第2話 絆
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帝都を出発してから4時間が経った。
そろそろデイドン砦が見えるところまできていたのだが、未だ魔物には一度も遭遇していない。
「俺たち今日は運がいいのかね。魔物一匹出くわさないなんてさ」
「逆に気味が悪いですよ」
額の上に手を当てて辺りを見渡すダミュロンに、ソムラスは眉をひそめて言った。
「寧ろ、こう何も無いかと思ったときに何かとんでもないことが起こるんもんなんだよなあ」
「口に出して言うと本当に起こるっていうがな」
「それにしても本当に不思議ね。今までこんなことなかったわ」
ゲアモンとヒスームの会話を耳にしながら、キャナリも訝しげな表情を浮かべて呟いた。
皆が不思議に思うのも無理がなかった。
魔物の凶暴化、そして、頻繁に出没していることが深刻化してきてからというもの、街道を歩いて魔物に出くわさないということは今まで一度も無かったのだ。
現在の状況からしてみれば、魔物に遭遇することが一度だけで済んだのなら運がいいといっていいほどであった。
しかし、今回は一度と言わず、まったく遭遇することなく進んでいる。
このまま何事も無く進めば、予定よりも早くデイドン砦に到着すると思われた。
それからさらに何事もなく歩き続け、あと半刻もせずにデイドン砦に到着するところまで来ていた。
すでに遠くのほうには砦の姿が見えている。
「もう少しで到着ね」
先頭を歩くキャナリが前方を見詰めながらそう言うと、傍を歩くリリーティアを伺うように見た。
「リリーティア、調子のほうは大丈夫?ここまで休まずにきたから少し疲れたかしら?」
この道中、キャナリは常にリリーティアのことを気遣ってくれていた。
リリーティアが今回の任務の護衛対象者だからというわけではなく、それはただ彼女の優しさからきている振る舞いであった。
「いえ、私は大丈夫です。お気遣い、ありがとうございます」
そんな彼女の優しさを感じ取りながら、リリーティアは笑みを浮かべて応えた。
その言葉通りに疲れた様子は一切なく、その足取りにも一寸の乱れはない。
「リリーティアって意外と体力があるんだな」
「?」
ダミュロンの言葉にリリーティアは首を傾げた。
「いやな、研究員っていうのは体力のない人ばっかだと思ってたんだわ」
「この前護衛したアスピオの魔導士のことがありましたからね」
ダミュロンに続いてソムラスが思い出すように空を仰ぎながら言った。
「わたしたちの分の酸素まで吸い尽くすかのようなあの息の切れようは、あまりに凄まじかったですな」
「あんだけの距離でああなるってのは、ちょっと異常すぎだと思うぜ」
彼らの話によると、以前にアスピオという街にある皇立機関魔導研究所の魔道士を護衛する任務があったらしいのだが、
その時に護衛したアスピオの魔道士は、帝都を出てそれほど進んでいないにも関わらず息を切らして度々休憩を促していたのだという。
魔道士のこと自体あまり知らない彼らにとってはその印象は強く残ったようで、
日々研究に没頭している魔道士とはああいうものなのだと偏った見方がついてしまっていたらしい。
まさかそんなイメージがついているとは思わず、リリーティアは苦い笑いを浮かべずにはいられなかった。
確かに研究に没頭すると一日中その場を動かないことがあるが、だからといって魔道士は体力のない者たちが多いというのはあまりに大きな誤解であった。
寧ろ魔道士は魔道器(ブラスティア)の研究のために世界の各地を転々とすることもあるし、研究のためなら自ら行動を起こすことを惜しまない人がほとんどだ。
研究者の多くは実際に自分の目で見て確かめたいという欲求が何より強いのである。
と言っても、結局は人ぞれぞれ個性があるように魔道士たちも人それぞれということだ。
リリーティアに至っては、彼らが言う体力があるかないかでいうと、他の魔道士たちと比べて秀でていると言ってもいいだろう。
なぜなら、それもまた彼女が魔道士として優れている理由のひとつとしても繋がっているからだ。
「魔道士も人それぞれですから。それに、なんと言えばいいでしょうか。私の場合は-------」
「後方、魔物の群れを発見!!」
リリーティアの言葉を遮って、後方から魔物の出現を知らせる声が響いた。
皆が一斉に魔物が来ている方向へと視線を向けて見ると、一行が歩いてきた方角から魔物の大群が押し寄せてきていた。
まだ距離はあるが、魔物たちの走る速さから考えるとあっという間に追いつかれてしまうのは目に見えて明らかだ。
「振り切るのは無理そうね。この場で迎え撃つわ!」
キャナリの声に小隊の皆が頷くと、今までの穏やかな空気が一変して張り詰めたものに変わっていく。
その変化を感じながら、リリーティアは魔物の群れがこちらに向かってくるのを見渡していた。
