第18話 罪
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「なにをしている!」
アレクセイは部屋に入るや否や厳しい声で叫び、足早に部屋の奥へと入っていった。
リリーティアも何事かと急いで部屋への中へと足を踏み入れた。
「っ!?」
彼女は部屋に入ってすぐにその足を止め、愕然として前を見た。
視線の先には体中に包帯が巻かれた男が寝台の上に座っている。
その部屋は狭い漆喰塗りの空間で、彼と寝台のほかには小ぶりの棚が一つあるだけ。
壁の一角には明かり取り用の小さな切り窓があったが、壁高くにあってそこからはほとんど外を覗くこともできない。
扉はその窓一つのみで、それも今は閉ざされており、まるで外界から中にいる彼を締め出しているようだ。
事実、中にいる彼のこと、正確には心臓魔導器(カディスブラスティア)で蘇生されたという事実を外に知られないために、わざわざこの部屋を選んだのが実のところだった。
「あれだけ大勢の犠牲の中、君は助かったのだぞ?!それを棄てるつもりか、ダミュロン!」
「助かった・・・・・・?」
厳しい口調のアレクセイを、彼は力なく見上げた。
そう、移植処置の成功者二人のうちの一人が彼、ダミュロンであった。
彼もまた、移植処置が成功した後も心臓魔導器(カディスブラスティア)の異常を起こし、命を失う危険が何度もあった。
それでも、リリーティアは最後の最後まで諦めずに自分の最大限の知識と技術をもって、移植措置を施してから二週間、なんとか今日まで命を繋ぐことができた。
そして今、ようやくダミュロンは目を覚ましたのだ。
しかし、厳重に巻かれていた包帯は半ば引きちぎるように剥ぎ取られていて、上半身は露になり、テムザで発見した時にはそこから槍が生えていた彼の左胸には、今は機械とも装飾品ともつかない金属製の円盤があった。
円盤の周囲からは幾筋かの曲刀のような"足"が螺旋状に伸びていて、渦巻き模様を描いている。
その中心には大きな紅い宝石めいた珠がはめ込まれていて、その奥で光が明滅していた。
それが、ヘルメスが冊子に書き残したものを元にリリーティアが施した心臓魔導器(カディスブラスティア)だ。
光の明滅は彼の脈拍と同期して光り輝いており、まさしく心臓のようだった。
そうして、彼女がこの部屋に入って目にした光景は、眠っているはずのダミュロンが目を覚ましていて、心臓の代わりである心臓魔導器(カディスブラスティア)を剥ごうとしてなのか、その周りの皮膚を必死で掻きむしっているところだった。
彼の指先には僅かに血がついていて、そこまでして心臓魔導器(カディスブラスティア)を剥がそうとしていた彼の行動に、リリーティアは胸を締め付けられた。
同時に、その心の中は不安と恐怖に襲われた。
「本当は落ち着いたら順を追って説明するつもりだったのだが・・・」
アレクセイは、ダミュロンが心臓魔導器(カディスブラスティア)を剥がそうとする手を止めたの見て、先ほどよりも幾分か穏やかな口調で話し始めた。
リリーティアはというと、胸の前でぎゅっと握りしめている両の手を震わせながら、扉の前でその様子を見ていた。
その姿は何かに怯えているようであった。
アレクセイは部屋中を歩き回りながら、ダミュロンに今の状況を説明した。
心臓魔導器(カディスブラスティア)のこと、ここにいる経緯を。
彼は部屋中を歩き回りながら話すアレクセイを目で追うこともせず、うつろな表情で一点をじっと見詰めている。
彼に状況を話す中で、アレクセイはただひとつだけ、とある真実を隠した。
そのことにリリーティアは僅かに表情を歪ませた。
「君が助かったのは言うまでもない。彼女、リリーティアが最善の力を尽くしてくれたおかげだ」
「.・・・・・・リリーティア」
