第2話 絆
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一時間の休憩の後、リリーティアたちはデイドン砦を出発し、再び東ペイオキア平原にある都市 エルカバルゼ を目指した。
デイドン砦からは、半日もかからないほどの距離にある。
何度か魔物と戦闘になったものの先程よりは魔物自体の力は弱く、数も少なかったので、一行は特に苦戦することもなく進んでいた。
そして、日が傾く頃には、無事にエルカバルゼに到着した。
エルカバルゼの住民たちは快く騎士団たちを迎えいれ、食事と宿を準備してくれるなど、一行は丁重に近い持て成しを受けた。
そのことからもわかるように、エルカバルゼの人たちは結界魔導器(シルトブラスティア)の結界力強化の計画をとても喜んでいるようである。
「もうこの街は安全だ」と口々に言い合い、騎士団たちに感謝の言葉を投げかける人もいた。
結界が街を守ってくれているとは言えど、エルカバルゼの人たちは毎日を不安に暮らしていた。
なぜなら、魔物が凶暴化しているという現状に、世間の間では「このまま魔物が凶暴化し続け、いつか結界を破って進入してくるのではないか」という憶測さえ出始めていたからだ。
そういった在らぬ噂話が街から街へと飛び交い、単なる噂話が事実として受け止める人も出てきて、世界中の人々が不安な状態の中にあったのだ。
そんな時に飛び込んできたのが、結界魔導器(シルトブラスティア)結界力強化の話である。
強化してくれれば魔物の凶暴化に関しては解決しなくとも、魔物の進入に怯えず、今よりも安心して日々を暮らすことが出来る。
エルカバルゼの人たち、中でも戦いの術を持たない人たちにとっては、願っても無い計画であった。
その計画、結界魔導器(シルトブラスティア)の結界力強化は、明日の朝に執り行うことになった。
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夜も更け、誰もが寝静まっている時刻。
エルカバルゼの中央広場。
そこにある結界魔導器(シルトブラスティア)の前にひとつの人影があった。
「(この数値と限界値なら・・・・・・、うん、やっぱりこの変換式を用いれば大丈夫)」
それはリリーティアだった。
片手には分厚い束にまとめられた資料を持っており、その紙束と操作盤を交互に見ながら、難しい表情を浮かべて操作盤を弄っている。
明日の計画に伴って、自分の考案した手順にどこか間違いは無いか、自ら書き上げた資料を見ながら最終の確認をしていたのである。
「(失敗は許されないんだ。だから・・・・・)」
リリーティアは先刻前の街の人たちの顔を思い浮かべていた。
この計画を喜び、感謝の言葉を言っていた人々。
それはとても嬉しいことだったが、その期待は彼女の心を不安にさせていた。
周りの期待が大きければ大きいほど、責任はそれ以上に重くなる。
彼女はその責任に押しつぶれそうな感覚に陥っていた。
渦巻く不安と圧し掛かる責任になかなか眠りにつくことができず、こうして何度も計画の内容を確認して気を紛らわせていたのである。
「(絶対に成功させる。させないといけない。何が何でも・・・・・・)」
彼女は己を奮い立たせるように、心の中で何度も呟いた。
最悪な結果になることばかりを考えてしまう思考に意識を持っていかれないように、何度も、繰り返し、繰り返し。
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それから、どれくらいの時間が経っただろうか。
あと数時間で夜が明ける頃、リリーティアはまだ結界魔導器(シルトブラスティア)の操作盤の前に立っていた。
ふと、そこに近づく人物が一人。
「(操作盤とにらめっこしちゃって、まぁ)」
それはダミュロンだった。
夜中に目が覚め、街をぶらついていたところに操作盤の前にいるリリーティアを見つけたのである。
彼女の元に歩み寄るが、だいぶ近い距離まできても相手はよほど集中しているのか、まったく気づいた様子を見せない。
そんな彼女に苦笑を浮かべ、ダミュロンは操作盤を覗き込みその口を開いた。
「にらめっこ、そんなに楽しい?」
「っ!?」
背後から突然現れた彼に、リリーティアは声もなく飛び跳ねて驚いた。
ダミュロンは、彼女のあまりの驚きように小さく笑った。
「悪い悪い。そんなにびっくりするとは思わなかった」
「あ・・・、ダ、ダミュロンさん」
リリーティアは胸に手を当てて、何度も目を瞬かせた。
あまりに集中し過ぎていたために、近くに人がいるなど思ってもみなかったのだ。
「まさか、こんな時間になるまでずっとここにいたの?」
「は、はい」
「今ここで無理して、いざってところで倒れると困るってもんよ。少しでも休んだほうがいいんでない」
