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「…触るぞ」
考えがぐるぐると巡っている私に気づいたかのようだった。
ギアッチョさんは、一声かけてから恐る恐る私を抱き寄せたのだ。胸元に私の顔を引き寄せて、頭に大きな手を添えて。それこそ、リゾットさんみたいに大きくはないものの、少しかさついていて骨ばった男性の手だった。落ち着かせてくれるかのように、やわやわとぎこちない動作で頭を撫でてくれている。後頭部の形をゆっくりと確かめるような、そんな不器用な優しさがまた私の心をぷすりと刺した。
なぜだかはわからない。わからないけど、涙が弧を張って、ぽろりと頬を伝った。いけない、またギアッチョさんを困らせてしまう。ついこの前の、わたわたと慌てた様子のギアッチョさんが脳裏によぎった。メローネさんと言っていたかな、彼も相当慌てていたっけ。何度手の甲で擦るように拭っても、とめどなく雫が溢れ出てくる。
あれ、私どうしちゃったんだ。起きてからずっと泣いてばっかりで、早く止まって欲しいのに、どうして。
どうしても気まずくて俯いていたが、突然ふわりと私の目から流れている水滴が攫われた。何度溢れても、何度も優しく拭い取って、頬をするりと撫でて、また拭って。
それがギアッチョさんの指だと気づくのに、時間は要らなかった。
「もう変に気ィ遣うのやめろ。色々耐えてンのは見たらわかンだよ。…笑えってわけじゃあねえ、こういうときくらい好きに言やァいいし泣けばいいだろォが」
『でも、』
あのとき気を遣ってやってるって言ったの、あなたじゃないですか。そんなこと言われたら、こっちだって気を遣うのに。
そう言い返したかったが、喉がつかえて出てこなかった。代わりに呻くような、単語にもならない声がずっと喉の隙間から漏れ出していた。そんな様子でも、ギアッチョさんは何も言わずに、ずっと私の涙を拭い続けて、頭をゆるりと撫でてくれていた。
彼らは私じゃない“誰か”だと思って私に接しているのだろう。私もその“誰か”の立場を利用して、こうやって甘えて、心にあるもやを晴らそうとしている。なんだか情けない気持ちになってしまった。
それほど、ギアッチョさんの行動が、言葉が、今の私には嬉しくて、くすぐったいような恥ずかしい気持ちにもなった。
まだまだ母と別れた悲しさだってある。なんで私がこんな目に遭わないといけないんだ、という憤りだってある。それでも、今の私には、私のそばにいてくれる誰かが必要だった。
それが私を一度傷つけた人だったとしても、それでも隣にいてくれた。それだけで、なぜだか心の棘が少しずつ、溶けて無くなっていくような気持ちになった。
ギアッチョさんはしばらくそうしていると、私を優しく引き剥がして、視線を少しずつ下ろしていった。足にはまだ彼がつけた傷がある。あの魔法がなんだったのかまだ分かっていないが、ぼんやり聞いていた話の中にそんな経緯説明があった気がする。
その傷をぼうっと私が眺めていると、ギアッチョさんは少し気まずそうな顔をして、
「…悪かった、手荒な真似しちまって」
ぼそりと謝った。その仕草が、悪さをして反省している子供のようで、少し可愛く見えてしまった。
私は少しばかりの勇気を出して、また彼の胸元にそっと体を寄せた。
いいよ、これから気をつけてね。そんな思いを込めて、体を少しだけギアッチョさんの胴体に預けた。
今はまだ、少しだけこうしていたいと思った。なぜだかわからない、そんなことだらけだけど、この人は私をもう傷つけないだろうとわかるのだ。
びく、と怯えたように体が揺れていたけど、彼もまた、そっと私を包んでくれた。背中に回された腕が、手が、またぎこちなく私の背骨を撫でた。
あんなに私に大きな声を浴びせて、挙句足に氷を刺してきたような人が、こんなに気遣ってくれるなんて。
なんだかそれがおかしくて、ふっと笑いが込み上げてきた。
んだよ、とギアッチョさんはふてくされたように文句を言っていたが、しばらくそうして私の背をゆるゆると撫でてくれていた。とくとくとギアッチョさんの心音が体に響いて、心がいつの間にか落ち着いているのを感じた。