第17話 灯陽
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海に出で5日。
空は晴れ渡り、海は穏やかだった。
海の上を何隻もの船艦が進んでいく。
先頭を進むアレクセイが乗った船艦にリリーティアも乗艦し、水平線の遥か彼方にある砂漠地帯デズエール大陸のある方向をじっと見詰めていた。
この先にキャナリ小隊の皆がいると思うと、なかなか落ち着くことが出来なかったが、海の上では気持ちとは裏腹に急ぐこともできない。
戻って来た遠征隊の話では、海上でその脅威の一部、もしくはその脅威そのものである魔物が襲ってきたらしいが、海を出航してから一度として魔物に襲われることはなかった。
「(この穏やかな海のように、何事もなく事が済んでくれたら・・・)」
リリーティアは祈った。
何も出来ない艦隊の上で、何度も、何度も。
そうして、帝都を発ち一週間。
艦隊が進んだ先には、そんな彼女の祈りを嘲笑うかのような光景が広がっていた。
「何だ・・・、これは」
アレクセイは呟いた。
舳先から見える光景にそれ以上の言葉を失う。
「っ・・・・・・」
アレクセイの隣で、リリーティアも息を呑んだ。
熱風に煽られ、深紅に染まる魔導服(ローブ)は音をたてて激しくなびく。
乾いた風が砂漠の白い砂を巻き上げ、白い砂に混じって”黒い砂”が空に舞い上がっていた。
”黒い砂”。
それは、----------”炭”だった。
白い波がリズムよく打ち寄せる海岸。
何の変哲もない砂浜と海。
しかし、その海岸線の一部だけ、まったく違う景色が広がっていた。
砂浜が大きく円形に抉(えぐ)られ、その中心の海の上に艦隊があった。
いや、艦隊
焼き尽くされて炭化した艦隊の名残がそこに浮いていた。
これが熱風に舞う”黒い砂”の正体だった。
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炎熱の地 デズエール大陸。
アレクセイの後に続き、リリーティアは船艦を降りる。
乾いた風を肌に感じ、砂地に足跡を印しながら上陸した。
炭化した船艦の名残がある方を一度見詰めると、目の前に広がる白い砂漠を見渡した。
ふと、その先のほうに小さな影と大きな影があるのに気づいた。
その影に彼女が気づいた時、隣にいたアレクセイがゆっくりと歩き出した。
「あれは・・・」
アレクセイがそう呟きながら、その影の方へ進み歩く。
リリーティアは彼の背と影を視界に捉えながら彼の後に続いた。
少し歩いた時、小さな影は一つではなく二つあることに気づいた。
さらに歩みを進めると、三つの影に色があることが分かった。
彼女はじりじりと照りつける太陽の光に目を細めながら、その影の色を認識しようと目を凝らす。
三つのうち一番大きな影は、焦げ茶色
残りの小さな二つ。
一つは、黄金と白
もう一つは、赤と黒、そして、銀色。
「(人・・・?)」
リリーティアは色を認識できたのと同時に、小さな二つの影は人影だと知った。
その時、あちらこちらに砂の中から生えるようにある、焦げ茶色の槍のようなものがいやに目についた。
これは一体なんなのだろう。
砂漠に自生している植物ではなさそうだ。
「デューク!!」
アレクセイが叫んだ。
それと同時にその影に向かって走り出す。
正確には、大きな影にではなく、その影から少し離れている二つの影に向かって。
彼が叫んだその名はリリーティアも知っていた。
彼女はだいぶ先に行ってしまったアレクセイに追いつくため、小走りに追いかける。
追いついた時、すでに彼はその影である二人の人物と何やら話をしていた。
その二つの影だった人物。
一人は、リリーティアも良く知る人物である。
すらっとした背に、白い肌が見える整った顔立ち。
白銀の長い髪は、滝のように後ろに流れている。
長身白皙(はくせき)なその風貌はどこか人間離れしていて、まるで彫刻を思わせた。