「そう、なんですけど・・・・・・」
俯くリリーティア。
その様子を見て、ダミュロンは彼女の心情をすぐに察した。
「不安・・・てとこかね」
リリーティアは彼の言葉にはっと顔をあげると、またすぐにその顔を伏せた。
「・・・はい、情けない話ですが」
「そりゃあ、無理もないってもんだ。この街、全員分の期待が圧し掛かってんだから」
結界魔導器(シルトブラスティア)を見上げながら、彼は言った。
「はい。ですから、絶対に失敗は許されません。必ず成功させます。・・・・・・大丈夫です、きっと」
両の手を強く握り締めながら、リリーティアも結界魔導器(シルトブラスティア)を見上げた。
最後のほうの言葉は、ダミュロンに向けてではなく自分自身に向けて言った言葉のようであった。
「(相当追い込まれてる感じかね、これは)」
ダミュロンは困ったような笑み浮かべて彼女の横顔を見ると、星空の中で白く輝く結界の輪に視線を移した。
帝都と比べるとひと回り小さな輪がふたつ浮いている。
「そんなにさ、成功させることに囚われなくていいと思うけどねえ」
「え?」
まるで呆けたように言うダミュロン。
リリーティアは彼の言葉の意味がよくわからなかった。
この計画は必ず成功させなければいけないことは明らかである。
もし失敗となると、下手をすれば結界魔導器(シルトブラスティア)が故障してしまうかもしれない。
本来持つ役割でさえも奪ってしまうという大変な自体をも招く恐れがあった。
結界が失われれば、この街はたちまち魔物の餌食となってしまうだろう。
しかし、街の人々は既に成功したかのように喜んでいる。
だからこそ、今回の計画は失敗が絶対に許せない状況なのだ。
「もし、もしもの話だ。失敗して結界魔導器(シルトブラスティア)に何か起きても、
その時は俺たち小隊が魔物からこの街を守る。おまえさんは結界魔導器(シルトブラスティア)を直すことだけを考えればいい」
リリーティアはじっとダミュロンを見詰めた。
「まぁ、直せばいいって簡単に言っちまったけども・・・、
成功失敗っていうことよりも、精一杯自分が出来ることをやればいいんじゃねぇかって思うわけよ。
俺たちは俺たちでおまえさんとは違う面でサポートするしな」
ダミュロンは少しでも彼女のその不安を和らげようと思う限りの言葉を紡いだ。
騎士団の訓練で魔動器(ブラスティア)についても基本的なことは習っているとはいえど、魔科学にはまったくといって詳しくない。
そのため、今回の計画自体がどれだけ困難なものなのか、彼には想像することもできなかった。
彼女の心の内がどれだけ不安なのかさえわからない。
魔科学について何も知らない、それ故に相手の苦悩さも理解できない自分がこんなことを言っても、何の励ましにもならないかもしれない。
そんなことを思いながらも、彼は言葉を続けた。
「それに、あの時キャナリも言ってたろ?リリーティアを信じるって。それは俺たちみんなが思っていたことだ。
それは今だって変わらない。だからさ、俺たちが信じるおまえさんを、おまえさん自身も信じてほしいって思うよ」
「みんなが信じる私を、私も信じる。・・・・・・私が私を信じる」
リリーティアは囁くように彼が言った言葉を繰り返した。
「ま、俺が思うに、一人で全てを背負(しょ)い込むなってこった」
ダミュロンは、おどけるように笑って言った。
その小さな肩に多くの人たちの期待を一身に背負い込んでいる彼女。
少しでもその荷が軽くなればいいと思いながら。
そんなダミュロンに少し呆気に取られて、じっと見詰めるリリーティア。
しかし、ふと気づけばその心の内にあった不安は不思議となくなっていた。
彼の言葉が不安の全てをかき消してくれたかのように。
そして、同時にこう思ったのだ。
----------きっと、大丈夫。
彼のその笑みを見て、リリーティアは確かにそう思えた。
「ダミュロンさん、ありがとうございます。不思議ですね、なんだか少し自信も沸いてきました」
彼女は笑った。
すでにそこには不安の色は一切見えなかった。
「はは、それは良かったわ」
それを見たダミュロンは安心したように笑い返した。
「とにかく、今は少しでも寝たほうがいい。睡眠不足でそれこそ失敗しちまうよ」
「それもそうですね。ちゃんと体を休めます」
「ま、明日はお互い頑張ろうってことで」
「はい!それでは、おやすみなさい。失礼します」
リリーティアは一礼して、その場を駆け足で去っていく。
少し行った先で、彼女はダミュロンの方に振り向くと、もう一度深々と一礼した。
ダミュロンは手を上げて応えると、街の中へ駆けていく彼女のその後姿を見送った。
そして、空に浮かぶ結界の輪をしばらく見詰めた後、彼も自分の寝床に戻るために街の中へと歩き出す。
彼のその顔には嬉しげな笑みが浮かんでいた。