第16話 日常
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帝都まで、目と鼻の先にまで来た。
少し前まで茜色一色だった空が、今は僅かに藍色に染まり始めている。
夜が近づいていた。
ふとリリーティアは、すぐ隣を歩くキャナリを窺うようにちらりと見た。
いつも自分のことを心配してくれる彼女。
先日まで帝都を離れている間も、彼女は毎日のように気にかけてくれていたという仲間たちの話には少し驚いたが、何よりとても嬉しかった。
「(お姉ちゃん・・・・・・)」
リリーティアはキャナリが言ってくれた言葉を思い出す。
『私はもう、リリーティアのことを本当の妹のように思っているんだけど』
あの時、食堂で言ってくれた言葉。
その言葉は、彼女の胸の奥に秘めた寂しさを優しく包んでくれる言葉でもあった。
唯一の肉親である父ヘリオースとは、<砦>で行っている研究のためになかなか会えない。
一度帝都に戻ってきたあの日から、まだ四ヶ月と経たないほどだが、それでもやはり寂しさは募っていくものだ。
たった一日一晩でも父と過ごせたことは、家族と会えなかった寂しさを一瞬にして消してくれた。
帝都を発っていく時に見せてくれた父の笑顔は、しばらく会えないと分かっている寂しさを忘れさせてくれた。
けれど、だからといって今は寂しくないと言えば嘘になる。
その時は消えてくれても時間が経つと寂しさは現れ、その時は忘れられても時間が経つと寂しさを思い出す。
やはり、今も心の奥には少しばかりの寂しさはあるのだ。
ただ、気づかないフリをして過ごしているだけで。
あの時も話していたが、何より兄姉弟妹(きょうだい)がいないリリーティアにとっては、姉妹という存在は幼い頃に持った密かな憧れ。
幼い頃の憧れは、その頃と比べれば現実に見ることはなくなったとしても、憧れとしての思いはその心にいつまでもあるもの。
だから、今まで家族と過ごす時間がほとんどなかった彼女は、キャナリのその言葉は家族と会えない寂しさを和らげてくれていた。
その時、視線に気づいたキャナリがリリーティアを見て、どうしたのかと尋ねるように優しげに微笑みかける。
瞬間、彼女はどこか後ろめたさを感じてしまい、とっさに顔を逸らして目を伏せた。
キャナリはきょとんとすると、様子がおかしい彼女に声をかけようと思った、その時だった。
「あ、キャナリお姉ちゃんたちだぁ!」
幼い子どもの声が聞こえた。
見ると、幼い男の子が大きく手を振っている。
男の子がいる周辺はたくさんの家屋が連なり、すべてが粗末な作りで簡素なものばかり。
しかも、結界の中ではあるが城壁に口を開く都の門もまだ先にある。
それを見てわかるように、ここは下町の一角であった。
キャナリが下町の男の子に手を振り返すと、男の子は踵を返して周りの家々に向かってキャナリたちが来たことを大声で知らせ始めた。
すぐに一人の隊員が荷馬車を引く馬から降りて、ラッパを手にひとつ吹き鳴らした。
ラッパの高い音が辺り一面を覆うように響き渡る。
その音が響き終わるや否や下町の住人たちが大勢とこちらへと集まり、あっという間に魔物を積んでいる馬車に人だかりができた。
「今日はなんと数が多い。さすがだなぁ、騎士様方」
「わぁー、おっきい!」
「いつもいつもすまないねぇ」
下町の住民が口々に感嘆の声を漏らし、子どもたちは目を輝かせ飛び跳ねている。
リリーティアはその人だかりから少し離れて、下町の人たちの様子を眺めていた。
彼らの一人一人の顔を見詰めていく。
「(みんな、今日も嬉しそう)」
夕陽がさして、橙色に染まった下町のたくさんの笑顔。
その笑顔は太陽のように光輝いて見えた。
皆の喜んでいる声、喜んでいる笑顔の中に、下町の人たちと楽しげに話す騎士たちの笑顔もある。
キャナリ小隊たちは、よくこうやって倒した魔物を下町の住民に届けていた。
店で食糧を買う余裕もなく、貧しい暮らしをしている下町の住民たち。
彼らはろくに武器もないのに、食糧を得るため、危険な結界の外にまで出て魔物たちの狩りをすることもあった。
命を危険をおかさなければ食糧を手に入れることができないほど、彼らは苦境な中で生活している。
だから時々、キャナリ小隊たちはこうして仕留めた魔物を彼らに持ってきているのだ。
魔物とは言っても、それは檻の外にいるだけの話で、要するに家畜と同じ動物である。
一般的な牛や豚、鳥などの肉の他に、変わった味の肉があったり、中にはひどく美味な肉もある。
そういったものは、人間たちが魔物と呼んでいる動物からとられた肉であり、魔物の肉はどこにでも流通している食べ物なのだ。
それに下町の住民たちは食糧だけに留まらず、魔物の毛皮や骨までも自分たちの生活に利用している。
だからこそ、下町の人たちにとってキャナリ小隊たちの善意はとても有り難いことだった。
世間の傾向としては、騎士団と市民というのはどこか壁があり、下町の住民ともなれば尚更その壁が厚く、高かった。
けれど、キャナリ小隊だけはそのような壁は一切なく、下町の人たちとは互いに身近な存在であった。
それもまさに、リリーティアの思い描く理想の姿がそこに広がっていた。
「「「キャナリお姉ちゃ~ん」」」
「あら、みんな元気いっぱいね」
幼い子どもたちが、はしゃぎながらキャナリの周りに集まってきた。
「私もお姉ちゃんみたいにきしになりたいなぁ」
「きしになるのはボクだよ!」
「ねぇねぇお姉ちゃん、あそぼーよー」
キャナリを手を引っ張りながら、それぞれに言い合う子どもたち。
下町の子どもたちにとってキャナリ小隊は憧れの騎士団で、彼女は子どもたちからとても慕われていた。
元気一杯な子どもたちに困ったように笑いながら、彼女は楽しげに話している。
「(キャナリお姉ちゃん、か・・・)」
リリーティアはその光景を目を細めて見詰めていた。
その表情はどこか寂しげにも見える。
「(ん・・・?)」
その様子に気付いたのは、馬車から獲物を運び降ろしていたダミュロンだった。
リリーティアの表情に少し引っかかりを覚えたが、獲物たちを下町の人たちに渡し終わった後、もう一度彼女のほうを窺って見た時には、下町の人たちと楽しげに談笑にしていたので、彼はそれ以上気に留めることはしなかった。
日は落ち、辺りは急速に暗くなりつつあった。
下町の住民は魔導器(ブラスティア)ではない灯りに火を点(とも)して回っている。
そうしてすべての獲物を渡し終え、キャナリ小隊と下町の人たちはちらほらと散開していくが、
まだそこにはそれぞれ互いに他愛ない話を交わす者たちが多く、しばらくは人々の楽しげな笑い声が響いていた。