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今晩は風が強くなるらしい。昼間とは打って変わり、ひんやりと冷たい風がホテルの窓にぶつかっている。日本だとこの時間帯はまだムシムシとしていて窓を開けるなんてとんでもない話だが、どうやらこの国はそうではないらしい。腰をおろしていたベッドから手を伸ばして窓を開けると、涼しい風が私の体をなぞるように入ってきた。空にはぽっかりと月が浮かんでいて、煌々と私を照らしてくれているかのようだった。
あの後私はどうやってホテルまで帰ったのだろう。気づけば母の待つホテルにいたが、正直記憶がなかった。
ぼんやりと昼間の出来事を思い出していく。憧れていた街を歩くことが出来たのだ、喜ぶべきことだ。しかし、何を思い出してもミスタさんとの会話が打ち消してしまう。
『絶対に逃げろ』。その言葉が私の鈍い頭を打ち鳴らしている。逃げろと言われてもこの国に私の逃げ場なんてない。土地勘のない私がたとえ逃げ惑ったっとしても、おそらくあっという間に捕まってしまうだろう。写真でしか知らない人達だ、どんなに運動ができるかなんてわからないし、相手は全員男の人だった。力ではどうすることも出来ない。
…私の知らないところで何が起こっているのだろう。人に迷惑をかけてきたつもりは無いし、害を及ぼしたことも記憶に無い。だが話によれば、彼らはどうやら私を探しているらしいし、私と認識があるかのような言い方だった。ミスタさんから頂いた彼らの写真をもう一度見返してみる。何度見つめても考えても、記憶の中からヒントは出てきやしなかった。
「…駄目だ、これ以上考えても仕方がない」
上体を後ろに倒すと、ばふりとベッドが軋んだ。いくら考えても答えは出ないのだ、写真の人たちを見たら逃げることだけ覚えていよう。せっかくミスタさんが忠告してくれたのだ、そのことだけでも頭に入れておくべきだ。
なんだか頭を働かせたら脳が疲れてきた。思えばどれだけの時間こうしていたのだろう、体もなんだかだるかった。気分転換にもいいだろうし、少し夜風にあたってこよう。昔から気分を変えるにはこれが一番だと知っている。
気づいたら母は隣のベッドで寝てしまっていた。それもそのはず、一日中仕事でバタバタしていて疲れてしまったのだろう。時差のこともあるしさっさと支度を終えて身を休めたいはずだ。
(…ちょっとだけなら大丈夫だよね)
さすがにホテルから出ていくのは危険だろう。治安がいい地域に建っている建物とはいえ、何が起こるかわからない。それに、あまり出歩かないように母に忠告されている。その約束は守りたいし、我が身可愛さも勿論ある。だけどこのままの状態で寝られる気がしなかった。
少しだけ、ほんの少しだけ出たら戻ってくる。
しかし、のちにこの判断が人生における一番の失敗だったと気づかされることになるなんて、このときの私はまだ知らなかった。
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