第1話 始まり
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「区画調査の一時中断ですか?」
広々とした部屋に声が響く。
ここは<帝国>騎士団本部内にある執務室。
その部屋には先ほどの声の主であろう人物と、もう一人いた。
「急で悪いのだが、どうも例の問題が深刻なものになってきてな」
「それは、都市外のありとあらゆる場所で凶暴化した魔物が頻繁に出没しているという」
「ああ、その通りだ。騎士団を各地に派遣し、対策をとってはいるのだが、どうも手に負えなくてな」
そう話す男は困り果てた表情を浮かべ、肩をすくめた。
「いつもご苦労さまです、アレクセイ騎士団長閣下」
そんな男の様子に心中を察した相手の人物は労いの言葉をかけた。
”騎士団長”と呼ばれた男は、その名の通り<帝国>騎士団を率いる団長だった。
男の名は、アレクセイ・ディノイア
彼は、この一国、<帝国>をより良いものにする為に騎士団の団長として日々奔走し、多くの騎士たちがそんな彼を『騎士の鑑』と称え、そして、憧れとし目標としていた。
優れた剣技を持ち、頭脳明晰、まさに騎士として生まれてきたような男であった。
「はは、苦労はお互い様だろう、リリーティア。
君にはいろいろと感謝している。君の努力は私も見習わなければな」
「私の努力なんて、閣下の努力に比べれば足元にも及びませんよ」
”リリーティア”と呼ばれたその者は、苦笑を浮かべてアレクセイの後ろにある執務机のほうへと視線を向けた。
騎士団全体を取り仕切っている彼の机の上には、一日ではとても終わりそうにないほどの書類が山のように積まれている。
アレクセイと親しく話す人物。
その者は、白みがかった薄黄色の頭巾(フード)に深紅の魔導服(ローブ)を身に纏っており、その左胸には<帝国>の紋章が描かれた徽章が付けられていた。
まだその顔には幼さが残っているように見えるが、その雰囲気はどこか大人びており、見た目の印象としては少女と言える実際の年齢よりも、もっと上に見える。
彼女の名は リリーティア・アイレンス
皇帝
彼女は幼い頃から<帝国>に従事している身であった。
まだ13歳という若さでありながら魔導学の知識が豊富で魔術の扱いにも長けており、熟練した魔導士たちでさえも舌を巻くほどの実力者だ。
魔導”博士”研究員と称されている通り、彼女はその若さで博士号という称号を持っており、それは魔導研究最高峰の位であり、その位を得るにはその道の中でも最難関と言われる試験に合格する必要があった。
過去に見ても合格者は二人しか存在せず、そのひとりが当時11歳であった、この少女である。
彼女はここ一年ほど前から帝都ザーフィアスの地下の調査を行っていた。
帝都の地下には遺構や施設構造物が数多くあり、ほとんどが未調査のままで彼女はその調査を担っていたのである。
しかし、今日になって突然の調査中断の知らせが届いた。
だが、それも理由が理由だけに仕方のないことであった。
ここ最近、各地で魔物が頻繁に出没し、さらにはその魔物が凶暴化しているのだ。
それは、護衛付きの街道沿いの旅さえもままならないほどに深刻な事態なまでに及んでいた。
「魔物たちが凶暴化している理由に関しては、学者の方たちも頭を悩ませているようです」
「そのようだな。何かしら原因さえ分かれば対処の仕様もあるのだが」
現在、学者たちの間でも様々な議論が交わされているのだが、結局のところ結論はでないままだった。
彼女自身もその原因について調べてはいるものの答えは見出せずにいる。
「その事にも関連して、実は君に頼みたいことがある」
「なんでしょうか?」
「先に話したとおり、最近になって各地で魔物が頻繁に出没している。それだけでなく、一度に現れる数のほうも増加傾向にあり、魔物も凶暴化しているのが現状だ。その深刻さゆえに<帝国>は
結界魔導器(シルトブラスティア)。
それは広範囲を覆う結界をつくり、人々を魔物から守る巨大魔導器ことだ。
その大きさから動かすことは到底不可能であり、大規模な魔導器(ブラスティア)だ。
その為、結界魔導器(シルトブラスティア)がある場所には必然と人が集まり、ひとつの街ができていったのである。
現に此処、<帝国>最大都市 帝都ザーフィアス も大きな結界によって守られており、街の上空には結界が張られている証である、白く光る輪が幾つも浮かんでいる。
その巨大な結界はこの世界<テルカ・リュミレース>のなかで最大級を誇った。
そして、魔導器(ブラスティア)とは、この世界の大気中にあるエアルを動力とし術式によって様々な効果を生み出す装置のことである。
エアルは普段は人の目に見えないが常に大気中に漂っており、この世界の万物を構成するエネルギーだ。
遥か昔、巨大な力の塊が集まってこの世界は形成され、このとき余った力が世界に留まり万物の源となった。
それがエアルであり、古代の人類 ー正確にはクリティア族という少数民族によりー がエアルを活用する術を研究して魔導器(ブラスティア)を発明した。
