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思い切り男性の手を振り払い、ホテルを飛び出して街へと向かう。男の人が相手ということもあり渾身の力を込めたが、案外あっけなくその手は外れたのだった。
街灯がぽつぽつとついているとはいえ、辺りは仄暗くておどろおどろしい。夜の街は昼間とはまた違う雰囲気を醸し出していた。もうどれだけ走ったなんてわからない。ただ、痛み出す足と上がる息から、だいぶ自分が無理をしていることはわかった。
後ろを確認すると、人影は一つもない。この時間になると流石に人もいないようだ。それが有難いことなのかはわからないが、私は安心していた。
スピードを緩めて息を整える。足もぴりぴりしていて、これ以上休憩なしで走れる気はしなかった。中心街から少し離れたところくらいだろうか、ここまで来ればさすがに見失っているだろう。先ほどまでの恐怖は風に流され、どこかへいってしまったかのように感じた。
それでも油断はできない。もう少し離れてからホテルに戻ろう。そうすれば巻くことはできる気がする。そう考えた時だった。
ピキリ、という音が聞こえたと同時に私の体は地に倒れた。何が起こったのかわからず周りを見渡しても、あいも変わらずがらんどうな街並みが広がるだけだった。何かに突っかかってしまったのかもしれない。こんなところで立ち止まっているわけにはいかないと思い、立ち上がろうとしたが何故だか立ち上がることができない。じんわりとくるぶし辺りに痛みを感じて、視線を足首へと滑らせた。が、そこには眼を見張るような光景が広がっていた。
「なに、これ…」
私のくるぶしには氷柱のようなものかぐっさりと刺さっていた。長さ30センチ程、太さは大体男性の親指くらいに見える。それが足首を貫通しているのだ。じんじんとした痛みは足全体へと広がって、思わず顔を歪めてしまった。イタリアに氷?こんな季節にどこから…。答えを探している間にも、地獄へのカウントダウンは加速していた。
こつり、こつりと音がする。ああ、これはきっとあの男の人たちの足音だ。私から見えないように路地裏から追っていたのか。その路地裏から現れた姿はまさしくホテルで会ったあの男の人たちだった。返り血のついた服を翻しながら、特徴的な髪型の男の人が私の近くに足を運ぶ。顔を上げると、男の人は大きくため息をついた。
「お前が俺たちから逃げられたことなんてあったか?もう鬼ごっこは終わりにしようぜ」
なにを知ったような口を…!一瞬頭に血が上ったが、白い服についた返り血を見てホテルでの光景がフラッシュバックする。
嫌だ、怖い、早く、この氷をどうにかしなければ。足を何度も引っ張ってみせるが、どうにかなる気配はまるでない。足を犠牲にすることもやろうと思えばできるかもしれないが、どんな痛みが伴うかわからないし、できたとしても逃げられる保証はない。成す術なしだ。
ああ、こうなったらどうすればいいんだ。もう神様に祈るしかないのか。もうどうしようもなくなったとき、人は祈ることしかできなくなると身を以て知った。
「ああ、無理しない方がいいよ。抜いたところでまた氷漬けにされるだけだし、痛い目には遭いたくないだろう?」
目にマスクをしていた男の人が、私に柔らかな口調で諭す。ふと、先程のホテルマンのことを思い出す。…彼もこうして殺されたのであろうか。そう考えたら体はぴたりと動かなくなった。ああ、この根性なし。脳は動けと命令していたが、体はまるで別物になったかのように言うことを聞かなかった。
「捕まえた」
この一声が終了の合図だった。せっかく彼が忠告してくれたのに、抵抗のひとつもできなかった。
それにあの魔法みたいなものは何だ?突然氷が出てきて私の足を刺すなんて、普通の人間は出来やしない。なのに、それなのにどうして。考えれば考えるほど頭の中はぐしゃぐしゃになって、もう自分は終わりだということだけしか冷静に考えられなかった。
目にマスクをしていた男の人が嬉しそうに私を抱き寄せた。彼にとっては優しく抱き寄せたのかもしれないが、まるで縄にかけられたように体が動かない。もう逃がさない、とでも言われているかのように、私を絞め殺さない絶妙な力で拘束しているのだと気づいた。
抱擁は、ゆりかごの中にいるときと同じくらいの安心を得られると聞いたことがある。しかし私には彼の腕が牢屋の檻のように思えてしまって、安心など得られるはずがなかった。
母さん、ごめんなさい。私は悪い子です。そんな思いも届けられぬまま、私の体は彼に軽々と掬い上げられてしまった。ずぶり、と氷柱から足首が抜けて、あまりの痛さに悲鳴をあげた。するとマスクをしていた男の人は顔を紅潮させながら、「ディ・モールトいいね、その表情」と私の足を撫で上げた。抵抗なんてできなかった。
とにかく恐ろしくて、逃げたくて、母さんに会いたかった。これが悪夢ならば、また優しく起こしてくれないだろうか。夜空に浮かんだ月だけが、その夜の出来事を知っているように思えた。
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