第17話 灯陽
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リリーティアは立ちつくすことしかできずにいた。
正確には、立っているのがやっとだった。
「リリーティア」
瓦礫の壁にもたれ、騎士たちが救助作業を行っているのを茫然と見つめているリリーティア。
そんな彼女にアレクセイが気遣わしげに声をかけた。
救助作業を行っている彼の服は所々破れ、ひどく汚れている。
「閣下、申し訳ありません。結局、足手まといですね」
リリーティアはアレクセイの方へ振り向くこともせずに、力ない声で言った。
「謝ることはない、リリーティア。・・・・・・この状況では、無理もないことだ」
彼女を悲しげな目で見ると、アレクセイは彼女の隣に立ち、空を仰いだ。
そこには今の状況に似ても似つかないほどの澄み切った蒼い空が広がっている。
帝都がある平野部よりも標高が高いこの場所では、帝都で見るゆったりとした雲の流れとは違い雲の流れは速かった。
二人はお互いに口を開くこともなく、静かにそこに佇む。
そんな中、ひとりの騎士がアレクセイを呼びながら駆け寄ってきた。
「アレクセイ騎士団長、海岸周辺を捜索している部隊からこのようなものが届きました」
「これは・・・何だ?」
その騎士から受け取ったのは、薄汚れた一冊の冊子。
アレクセイは怪訝な表情でその冊子の一枚めくった。
「!?・・・ヘル・・メス」
「ぇ・・・?」
アレクセイから出た言葉にリリーティアは掠れにも近い驚きの声をもらす。
彼もまた、この〈砦〉で命を落とした一人。
彼は冊子を届けてきれた騎士に礼を言うと、その場でそれを読み始めた。
黙したまま真剣な表情で読んでいる中、彼は時たま驚きに目を見開く姿を見せた。
ページをめくる度に震えが酷くなるアレクセイの手を、彼女はじっと見詰めていた。
「・・・そんな・・・ことが・・・」
「閣下?」
額に手をあて、搾り出すようにして声をもらす彼。
リリーティアが不安に見上げると、彼は何も言わず彼女にその冊子を手渡した。
彼女は恐る恐るそのページをめくった。
そこには、手書きで文字が綴られていた。
手書きの紙を束ねただけの、見た目は誰も注意をひかないような質素な冊子だった。
しかし、その中身は想像を絶するほどの内容が癖のある字で書かれていたのだ。
ヘルメスが遺した冊子。
そこには、彼が作った魔導器(ブラスティア)のこと、そして、今回の事態の真相。
それらに関する、彼の知るところを余すことなく記されていた。
そして、最後には友に対する想いが記されていた。
そのうちの一人である彼の友は、彼と同じ道を辿ってしまったけれど。
その冊子の内容はそれで終わっていた。
そこには、知りたかった真実があった。
そこには、知りたくなかった真実もあった。
すべて読み終えたリリーティアは、気持ちの整理がつかなかった。
様々な感情が渦巻き、軽く吐き気さえ覚えた。
けれど、その中であるひとつの文字が彼女の心を激しく捉えた。
「心臓(ガディス)、・・・魔導器(ブラスティア)」
無意識にリリーティアが呟いた言葉に、アレクセイの眉が僅かに動いた。
「閣下・・・・・・まだ、・・・まだ、です。・・・まだ、救える命があります。・・・まだ、やれることが。・・・やらなければいけないことが」
彼女はひどく震える声で言った。
命を救える方法を見出せたという喜びからではない。
それは、怖れからだった。
「リリーティア・・・」
ヘルメスの冊子に記されていた、心臓魔導器(ガディスブラスティア)。
エアルを原動力とする本来の魔導器(ブラスティア)とは異なり、生命力を動力として心臓の機能を果たす魔導器(ブラスティア)。
この魔導器(ブラスティア)が心臓の代わりとなることで、一度失われた命でも再び蘇らせることができるという。
しかし、言葉で説明するのは簡単だが、実際に蘇生が出来るのかといえばそうではない。
心臓の役割を担う魔導器(ブラスティア)と肉体がお互いに拒絶反応を起こす場合があり、蘇生が成功する確率は絶対ではないのだ。
また、それを行う技術者の腕次第でも成功するかどうかは大きく分かれるという。
彼女を襲う恐怖。
それは、助けられるかもしれなかった命が、助けられなかったという結果が怖かった。
それでもこの可能性に賭けるしかない。
一人でも命を救いたいというこの想いが、ここにある限り。
奇跡は起きないというのなら、起こすだけだ。
奇跡をつくりだす。
この手で、必ず。
リリーティアは力強い眼差しで空を見上げた。
一度、残酷に吹き付けた現実の風に掻き消されてしまった灯陽《ひかり》。
絶望の闇の中に沈んだ灯陽《ひかり》。
奇跡の灯陽《ひかり》。
リリーティアは一度消えたその灯陽《ひかり》を自分の手で灯そうと、恐怖を打ち消し覚悟を決めた。
かつて自分を信じると言ってくれた仲間たちの想いを胸に。
仲間が信じてくれた、自分を信じて。
第17話 灯陽 -終-