第16話 日常
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「え、・・・明日出発、ですか?」
リリーティアの驚く声が下町の通りに響く。
「ええ」
「明日・・・・・・そう、ですか」
下町の巡回中、キャナリ小隊の今後の任務について教えてもらっていた。
二人の話によると、デズエール大陸の北に位置する山岳地帯 テムザ山 へ、明日にも出発するということだった。
<帝国>最重要研究施設、通称<砦>の防衛に当たっている守備隊に、キャナリ小隊たちも加わることになったのだという。
「はは、そんな寂しそうな顔するなって」
「ゎ!?」
唐突にダミュロンが頭を勢いよく撫でたので、リリーティアは小さく驚きの声を上げた。
「さ、さみ・・・っそ、そんな顔してません!」
「そうかそうか。やっぱ俺たちがいないと寂しいんだな~!」
彼女は撫でられた頭を抑えながら、慌てて彼の言葉を否定した。
それでも彼は聞こえていない振りをして、周囲に言いふらすようにわざと大きな声を上げて話す。
「で、ですから違います!」
「照れるな照れるな♪」
顔を真っ赤にするリリーティア。
必死になって反論しようとしても、結局軽く流される。
「ダミュロン、いい加減にしなさい。リリーティアをいじめないの」
「いじめるって、人聞きの悪い」
どう見ても彼女をからかって楽しんでいるダミュロンをキャナリは呆れて見た。
彼は心外だとばかりに彼女に反論している。
そんな2人の会話を聞きながら小さく笑みを浮かべるリリーティアだったが、その胸の内には寂しさがあった。
彼に言われてとっさに否定したものの、正直に言えば寂しく感じていたのだ。
彼らといる時間は本当に楽しく幸せそのもので、それが任務の中であったとしても、かけがえのない時間に変わりない。
先日まで帝都を離れていて、今日になってようやくキャナリ小隊たちと時間を共に過ごすことができたところだった。
それなのに、明日からは彼らが帝都を離れ、またしばらく会えなくなる。
寂しいと思わずにはいられなかった。
けれど、リリーティアは気を引き締め直した。
そんな甘いことを思っている場合じゃない。
今、<帝国>は混乱の中にあるのだから。
そう自分に言い聞かせた言葉で、彼女は胸の内に溢れる寂しさにそっと蓋をした。
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「今日はお疲れ様でした」
「ん~、お疲れさん」
リリーティアの言葉に大きく身体を伸ばしながら応えるダミュロン。
下町の巡回も無事に終えて、3人は騎士団本部の門前にいた。
すでにあたりは薄暗く、空には無数の星が輝いている。
「手伝ってくれてありがとう、リリーティア。お疲れさま」
「いえ。キャナリぉ----- っ小隊長もお疲れ様です」
結局、リリーティアはあれからもキャナリのことを”お姉ちゃん”と呼べないままにいる。
今もやはりに口に出来ず、今日はもう諦めようと少し肩を落とした。
そんな時、ダミュロンが顎を手にかけ、何やら考える仕草で夜空を仰いだ。
「あ、そういやおまえさん、キャナリに言いたいことがあったんじゃないの?」
「!?」
さも今思い出したかのような口ぶりで話すダミュロン。
リリーティアは驚きに目を見開いて彼を見る。
「私に言いたいこと?」
「あ、え・・・」
きっかけを作ろうとして話を振った彼の意図を理解しているが、それでも戸惑いを隠せなかった。
どうしていいか分からず、ダミュロンのほうへちらりと視線を向けると、彼は片目を閉じてにっと笑みを浮かべている。
どう見てもこの状況を面白がっている表情だった。
それを見た瞬間、リリーティアは彼に恨めしい視線を投げつけた。
彼はそんな視線も気にすることなく、あっけらかんとしている。
「どうしたの、リリーティア?」
「いえ・・・、その・・・」
彼を恨めしくも思ったが、反面、きっかけを作ってくれたのだから、という気持ちもあった。
けれど、やはりなかなか言い出す勇気が持てず、彼女はどうしても口ごもってしまう。
「えーと・・・」
リリーティアは視線を泳がせ、必死で言葉を紡ごうとする。
そうして、意を決して視線を上げると、その口を開いた。
「その!キャナリおね-----っ小隊長から・・・わ、私の手紙を、父に渡して頂けたらと思って・・・」
キャナリの顔を見た途端、彼女は言葉にする勇気を失ってしまった。
嫌に思われたらどうしようという不安が増して、どうしても言い出せない。
「手紙?」
「あ、はい。・・・そこにある<砦>は父が取り締っていて、科学者であるヘルメスさんという方と一緒に研究をしていることはご存じだと思いますが-----、」
話を聞きながら、キャナリは以前ヘリオースと出会った時のことを思い返した。
一番の印象で浮かぶのは、あの絶えない笑顔。
リリーティアの笑っている顔と瓜二つな、少し子どもっぽい笑顔だった。
「しばらく父とは手紙のやりとりもできていなかったので、私からの手紙を父に届けてほしいなと。・・・そ、それだけです」
ごまかすようにとっさに言ったその頼みは、キャナリから遠征隊の話を聞かされた時からすでに考えていたことではあった。
ヘリオースが<砦>で研究を始めてから、なかなか会えなくなった父とは手紙でやり取りをしていた。
帝都から研究施設までの距離はかなり遠いため、ただでさえ頻繁にやりとりはできないというのに、ここしばらくの魔物の凶暴化や出没増加の問題で、手紙を届けることができなくなっていたのだ。
そのため、父が一度帝都に帰ってきて再び<砦>へ発ったあの日からも、まだ一度も手紙を出せていなかった。
ペルレストが壊滅したという一報は彼の元にも届いているだろうから、結界魔導器(シルトブラスティア)のあの計画に関わっている自分のことをいろいろと心配しているだろう。
だから、リリーティアは心配ないということを自分の言葉で父にちゃんと伝えておきたかった。
「明日の朝、みなさんがここを発つ時にその手紙を渡します。それではお疲れ様でした。失礼します」
最後のほうは半ば早口で話すと、リリーティアは足早に門をくぐって騎士団本部へと入って行く。
何かを言う間もなく彼女がそそくさと行ってしまったことに、キャナリは半ば唖然としている。
ダミュロンはというと苦笑を浮かべながら、逃げるように去っていく彼女の後ろ姿を見詰めていた。