったが、
二人がリリーティアが休んでいた部屋がある砦の詰め所に入って行くのを見て、訝しげにで互いの顔を見合わせると、彼らもそこへと向かった。
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「キャ、キャナリ小隊長?」
「ちゃんと体を休めなさい」
部屋に入るや否やリリーティアを寝台の上へ座らせると、キャナリは強い口調で言った。
彼女の言葉に慌てて立ち上がると、
「い、いえ。私はもう-----」
「大丈夫です」と言おうとしたが、キャナリに肩を抑えられ、有無を言わせずに再び寝台の上に座らされた。
「そんな顔で大丈夫って言われても全然説得力は無いわ」
「え?」
リリーティアは目を見開く。
キャナリは腰に手を当てて、険しい表情を浮かべてこちらを見下ろしていた。
「無理をしているんでしょ?今日は一日ここで安静にしているのよ」
「そ、そんな無理だなんて!本当に私はもう-----」
「いい加減にしなさい!」
キャナリの厳しく張った声に、リリーティアは目を何度か瞬かせて驚いた。
ちょうどその時に部屋の中に入ろうとしたダミュロンは、部屋に一歩踏み出したその足を止めた。
「私たちに心配をかけたくないっていう気持ちは分かるわ。でも、それが余計に心配なの」
リリーティアがずっと無理をしていることをキャナリはすぐに分かっていた。
そして、そうまでして大丈夫な様子を装うリリーティアの気持ちも。
「無理はしないでって言ったじゃない」
「い、いえ、無理などは・・・・・・」
険しい表情のキャナリに、リリーティアは肩をすぼめる。
「していないっていうの!そんな辛そうな笑顔まで作って!」
「っ・・・!?」
キャナリの怒鳴り声に大きく肩を震わせた。
怒りをあらわにする彼女に驚きを隠せず、リリーティアは瞬き一つせずに唖然として彼女を見上げた。
キャナリはすぐに見抜いていた。
皆と話を交わしているリリーティアの笑顔の中には、微かに辛そうな時があるということを。
それが、さっきダミュロンが彼女に対して感じていた違和感の原因であった。
事実、彼女の調子はあまり回復などしていなかった。
未だ体は疲労感、倦怠感を感じていたし、少しの間なら起きていても大丈夫だったが、それでも正直立っているのは辛かったのだ。
けれど、彼女はこれ以上周りに心配をかけまいとして、倒れてからまだ昨日の今日だというのに平気を装っていたのである。
「どうしてそこまで無理をするの!どうして頼ってくれないの!」
それは悲痛な叫びに聞こえた。
言葉だけ聞くと相手を責めているように聞こえるが、キャナリはそんなつもりで言ったわけじゃない。
「・・・・・・私たちではあなたを支えられない?」
そして、弱弱しい声音で問いかける。
そこにはいつどんな時も毅然として、一小隊を引っ張っている凛々しい彼女の姿はなかった。
「私たちの前ではもうそんな無茶はしないで!」
「・・・・・・」
弱々しげな彼女の姿を目の当たりにしたリリーティアは言葉を失くした。
彼女の顔さえもまともに見られなくなってしまい、顔を伏せた。
謝らなければ。
何度も頭の中ではそう思うのに、どうしても言葉が出なかった。
キャナリのその姿に心の中は謝りたい気持ちで一杯なのに、その気持ちが止めど無く溢れすぎて、何と言っていいか分からなくなったのだ。
互いの間に沈黙した時が流れる。
今まで彼女たちの様子を見守っていたダミュロンたちは、戸惑いながら静かに部屋の中に入った。
重い空気が漂う中で、彼女たちの様子を窺うように見詰めながら、ダミュロンはキャナリの名を呼ぼうと口を開こうとした、その時だ。
「!?」
驚いたのはリリーティア。
突然、温かいものに包まれたからだ。
気づくと、キャナリの腕の中にいることがわかった。
目を一杯に開いて驚くリリーティアは、思いもよらない彼女の行動に体を強張らせた。
「・・・・・・キャナリ、小隊長・・・?」
戸惑いの中、なんとかキャナリの名を呼んだ。
しかし、彼女は応えない。
ただじっとリリーティアを抱きしめている。
「・・・・・・ありがとう」
その時、いつもの優しい声が耳元で響いた。
「ごめんなさい」
「え・・・?」
何に対しての謝罪の言葉なのかリリーティアには分からなかった。
「私たちがあなたを守らないといけないのに、いつもリリーティアには助けられてばっかりね」
「そ、そんなことは・・・・・・」
そう、ただキャナリは悔しかったのだ。
リリーティアを支えられなかったことが。
キャナリは彼女に無理をさせてしまった自分を責めていた。
それは、任務だからではない。
ただ仲間である彼女を守れなかったことを悔やんでいた。
その悔しさと、仲間の皆が助かったという安堵。
けれど、もしもあのままリリーティアの目が覚まさなかったらという恐れと不安。
様々な思いが溢れ、キャナリは自分でもこの感情をどうすればいいか分からなくなっていた。
だから、あの時リリーティアを責めるように放った言葉も、己自身に向けて言った言葉でもあった。
どうして私は守れなかったのか-----------と。
「本当に無事で良かったわ。本当に・・・・・・」
「っ・・・・・・」
リリーティアは胸の奥が熱くなるのを感じて、反射的にキャナリの服をぎゅっと握りしめた。
彼女の言葉、その腕の温もりに、自分の無事を喜んでくれていることが痛いほどに伝わってくる。
「ごめん、なさい。心配かけて、ごめんなさい」
そして、リリーティアはキャナリの肩に顔をうずめた。
ごめんなさい。
何度もその言葉を繰り返して。
「ありがとう、リリーティア。助けてくれて、ありがとう」
キャナリは謝り続ける彼女の背中をそっと優しく撫でた。
ありがとう。
何度もその言葉を繰り返して。
そして、 リリーティアを抱きしめる腕に少し力を込めた。