第2話 絆
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朝からエルカバルゼの人たちはいつもより落ち着かない様子だった。
それもそのはず、いよいよ結界魔導器(シルトブラスティア)の結界力強化が行われようとしていたからだ。
「それではこの通りにお願いします」
「なるほど、分かりました」
リリーティアは朝早くから、この計画の為にアスピオから派遣された数人の魔導士、技師たちと話し合いながら慎重に事を進めていた。
そこに、キャナリたちが駆け寄ってきた。
「リリーティア、終わったわよ」
「みなさん、ありがとうございます」
魔導士たちや技師たちだけでなく、必要ならばキャナリ小隊の騎士たちにも協力を願って、リリーティアは忙しなく指示を出し、
彼女のその手際のよさは大人顔負けで、無駄のないものであった。
「いよいよって感じだな」
「なんだかドキドキしますね」
「いや、なんでお前がドキドキすんのよ」
ゲアモンは腰に手を当て、街広場の中央にある結界魔導器(シルトブラスティアを見上げた。
その隣でソムラスはまるで自分がやることのように緊張している様子で、ダミュロンはそれを呆れて見ていた。
「街中がそわそわして、まるで祭りが始まるかのような感じですな」
「そんな見世物みたいな派手なことをするわけではないんですけど」
リリーティアは街の人たちの様子を伺いながら苦笑をもらした。
住民たちは結界魔導器(シルトブラスティア)を囲むようにして集まっており、今か今かと強化が行われるのを待ちわびている。
「それだけ街の人たちは喜んでくれているのよ。私もこの計画に携われて嬉しいわ」
昨日、街の人が喜んでいた顔を思い浮かべながらキャナリは言った。
「おいっ!」
一行が話をしていると、男の荒い声が突然割り込こんできた。
声がしたほうへ一斉に振り向くと、そこにはひとりのアスピオの魔導士がいた。
その魔道士は眉間にしわを寄せてこちらを見ている。
「ここ、本当にこれでいいのか?」
手に持っている資料を指差しながら、リリーティアへと鋭い視線を向けた。
彼女は急いで魔導師の男に駆け寄る。
「あの、何でしょうか?」
「だからここ。本当にこのやり方で大丈夫なのかと聞いている」
リリーティアは男が指で示す部分を確認した。
彼が持っている資料には、今回の計画についての内容が事細かく書かれていて、
それを元に他の魔道士、技師たちが、彼女をサポートをして計画を進めていくのである。
「この数値でいくなら、この効率値はおかしくないのか。結界力強化どころか本来の機能性も失われるぞ」
「あ、それは・・・・・・、ここを見てください。この術式を基礎として新たに組み換えた術式なのですが。これでいくと-------」
「ちょっと待てよ。これじゃあ、力が膨大に働いて筐体(コンテナ)がもたないだろう」
男は彼女の言葉を遮りながら、苛立ちぎみに指摘する。
キャナリやダミュロンたちは険しい表情を浮かべ男の様子を見ていたが、リリーティアはただ至って冷静に説明を続けていた。
「はい、その問題に関してですが。そこで、この組み立てた術式に合わせて、ここの数値を下げて制御することで互いの差はなくなります。
それにより、筐体(コンテナ)の抑制力は範囲内に収まることが出来ます。
そうすると、結界魔導器(シルトブラスティア)の威力は上げたまま力場は安定し、効率値もこのようにクリアになるのです」
リリーティアは相手が指摘する数々の事柄に関して丁寧に対応していた。
男の突っかかたような言い方に気分を害す様子も無く、寧ろ愛想よく話していた。
だというのに、何故か相手は彼女の説明を聞くにつれて、納得いかないような不機嫌な色を濃くさせていく。
そして、見る見るうちにその顔は怒りの形相へと変わった。
「っ・・・な、何だ!少し出来るからって偉そうに!オレたち魔導士を見下しているんだろ!」
「い、いえ。けしてそのようなことは・・・・・・」
睨み見る男の目にリリーティアは内心怯えながらも、この場をどう収めるべきか必死で頭の中で巡らせた。
「ふん、どうだか。あの天才魔導士の娘だからっていい気になってるんだろ。俺たち凡人の苦労も知らないくせに」
男の言葉は彼女に対する妬みに近いもので、あまりにも身勝手な物言いだ。
「親の七光りでこんな子どもがオレたち魔導師を振り回して、こっちはいい迷惑なんだよ」
「っ・・・・・・」
捲し立てるように言い放つ容赦ない言葉に、リリーティアはとうとう言葉を失ってしまった。
どうこの場を収めるべきなのか考えることさえも出来なくなり、ぎゅっと拳を握り締めたまま、ただ視線を下に落とした。
その時、彼女の視線の先にある地面に影がさした。
「!・・・な、何だ」
瞬間、魔導師の男の声が響いて、リリーティアははっとして視線を上げた。
見ると、そには紺青の背が、ダミュロンの姿があった。