この発明が人類の文明を築き上げていったのである。
魔導器(ブラスティア)は魔核(コア)と筐体(コンテナ)で構成されており、魔核(コア)によってエアルを制御・変換し、筐体(コンテナ)が変換後の生成物を安定させて外部に出力する仕組みで、水道や照明、魔物と戦うための力、そして、結界魔導器(シルトブラスティア)のように街を守る結界といった、ありとあらゆる効果をもたらす魔導器(ブラスティア)は人々の生活に欠かせない存在だ。
その魔導器(ブラスティア)を用いてエアルの恩恵とその利用について日夜研究しているのが、魔導器(ブラスティア)研究員であるリリーティアの役職であった。
ちなみに、魔導器(ブラスティア)の魔核(コア)を主な研究対象とする魔導器(ブラスティア)研究員を魔道士と呼ぶのに対して、筐体(コンテナ)を扱う研究者・技術者は魔導器(ブラスティア)技師と呼ばれている。
「先日、君が考案してくれたこの方法を学者達に見せたのだが、目を見張るほどの反応ぶりだったぞ」
「恐れ入ります」
アレクセイは机にある書類の中の一枚を手に取り、微笑を浮かべながらリリーティアを見ると、彼女は僅かに照れた表情を浮かべ、それを相手に隠すように軽く頭を下げた。
「その実行に伴って、この件の一切を君に任せたい」
「わ、私が・・・ですか?」
リリーティアがはっとして顔を上げると、アレクセイは力強く頷いた。
「・・・私に任せて頂いてもよろしいのでしょうか?」
彼女は戸惑いを隠せなかった。
「ああ、もちろんだ」
「しかし、それは・・・その・・・」
リリーティアは言葉を濁らせ視線を下に落とした。
その表情は不安げでアレクセイは彼女の言いたいことがすぐに分かった。
「リリーティア、年齢など関係ない。もちろん、身分もな。実力で人の器は知るものだ。なぜなら、その実力はその者の努力の証なのだから。君の常日頃の努力を見てきた上で、私はこの任務には君が相応しいと判断した」
それは彼女を諭すために言った言葉ではない。
アレクセイはただ純粋に彼女には自信を持ってほしかったのだ。
「・・・・・わかりました。この私でよければ謹んでお受けいたします」
「ありがとう。無理を言ってすまない」
「いえ、アレクセイ閣下の頼みとあれば私は労力を惜しみません」
申し訳ない表情を浮かべるアレクセイに、リリーティアはきっぱりとした返事を返した。
彼女のその真剣な瞳を見れば、繕ったものではない誠意のこもった言葉だと分かるだろう。
現に彼女自身、アレクセイのことを心から尊敬していた。
<帝国>騎士団を指揮する現皇帝クルノス14世は少し前に病を患い、ここしばらく床に臥せる状態にあり、騎士団長であるアレクセイはその皇帝の分までもと一心に国を支えている。
その為、騎士団に限らず、<帝国>の行く末の一端を背負っている彼の仕事はその量も半端なものではなかった。
それらの仕事量を毎日こなしながらも<帝国>市民を想い行動する彼。
そんな姿を見れば、誰であろうと彼を支えたいと思うのは当然の事だった。
「はは、君といい、君の両親といい、私はアイレンス家には頭があがらんな」
アレクセイは声を上げて言う。
実は彼女の両親とアレクセイは親友という間柄であった。
リリーティアの父 ヘリオース・アイレンス
彼もまた、リリーティアと同じく魔導博士研究員だ。
つまり、博士号を持ったもうひとりは彼のことで、一番最初に魔導研究最高峰の位を得た者だった。
魔導器(ブラスティア)の研究者たちが集まる学術都市アスピオの魔導士であれば、その名を知らぬものはいないという、その道では有名な魔道士である。
アレクセイとは旧知の仲で、唯一無二の親友だとお互いに認め合っている間柄だった。
現在は、ここから遠い地にある<帝国>最重要研究施設、通称<砦>の取締役として様々な魔導器(ブラスティア)の実験を日夜行っている。
リリーティアの母 リュネール・アイレンス
<帝国>騎士団 リュネール隊 隊長。
隊長格としては唯一の女性であり、剣の腕は一流で、騎士の中には彼女に憧れて入団した者もいるほどの、もう一人の『騎士の鑑』であった。
アレクセイとは夫であるヘリオースを通じて仲が深まり、共に騎士としての仲間というだけではなく良き友となっている。
お互いを信頼、尊敬し、<帝国>をより良いものにという同じ志をもつ三人。
そこには切っても切れぬ固い絆があった。
リリーティアの両親はアレクセイの良き理解者であり、彼を様々な面でも支えていた。
そして、その娘であるリリーティアも彼を支えんと魔道士としてこうして力となっている。
だからこそアレクセイにとって、アイレンス家には一生を尽くしても返せないと思えるほどの恩義を感じているのである。
しかし、それはリリーティアの両親や彼女自身もアレクセイに対して同じ思いを抱いていることであった。
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