そこに臆した様子は微塵も感じられず、彼女は魔物たちをその瞳にしっかりと捉え続けている。
「小隊武器を構え、配置について!!」
声を張り上げ、仲間である部下たちに指示を出していくキャナリ。
何人かの者たちは騎士としてはよく見る剣を手に持って構えているが、残りの者たちはあまり見かけない変わった武器を構えていた。
そう、それこそがこの隊の特有であった。
その武器は基本は弓としての武器だが握りのレバーを引くと少々変わった形ではあるが剣に変形するのである。
それはこの隊を率いるキャナリの家に代々伝わる武器が元となっていた。
「リリーティア、あなたはこの馬車の中に」
「いえ、私も一緒に戦わせて下さい。魔物との戦いなら何度も経験はあります」
リリーティアの目はいかにも真剣なものだったが、キャナリは戸惑っていた。
彼女には結界魔導器(シルトブラスティア)結界力強化という重要な任務が課せられている。
もしこんなところで怪我などを負ってしまったら、その計画にも支障が出てしまうだろう。
「あの魔物の数を相手にして戦うことはあまりに危険すぎるわ」
それに、キャナリ自身にとってはリリーティアを危ない目に遭わせたくない気持ちが何より強かったのである。
だからこそ、魔物たちの戦いの中に彼女を置きたくなかったのだ。
「どうかお願いします、皆さんを援護させて下さい。足でまといになりそうでしたら、すぐに身を引きますから」
だが、リリーティアの中にも同じような気持ちがあった。
キャナリ小隊たちが危険な魔物との戦いに向かおうとしているのを黙って見ているわけにはいかないという、強い気持ちが。
「いいんでないの。援護してくれるってんなら俺たちも助かるってもんだ」
彼女の真剣な眼差しに意志の強さを見たのか、ダミュロンはすぐにリリーティアの願いを聞き入れた。
それでもキャナリは未だ渋った様子を見せている。
「お願いします、キャナリ小隊長」
ダミュロンが見たとおり、リリーティアの意志は確かに強かった。
それは当然だった。
彼女は初めから、ただの護衛対象者となるつもりは毛頭なく、魔物と遭遇した時にはキャナリ小隊たちと共に戦うつもりでいたのだから。
「・・・・・・分かったわ。でも、これだけは約束して。けして無理だけはしないこと」
「はい。ありがとうございます」
条件をもとに応じてはくれたものの、それでもキャナリは心配した面持ちでリリーティアを見ていた。
「いざって時は俺たちが助けるから心配ねぇって、小隊長」
「そうですよ。その為の僕たちです」
ゲアモンとソムラスがそんな彼女を安心させるように言った。
その間にも魔物の勢いは衰えず、その距離はどんどん狭まっている。
「てかあれ、どう見ても数多すぎでしょ」
「これはまた骨が折れそうですな」
魔物の数はキャナリ小隊の隊員数とほぼ同数。
しかし、個々で見れば人と魔物。
圧倒的に魔物の方が力は強い。
全ての魔物を倒すためには、個々の実力と全体の連携で補うほかない。
「まず弓で迎え撃つ。弓で敵が怯んだ後に前衛隊は攻撃を開始!」
「了解!」
キャナリの指示に仲間たちは応えると、迅速に戦う体制を組んでいく。
「(ウルフとプリツボミ、ミニコイドに・・・ワイルドボア!? ・・・どうしてこんなに)」
リリーティアは目を凝らしながら魔物の数と種類を把握していたが、あまりのその数の多さと魔物の種類の多さに驚いた。
「(あんなに数がいるなら、やはり全ては出方次第・・・・・・)」
リリーティアは敵の状況を把握すると自分はどう行動するべきか考えを巡らせた。
そして、ある考えが浮かんだ。
彼女は何故か一瞬ためらう素振りを見せた後、キャナリの元へと駆け寄った。
「キャナリ小隊長。その、お願いがあるのですが・・・」
「なにかしら?」
どこか恐る恐るといった様子のリリーティア。
彼女が見せるその態度を不思議に思いながらキャナリは尋ねた。
「みなさんが弓で迎撃した後に、私が魔術で攻撃します。その後、前衛隊でという形でお願いできないでしょうか?」
途端、キャナリは視線を落として、何やら気難しい顔で考え込み始めた。
出しゃばったことを言ってしまったかもしれない。
黙したままの彼女を前に、リリーティアの心には不安と少しの後悔が渦巻いた。
「あなたを信じるわ。それでお願い」
だが、それもすべて単なる杞憂でしかなかった。
キャナリは少し考える素振りを見せただけで、その願いをすぐに受け入れてくれた。
真剣な眼差しで頷いてくれた彼女にリリーティアは目を瞠(みは)った。
正直、驚いた。
それは、こうも迷いなく自分の意見を受け入れてくれたこともそうだが、
それよりも何より、---------- 「信じる」と言ってくれた彼女のその言葉に。
不思議とその言葉が胸に響くのを感じながら、リリーティアは力強く頷いたのだった。