「あんたは何をしにここへ?そんなことを言う為にわざわざここまで来たのか?」
彼のその声は静かだったが、声色からは僅かに怒りを感じとれるものだった。
「そんなことなら魔導士でなくとも、騎士である我々にもできますな。
・・・いや、これは失敬。やはりわたしたちにはできないことでしたな。生憎、わたしたちはあなたのような浅ましい心を持ち合わせていないもので」
「確かに僕たちには真似できませんよね。さすが優秀なアスピオの魔導士です」
「オレたちでなくても、これは魔道士であるリリーティアでさえ出来ないことだぜ」
ヒスームの皮肉な言い方に、ゲアモンとソムラスも彼の言葉に乗っかかり、言葉を続けてみせた。
<帝国>騎士を前に少し怯んでいる様子を見せていた男は、彼らの言葉にいよいよ顔を真っ赤にさせて怒りをあらわにした。
「な、何なんだ、おまえたちは!オレたちは<帝国>の要請でアスピオからここまで来てやったんだ」
「へえ、それはご苦労なこって。・・・<帝国>はそんな無駄なことしてほしくてここに呼んだんじゃないと思うけど」
「なっ!」
ダミュロンは頭の後ろで手を組み、わざと男から目を逸らして、とぼけるように言った。
「失礼ですが、彼女に対するあなたの言動は如何なものかと思います」
今まで黙って見ていたキャナリも、庇うようにしてリリーティアの前に立った。
リリーティアは皆の取った行動に驚きを隠せなかった。
しかし、同時に何ともいえない熱い思いが、胸の中に広がるのを感じでいた。
「あんたら・・・!」
「申し訳ございませんが-------」
リリーティアはダミュロンとキャナリの前へと進み出た。
怒りに震える魔道士の男の目の前に立つ。
「-------この件に関しての一切は私の責任で執り行うようにと、騎士団長閣下から言い付かったのです。
私のような者が、このような重大な任を担うほどの器はないことは重々承知しております」
魔導師の男を見据えた彼女のその瞳には強い意志が感じられた。
「それでも、不安な日々を過ごしている人たちを助けたい、その想いで私はこの任を受けました。
何か起きた場合の責任、私に対する不満はどれだけ言ってくれても構いませんから、
今は一刻も早く結界魔導器(シルトブラスティア)の強化を完了させなければなりません。
何よりこの計画は必ず成功させなければならないのです」
毅然とした姿、凛とした瞳、揺ぎ無い言葉。
彼女の強い想いがそのすべてにあった。
その姿に、さっきの威勢は何処へ行ったのか、相手の魔導師は戸惑いに表情を歪ませ、怯んでいた。
「この計画を成功させるためにもあなた方の力が必要なんです。どうかよろしくお願い致します」
深々と頭を下げるリリーティア。
彼女はそのままその姿勢を保ち続け、相手に敬意を示した。
「・・・・・・ふん、言われなくてもそんなこと分かってるよ」
ぶっきらぼうな物言いだったが、幾分が怒りは収まっているようで、
男のその声音はさっきまでのような嫌味なものではなくなっていた。
「ありがとうございます」
リリーティアはもう一度深く頭を下げた。
そして、魔道士の男はぶつぶつ独り言を言いながら、その場を離れていく。
彼女は頭を上げると、男が去っていくのを見ながら、ほっと大きく息を吐いたのだった。
「なんなんだよ。ったく、偉そうにさ」
ゲアモンが去っていく魔導士の男を横目で見ながら、苛立たちげにぼやいた。
「すみません、お騒がせしました」
リリーティアはキャナリたちに振り向き、申し訳なさそうに頭を下げた。
「いえ、それはいいんだけど・・・」
キャナリは心配した面持ちでリリーティアを見詰めた。
「あれだけ言われて、よくもまぁ少しも態度を変えないなんて大したもんだ」
「そんなことありません。それに、相手の言い分も良くわかりますし」
「僕は納得できないですけどね」
「あれはリリーティア殿にひがるんでしょうな。まったく大人気ない」
リリーティアは魔道士の言葉を素直に受け止めているようだが、ダミュロンをはじめ、他の小隊たちは納得できないでいた。
現に彼らの心中には、魔道士の態度に対しての怒りがまだ残っていた。
「私のために、みなさん、ありがとうございました」
「いいのよリリーティア、気にしないで。私たちが勝手にしたことなんだから」
「そうそう、あれは俺たちが黙ってられなかったからな」
キャナリとダミュロンに続いて、他の皆もそうだというように頷いた。
リリーティアは本当に嬉しかった。
彼らの優しい言葉、その暖かな表情に、彼女は少し照れたように笑った。
仲間のように慕い、支えてくれる人たち。
信じると言ってくれた人たち。
「ありがとう」と感謝の言葉を投げかけてくれた人たち。
リリーティアはその全ての人たちの、それぞれの言葉を胸に刻み込んだ。
そして、結界力強化に挑む覚悟を新たに、エルカパルゼの結界魔導器(シルトブラスティア)を前に見据えた。
そこには、自信に満ち溢れたリリーティアの姿があった。