その人物の名は----------デューク・バンタレイ。
かつては名門中の名門と謳われ、その血筋は皇帝家まで繋がっているという大貴族で、彼はその最後の一人であった。
彼は以前、騎士団に所属していた。
剣の腕は一流で騎士団を辞めた彼にアレクセイは何度も復帰を求めたようだが、それには応じず、変わりに各地を回っては力を貸しているらしかった。
また、昔から結界の外を一人遠くまで旅をしている変わり者とも言われているようだ。
リリーティアが幼い頃、まだ彼が騎士団にいた時、アレクセイやヘリオースと共にいる所を時折見かけていた。
実際に彼女も彼との面識は何度もあり、彼女自身もよく覚えている。
デュークの隣にいる、もう一人の人物に関しては初めて見る顔だった。
彼はクリティア族のようで、金色の長い髪の中にクリティア族特有の触覚がある。
純白を基調とした服から除く褐色の肌に端整な顔立ち。
どこか柔らかな雰囲気が漂い、なんとなく親しみやすい印象を受けた。
「あの者の仕業?・・・まさか、あそこに倒れている魔物が、か?」
アレクセイの言葉にただ無言で頷くデューク。
デュークの表情からは何も読み取れないのに対し、隣にいるクリティア族の表情には微かに悲しみの色が見える。
リリーティアの瞳には、彼の悲しげな表情がいやに強く印象に残った。
アレクセイが少し離れた先にある焦げ茶色の塊を見ていた。
リリーティアも倣(なら)ってそちらを見る。
よく見ると、その塊は焦げ茶色の長い毛に覆われていて、輪郭は布を体に巻きつけた頭でっかちな人間に似ていた。
見た目は鳥のようにも齧歯(げっし)類にも見え、うずくまっているのか形はよく分からなかったが、捉えどころのない形であった。
その大きさも家屋一つ分くらいもある大きさで、今まで見たこともない巨大な魔物だ。
それこそまさしく魔物の姿だ。
そう彼女は思った。
まさに、
結界の内側にこもる人間たちが大げさにもただの野に駆ける獣を指して呼んでいたそれではなく、れっきとした魔物の姿がそこにある。
リリーティアは咄嗟に腕を抱え、その身を震わせた。
あのような魔物がこの世に存在しているなど夢にも思わなかった。
魔物は息絶えているようだが、それでもそのおぞましい姿のせいか息絶えているとはいえ、その魔物が存在していたという事実だけで彼女の体を恐怖に包んだ。
そして、街を壊滅したという魔物の姿を見た気がした。
というよりも、おそらくこの魔物の仕業なのだろうと半ば確信の近いものがあった。
魔物に恐怖を感じながら、デュークの方へ視線を戻すと彼と目が合う。
僅かにデュークの表情が動いたが、リリーティアは彼の僅かな表情の変化をあまり気に留めず会釈をした。
それに対して彼からの反応はなく、すぐにアレクセイに視線を戻した。
「<砦>に災いが来ると知らせを受け、急ぎ仲間を連れてここにきたが・・・・・・」
そう言って、デュークは後ろに目をやった。
リリーティアもその視線の先に視線を向ける。
デュークたちの後ろ、少し離れた距離にはさっきから目につく無数の槍のようなものが広がっていた。
倒れている魔物の色と同じ槍だ。
「?」
その無数にある槍の中になにか黒い影が見えた。
刺さっている槍とは違って、それは砂地に横たわるようにして倒れているようである。
「間に合わなかった。・・・彼が、最後だったのだろう」
デュークは目を伏せた。
隣にいるクリティア族の彼も同じようにしていて、その表情はあまりにも苦渋に歪んでいる。
彼の言葉にリリーティアはぞっとした。
デュークが言う"彼"とは、まさかあの影のことなのか。
瞬間、彼女の体の中で"音"が鳴り響くのを感じた。
それは、耳障りなほどに不快な"音"。
「リリーティア?」
急に歩き出したリリーティアに、アレクセイは手を伸ばし彼女の名を呼んだ。
しかし、彼女には聞こえていないようで、その歩みを止めることはなかった。