アレクセイの話を聞いている間は一度も動かすことのなかった瞳を、ダミュロンはゆっくりとリリーティアの方へと向けた。
「っ・・・!」
リリーティアは息が詰まった。
ダミュロンが向けた瞳。
彼女はその瞳と似たものを見たことがあった。
それも、数時間前に。
今はまだ、それと同じではないが、似ている。
ああ、これでは同じになってしまう。
リリーティアの瞳は恐怖に揺れ動く。
震えていた手をさらに強く握りしめ、その震えをなんとか止めようとした。
「君にはぜひ部隊の再建をやってもらいたい」
「・・・・・・できません」
今回の事態で騎士団が受けた損害はあまりにも大きく、アレクセイにとって騎士団の立て直しは急務だった。
そこでキャナリ小隊の生き残りであるダミュロンに騎士団態勢の立て直しをと考えていたが、彼は力なく断った。
「・・・・・・私の責任だ。許せとは言わない。君には私を恨む権利がある。」
キャナリ小隊を含めた遠征隊、かつてリリーティアの母が率いていたリュネール隊を含めた〈砦〉の守備隊、
そして、リリーティアの父ヘリオースやヘルメス、
あの悲惨な出来事で失ってしまった多くの命。
そのすべての命をアレクセイは自分の過失だと、ひとりその身に背負い込んでいた。
<帝国>全土を襲っていた脅威の大きさを見誤り、自分の甘い判断が招いた結果だと。
「・・・・・・そういう話じゃない」
だが、ダミュロンはどうでもいいことのように言う。
彼が騎士団の再建を断るのは、恨みつらみといったそんなことが絡んだ理由ではないのだ。
「 俺に・・・もう理由がない」
囁きに近い、乾いた声。
彼を動かしていたその理由は、仲間を失ったのと共に失われてしまったのだと、その生気のない声音そのものが、そう語っている。
どんどん彼の瞳の色が沈んでいるように見えて、彼女は震える手をさらに強く握り締めた。
「故郷に、ファリハイドに帰ります。その先のことはそれから考えます」
その言葉を聞いた瞬間、リリーティアは大きく反応した。
彼女の震えは手だけでなく、肩さえも大きく震わせ始める。
これからアレクセイが話すであろう事実は、誰に知られても、彼だけには知ってほしくないことだった。
この事実を知れば、彼の瞳は、きっと----------。
「気の毒だが、・・・・・・ファリハイドはもうない」
「ない・・・?」
「破壊されたのだ。ファリハイドだけではない。エルカバルゼも失われた。あのペルレストで起きたことのように結界魔導器(シルトブラスティア)ごと完全に破壊されてしまった」
「住民は?」
ダミュロンはその真実を受け切れていないようで、驚きもせず、取り乱すこともせず、ただ惚けたように聞いた。
アレクセイは目を伏せると、沈痛な面持ちでその口を開いた。
「捜索隊は生き残りを発見できなかった」
「・・・・・・・・・」
彼の瞳の色が、同じになっていく。
それは、黒く。
何を想い、何を考えているのか。
ダミュロンはしばらく黙ったまま部屋の壁の一点を見詰めていた。
そして、微かにその唇を開く。
「・・・・・・これを止めてくれ」
左胸に触れながら、ほとんど聞き取れないほどのか細い声で言った。
アレクセイは眉をひそめ、彼を見る。
「俺はもう死んだんだ」
彼の瞳はさらに黒くなっていく。
リリーティアは震える手で己の肩を強く抱きしめた。
彼の口から零れる言葉のすべてが怖かった。
「こんな紛い物で無理矢理生かされたくない。みんなと離れたくない。嫌だ」
ああ、やはり、同じになってしまった。
それは、黒く沈んだ、絶望の色。
一番聞きたくなかった言葉。
彼のその言葉は、リリーティアの胸に深く突き刺さった。
それは、刃のように鋭く。
リリーティアはそのあとアレクセイが彼に何を話していたのか覚えていない。
彼女は呆然と立ち尽くし、二人の姿をただその瞳に映していただけだった。