第16話 日常
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「わ、っと」
「大丈夫?」
キャナリの言葉に、リリーティアは恥ずかしそうに笑って頷いた。
舗装されていない地面の出っ張った石に足を引っ掛け、危うく転びそうになったのだ。
「いつ来てもここはひどいな」
そう言いながら、ダミュロンは尖ったり傾いたりした石畳を軽く飛び越えながら進んでいく。
ここは、帝都の平民地区街。
平民地区の中でも一層貧しい人たちが暮らしている都市の最外周部地区だ。
貧しい人たちが多く暮らしている下町の道をリリーティアとキャナリ、ダミュロンの三人は歩いていた。
下町の巡回。
主に平民出身の騎士が担っている仕事だが、キャナリは騎士になってから騎士の巡回から外されている場所を毎日のように見回っていた。
平民出身者でもなく、下町の人から雇われたでもなく、騎士団からの指示でもない。
これは彼女自ら行っていることだった。
それが彼女の流儀であり、”本当の騎士”になりたいという想いの表れでもあった。
リリーティアもキャナリたちと出会ってからというもの、できるだけ時間をつくっては巡回について行っていた。
下町の安全を守る手伝いが少しでも出来たらという気持ち。
そして、何よりキャナリたちと話しながら下町を歩くことが楽しかった。
もちろん遊びではないことは分かっているが、下町を巡回する時間はリリーティアにとってとても大切な時間であったのだ。
それがここしばらく都市壊滅の原因を突き止める調査に忙しく、巡回を手伝える時間がほとんど取れなかった。
だから、今日は久しぶりである下町の巡回だった。
その下町の巡回は数時間にも及ぶことが多い。
下町の人たちが困っている時、人手が欲しい時、その都度手を貸し、自分たちが出来る限りのことをしながら巡回をしている為、それだけ時間をかけていた。
ただでさえ下町は<帝国>最大規模の帝都の全週を取り巻いているのだから、一言で下町といっても広すぎるため、日ごとに巡回ルートを分けている。
そうして下町を歩いている間、下町の人たちはリリーティアたちとすれ違うたびに気さくに言葉をかけてくれた。
それは他愛ない話に始まり、感謝や労いの言葉ばかりで、下町の良さをひしひしと感じられ、リリーティアは下町の人たちの笑顔がとても好きだった。
だからこそ、下町の力になりたいと純粋に思えた。
特に何事もなく順調に巡回していると、子どもの甲高い声、それも言い争っているような声が聞こえてきた。
見ると、小さな男の子と女の子がなにやら喧嘩をしている。
喧嘩を止めようとしているのだろう、その二人の間にはおろおろと何かを言っている男の子と、
その男の子の服の裾をぎゅっと掴んだ、さらに小さな女の子が目に一杯の涙を溜めて喧嘩している二人を見上げている。
「あ!」
その時、喧嘩を止めようとしている男の子がリリーティアたちに気づいた。
男の子は小さな女の子の手を引きながらこちらに駆けて来る。
「キャナリお姉ちゃん!あの二人をとめてよ!」
「何があったの?」
「いいから、早く早く!二人をどうにかしてよー!」
男の子は強引にキャナリの腕を引っ張っていく。
リリーティアとダミュロンは、ただ唖然として彼女を引っ張っていく男の子を見詰めていた。
喧嘩をしていた女の子はキャナリの姿を見ると一目散に飛びついて、喧嘩相手の男の子に指を指しながら何やら言っている。
彼女はしゃがみ込んで、子どもたちと同じ目線の高さになると、喧嘩をなだめようと二人に何かを言っているようだ。
リリーティアはその場で成り行きをただ見守っていた。
しばらくすると、喧嘩をしていた子どもたちから笑顔が浮かぶ。
さっきまで不貞腐れた顔をしていたのに、今はそれが嘘のように子どもらしい元気に溢れた笑顔がそこにあった。
