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初めて訪れたイタリアという国は、一言で表すならこうだ。
「宝箱みたいだ…!」
初めて訪れた街はミラノという場所だったけれど、街も全て芸術品のようだし、食べ物だって日本とは違う。ドルチェはぴかぴかの宝石みたいで、地元の人だって魅力的だった。男の人に口説かれたときはちょっと恥ずかしくなってしまったし、会話もまだまだ技術力に欠けるけれど、全てが全て私にとって新鮮で、息を吸うだけでも幸せだ。本当に来られてよかった、これも母さんのおかげだ。
人と話すことも街を回ることもクリアしたし、有名な観光名所もちらっとだけ見ることが出来た。気になっていたスカラ座には行けなかったから、今日は大人しくホテルに帰ろうかな。明日にでも寄ろう。明日母さんはオフだったかな。今日は迷惑をかけてしまったし、母にドルチェでも買っていったら喜ぶかも。感謝の気持ちを伝える意味でもきっと有効だ。
決まったら即行動しよう。確か大通りに戻ればたくさんお店があったはず。そう考えて踵を返した瞬間だった。
がしり。効果音で表すならこうだ。誰かの手が私の手首を掴んでいる。誰かに何かをしてしまった訳でもないし、この街に知り合いがいる可能性なんてほとんどない。限りなくゼロに近いはずだ。それに、感触からして母ではない。きっと男の人の手だ。自分で言っていて気恥ずかしいけれど、さっき私を口説いてきてくれた男性という可能性だって無きにしも非ずだが、先程円満にお別れをしたからこんなことしそうもない。そうであったなら恐ろしいけど。
それよりも、手首を拘束されては動けない。少し恐ろしさは覚えたが、知らない人について行ってはいけないと母に言われているんだ。離してほしいという意思は伝えよう。
勢いよく振り返ると、少し風変わりな格好をしたお兄さんが私を見つめていた。男らしさを感じる美しい顔に均整のとれた体格を持っていて、背もぐんと高い。世間一般的に言うイケメンだ。ただ、風変わりなのはその服装で、上は網模様の丈の短い服、下には動物柄のような縞のズボンを身につけていて、頭には網模様と丸い模様の不思議な形をした帽子を被っている。…もしかして最先端なのだろうか。私がついていけていないだけかもしれないが、正直に言ってしまえば変わっている、かも。
お兄さんは先程からずっと私のことを見つめている。黒い眼は何かを探っているかのようで、視線は私の頭先からつま先までをなぞるように動いている。
「あの…離してほしい、です」
控えめにそう伝えると、なんだかお兄さんの様子がおかしいことに気づいた。額には汗をかいていて、瞳は少しばかり揺らめいた。顔色もあまり優れないし、明らかに動揺しているみたいだ。
もしかして、人違いかな。私も何度もしたことがあるけど、何度経験しても恥ずかしいものだ。後ろ姿が似ていたのかもしれない、仕方のないことだ。
「あの、大丈夫ですか?もしかして人違いとか」
そうやって聞くと、お兄さんはさらに驚いた様子で、
「おい、まさか憶えてねえのか」
と問い詰めるように私に言った。
…憶えて、ない?
どういうことだ?だって、お兄さんと私は他人だし、今日初めてあったはず。
どこかで会ったことがあるのかもしれない。でも、そもそも外国人に知り合いなんていないし、どこで…
そうやって記憶の隅から隅までお兄さんの面影を探していると、お兄さんは私の手首を引っ張った。駄目だ、男の人の力には勝てない。抵抗する間もなく路地裏へと連れられる。
「少し話そう。すぐに済むから絶対に俺から離れるなよ、なまえ」
それになんで私の名前を知っているんだろう。がたがたと体が震えたが、抵抗なんてできるわけがない。抵抗したって勝てる気がしない、こんな体格のいい男の人に。
母さんごめんなさい。街に出て数時間、さっそく約束を破ってしまいました。なんて、届いていないと思うけれど。私は自分の身の安全を祈るようにして、路地裏へと体を滑らせた。