第16話 日常
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「はぁ・・・」
沢山の本が並んでいる部屋にため息がひとつ零れた。
その本のほとんどが分厚く、表題も見ると難しいものばかりだ。
主に魔導器(ブラスティア)に関するものが多いが、中には世界の行政、流通機構について書かれているものや、
気候、動物の生態についてなど様々な専門書物が並んでいる。
本が並んだ向かい側の壁には衣装箪笥(クローゼット)があり、表面には飾り模様が彫られ、その繊細な彫刻に職人の熱い想いが込められているのが分かる。
扉の横には大人の腰の高さまである収納家具があり、その上には花瓶が置かれ、挿してある花束が部屋を甘い香りで優しく包んでいる。
傍には花柄の装飾が愛らしい丸い鏡が壁に備え付けられていて、鏡の前には髪をとく櫛(くし)と深い赤に彩られた小さな箱があった。
その小さな箱の中には、髪を結う様々な色の紐が入っている。
開け放たれた窓際にある机にも小さな細い瓶に一輪の花が挿してあり、気持ちよさそうに風に揺られていた。
その机の前に、椅子に腰を掛けるリリーティアの姿があった。
「今更、かな」
ぽつりと呟きながら、杖の上に置いてある本のページをめくる。
リリーティアは騎士団本部にある自室で時間を過ごしていた。
彼女の部屋は見た瞬間は粗朴に見えるが、よく見ると部屋の処々に可愛らしい装飾具や雑貨が飾ってあり、単に粗朴でもなく、まして派手でもない、仄かに女性らしさ感じさせる部屋だった。
一人部屋にしては広い造りだが、書棚が片側の壁のほとんど覆いつくしているせいかそれほどの広さは感じられず、逆に一人にはちょうどいい広さである。
彼女は分厚い本から目を外し、窓の外から見える空を見上げた。
「(喜んでくれるのかなぁ)」
彼女はそのまましばらく、ゆっくり流れていく雲を目で追いかけた。
雲は風に流れている間に何度も形を変えていく。
「(・・・やっぱり、嫌に思うかもしれないし)」
再び本に視線を戻すが読むことはせず、小さな字で覆いつくされたページをただじっと見詰めていた。
彼女はしばらくそうしていたが、はっとすると机の脇に置いてある懐中時計を手に取って見た。
「そろそろ行かないと・・・」
パタンと本を閉じると、机の上に数冊並んでいる本の中に今読んでいた本を仕舞った。
椅子から腰をあげると、机の横に立てかけてあった愛用の武器《レウィスアルマ》を手に取り、腰に身に着ける。
そして、衣装箪笥(クローゼット)からは深紅に染まった魔導服(ローブ)を取り出すと、ばさっと音をたてながらそれを羽織った。
さっと自分の顔を鏡で見た後、扉を開けてその部屋を出た。
リリーティアの向かった先は、少し大きな扉がある部屋の前だった。
その扉を軽く叩く。
「リリーティア・アイレンスです」
「どうぞ入って」
部屋の主の声を確認すると、彼女は扉を開けた。
「失礼します」
部屋に入ると、瞬間、キルタンサスの花が仄かに香る。
その花が飾られている机の前に、キャナリが立っていた。
「もうちょっと待ってくれるかしら。まだダミュロンが来ていないのよ」
「はい。わかりました」
リリーティアは頷くと、キルタンサスの花を見た。
いつ見てもそれは美しい彩りで、今まで一輪も枯れたキルタンサスを見たことがない。
生き生きとそこに咲き誇っている。
「いつもいい香りですよね」
キルタンサスに顔を近づけ、改めてその香りを感じた。
実はリリーティアの部屋に飾っている花もキルタンサスであった。
沢山もらっているからとキャナリがいつも分けてくれるのである。
「リリーティアもこの花は好き?」
「はい。とてもいい香りに、色も鮮やかで綺麗で、私も好きです」
自分の一番好きな花を褒められて、喜ばない人はいないだろう。
リリーティアのその言葉にキャナリはとても嬉しそうに微笑んだ。
「それに、この花はキャナリおね----- っ小隊長に似合ってます」
「?? ふふ、そう言ってもらえると嬉しいわ」
リリーティアは途中言葉に詰まると、少し慌てた様子で話し出し、その声量も心なしが大きくなった。
彼女のその様子にキャナリは一瞬不思議そうな顔をするも、すぐに満面の笑みで喜んだ。
「(はぁ、やっぱり言えないよなぁ・・・)」
リリーティアは内心落ち込んだ。
ここに来る前から思っていたことがあって、彼女は今、それを言おうとしていたのだが結局言葉に出来なかった。
彼女が言えなかった言葉、それは----------”キャナリお姉ちゃん”
彼女はキャナリをそう呼びたかったのだ。
それは、妹のように思っていると言ってくれた、あの日から思い始めたことで、血は繋がっていなくても本当の姉妹のように呼びたいと、密かに思っていた。
今まで小隊長と呼んでいたのを今更ながらに呼び方を変えるというのは、リリーティアからしてみれば勇気がいることだった。
それに、その勇気よりも彼女には大きな不安があった。
「悪ぃ、遅くなった!」
バンと勢いよく扉が開いたと思ったかみたか、ダミュロンが慌てて駆け込んきた。
肩を激しく上下させ荒く息をしていることから、急いで走ってきたことが見て取れた。
「遅刻よ、ダミュロン」
「ほんっとに悪い」
キャナリはダミュロンを軽く睨む。
彼は頭を掻きながら本当に申し訳なさそうに謝っているが、彼女は深くため息をついた。
以前にもこういうことがあったらしい。
「職務怠慢で減給にしてもいいのよ?」
「げっ!?」
冷や汗をかくダミュロンに悪戯に笑うキャナリ。
そんな彼女にリリーティアはくすくすと小さく笑うと、ふと脳裏に母の姿が思い浮かんだ。
彼女は自分の母に良く似ている。
それは、彼女自身が自分の母に憧れているせいなのか、彼女本来の性格のせいなのかは分からない。
けれど、彼女と初めて会った時、母のように感じたのも今では納得していた。