子どもたちはキャナリの手を引っ張りながら、何度も「キャナリお姉ちゃん」と呼んでいる。
どうやら遊んでほしくてたまらないらしい。
リリーティアはじっとその子たちの様子を静かに見詰めた。
「 ”キャナリお姉ちゃん” 、か・・・」
不意に、彼女が囁くような声を零した。
その瞳は子どもたちをどこか羨ましそうに眺めている。
「呼びたいけど・・・」
リリーティアは視線を落とし、補修もされていない下町特有の地面をその目に映した。
「呼べばいいんじゃないの?」
「っ!!??」
肩を大きく震わせるリリーティア。
慌ててばっと振り向くと、すぐ後ろにはダミュロンがいた。
「え、あ・・・ど・・・ど、して・・・」
「声に出てたけど」
にやにやと不適に笑うダミュロン。
囁くように言ったその言葉もすぐ近くにいた彼には聞こえていたようだ。
無意識に声に出していたのと、それを聞かれていたのとで、リリーティアは恥ずかしさのあまり頭の中が真っ白になり、何か言おうとしてもしどろもどろになって言葉になっていなかった。
あまりの慌て様に、ダミュロンは肩を震わせながら声を押し殺して笑い出す。
彼女はいよいよ何も言えず、顔を赤くして黙り込んでしまった。
「キャナリのこと下町の子たちみたいに呼んでもいいじゃないの。恥ずかしがることないって」
それでもリリーティアは顔を俯かせて黙り込んでいる。
彼女は不安だった。
本当に自分が”お姉ちゃん”と呼んでいいものなのか。
何より----------、
「嫌に思われたらどうしようって?」
「!!」
確信を突かれたダミュロンの言葉に、やはり黙るしかなかった。
彼の言う通り、それが一番怖かった。
彼女のことだから”お姉ちゃん”と呼んでも、いつものように笑顔で応えてくれることはリリーティア自身も分かっている。
けれど、ただその笑顔が無理をしてつくっているものだとしたら--------、そう思ってしまうのだ。
彼女は優しい人だ。
例えそう呼ばれることを不快に感じても、いつもと変わらない笑顔を向けてくれるのだろう。
それがまた怖くて、不安だった。
ただ下町の子どもたちみたいに自分がもう少し幼かったなら、深く考えずにああして簡単に呼べたかもしれない。
リリーティアはつくづく自分のこの否定的な考えが嫌になった。
「それはぜーったいに有り得ないってば」
不安がる彼女の顔を覗き込み、ダミュロンははっきりと言い切ってみせた。
「ですが・・・・・・」
「前に言ってただろ?おまえさんのこと妹みたいに思ってるって」
確かに言っていた。
リリーティアも彼女のあの言葉が嘘ではないと分かっているつもりだった。
だからこそ、あの時から姉妹のように呼びたいと思っていたのだから。
でも、いざとなると嫌な方向にばかり考えてしまって、不安ばかりが募っていく。
「キャナリ、きっと喜ぶよ」
その穏やかな声にリリーティアは顔を上げた。
彼は優しげに微笑んでいる。
そして、ゆっくりとキャナリのほうを見た。
「(本当に、あんな風に喜んでくれるのかな)」
彼女は子どもたちと一緒になって笑っている。
その後すぐに子どもたちから開放された彼女は、子どもたちに手を振って戻ってきた。
「待たせてごめんさない」
「いえ。無事に仲直りできたみたいですね」
ダミュロンに知られてしまったこともあり、内心まだ少し動揺していたが、リリーティアはなんとか平静を保ちながらキャナリと言葉を交わした。
そうして、3人が巡回を続けようと、再び歩き始めようとした時、
「キャナリお姉ちゃん、リリーティアお姉ちゃん、ダミュロンお兄ちゃん!」
名前を呼ぶ子どたちの声に振り向くと、元気一杯に何度も手を振っている姿があった。
「ばいば~い!騎士のお仕事頑張ってねー!」
小さな両の手を一杯に広げて手を振る姿はとても愛らしく、リリーティアの顔には自然と笑みが零れた。
そして、彼女も子どもたちに手を振り返したのだった。