第18話 罪
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何も考えたくなかった。
何も感じたくなかった。
リリーティアは騎士団本部にある自分の研究室にいた。
室内は薄暗く、部屋を照らす照明は机の上に灯る小さな光照魔導器(ルクスブラスティア)のみだった。
その中で彼女は机の上に無数に広がっている書類をじっと見詰めていた。
何も考えたくないのに、何も感じたくないのに。
残酷な現実は、脳を、心を、大きく揺さぶる。
さまざまな声が頭の中に響き渡る。
---------------『リリーティアがどんな想いで君を助けたと思っている!』
私の、想い。
それは・・・・・・、
生きてほしかった。
また、あのおどけた笑顔を見せてほしかった。
砂漠で見た失われた表情から、その笑顔を取り戻したかった。
---------------『彼女の想いを踏みにじるつもりか!』
踏みにじられた?
・・・・・・・・・違う。
踏みにじったのは、私だ。
彼らの立場を、気持ちを考えずに。
私の行為は、彼の、彼らの精神(こころ)を踏みにじった。
---------------『こんな紛い物で無理やり生かされたくない。みんなと離れたくない。嫌だ』
囁くような声。
だけど、悲痛な叫び声。
"死"から救い出すことが、彼らを守ることだと思っていた。
そうだ、結局私は自分のことしか考えていなかった。
すべては、自分の為だったんだ。
---------------『ダミュロン・アトマイスはもう死んだんですよ』
温かくも、まして冷たくもない。
虚無(からっぽ)な声。
「・・・・・・っ」
リリーティアは机の上にある一枚の書類を強く握りしめた。
くしゃっと音をたてる紙。
私の勝手な想いが、彼らを苦しめることになったんだ。
「うぅ・・・くっ・・・ぅ・・・っ」
リリーティアは歯を食いしばった。
現実という苦しみに耐えるように。
けれど、記憶は容赦なく心に重く圧し掛かる。
それは、脳裏に焼きついて離れない記憶。
鮮明に、映像として頭の中に流れる記憶。
彼の、彼らの、--------------------”薄ら笑う顔”
「っぁぁぁぁぁああああああああああっっ!!!」
彼女は叫んだ。
せきを切ったように。
脳裏に焼きつく彼らの”絶望した姿”を打ち消そうとするかのように。
彼女は叫びに叫んだ。
それでも”薄ら笑う顔”は消えてはくれなかった。
彼らの”声なき叫び”がそこにあった。
思い出したくない!
見たくない!
消えて!
嫌だ!
涙が頬を伝った。
留まることを知らず、溢れに溢れた。
仲間の死を目の当たりにしても、涙一つ流すことをしなかった彼女が、泣いた。
あの時も泣きたかった。
だけど、泣きたくなかった。
意地でも泣かなかった。
希望を、奇跡を、灯陽《ひかり》を、信じていたから。
諦めたくなかったから。
守りたかったから。
でも、それも、儚く消えた。
灯陽《ひかり》は闇に沈んでしまった。
「ああああああああっっ!!!」
彼女は机の上にあった全ての書類をなぎ払った。
溢れんばかりに涙を流し、張り裂けんばかりに声を荒げながら、机の上にあるものすべてを。
唯一、部屋を照らしていた光照魔導器(ルクスブラスティア)も、床の上に音を立てて割れた。
宵に浮かぶ淡い月の光りが窓から僅かに差し込むだけで、研究室は薄暗い闇に包まれた。
それでも彼女は止まらなかった。
狂ったように、手当たりしだいに資料や研究器具、物という物を床へ叩きつけた。
それは、激しい音をたてて床に散らばり、彼女の叫びと重なって騒音のごとく部屋中に響き渡る。
突然、騒音が止んだ。
部屋に響くのは、嗚咽する声。
彼女は、散らかった床の上に手をついて力なく崩れた。
散らばった書類には、彼女の字で心臓魔導器(ガディスブラスティア)に関する事がびっしりと綴られている。
散らばった器具には、赤黒い絵具のようなものが所々についている。
散らばる書類は、私の”身勝手”そのもの。
散らばる器具は、私の”過ち”そのもの。
彼女は自分の顔を腕で覆い、体を小さく縮ませ、床へとうなだれた。
「ごめんなさいっ!!」
それは、移植処置で救えなかった者が現れる度に、自分の非力さに嘆き悔み、
救えなかったことに対して、何度も謝り続けた時と同じように。
「ごめんなさいっ!!」
けれど今では、その言葉に含まれた意味が違っていた。
救えなかったことへの謝罪ではなく、救ってしまったことへの謝罪。
まったく、真逆の意味。
彼女は、謝り続けた。
「ごめんなさい!!」
死の淵から救った、けれど、絶望という苦しみを与えてしまった。
「ごめんなさい!」
生き残った者ほど辛いということを、私は知らなかった。
「ごめんなさい!」
いや、ちゃんと考えなかった。
「ごめんなさい」
全ては自分の為、自分のことしか考えていなかったんだ。
「ごめ、んなさい」
私をおいて、みんなで逝かないでと。
「ごめんな・・・さい」
自分勝手な”わがまま”だったんだ。
「ごめ、なさ・・・い」
私の想いが、私の身勝手(わがまま)が、彼らという犠牲者を出してしまった。
「ごめ、な・・さい・・・」
今の私には、ただ謝ることしかできない。
「ごめ、な・・さ・・い・・・っ」
何度も何度も、こうするしか。
「ごめ・・・な、・・・い・・・っ」
みんなを守れなかった。
「っ・・・め・・、な・・・さ・・・・っ・・・」
彼らの命を救ってしまった。
彼女は何度も謝り続けた。
体は震えに震え、何度もむせた。
それでも、彼女は嘆き叫び、むせび泣いた。
暗闇の中で。
彼女は何度も、何度も、何度も、何度も謝り続けた。
声が枯れるまで。
声が枯れ果てても。
謝罪の言葉を繰り返す。
-----------ごめんなさい。
誰にも届くことのない、闇に溶けるだけの言葉を。
外が深い闇に染まっても、掠れた音は鳴り止むことはなかった。
--------------------私は ”罪” を犯した。
第18話 罪 -終-
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