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部屋の中は異様な空気で満たされていた。それもそうだ。昨日チームの仲間であろうギアッチョさんたちが連れてきた女と突然面会させられるんだから。各々やりたいこともあったろうに、と同情してしまった。
思っていた通り、写真に写っていた男の人達が、大きな卓を囲んで革のソファに座っている。全部で8人、写真よりも1人少ない気がした。それにしても個性が強そうな面々だ。なんで私はこんな目にあっているのだろう、と改めて思い返した。
中には久しぶりだ、なんて声をかけてくる人もいれば、全く目も合わせない人もいる。余計に自分がなんであるのかわからなくなってきた。日本で生まれて、日本で育った内向的な人間が、こんなに派手な面子と知り合っているわけなどないのだ。
この中で知っている人といえばメローネさんとプロシュートさん、ギアッチョさんも知っている。早速どうしていいか分からなくて、扉の前でおどおどしていると、俗に言う誕生日席(どちらかと言えば社長席かな)に腰を下ろした男の人が、
「ここに来い」
と自分の隣を指さしていた。知らない人…だと…。全身真っ黒な衣装に身を包んでいて、その体躯は私の倍は大きく見える。黒目の多い鋭い目もそうだが、声も低くて威圧的だと思った。正直人見知りも相まって嫌だったが、プロシュートさんが座るよう顎で指図していた。こんな大きな人の隣に座れということか。とりあえず足音を立てないようにそろりそろりと歩き、腰を落ち着けた。彼は私の顔を見て、なんとも言えない不思議な表情をした。悲しそうで、でもどこか期待しているみたいな。どんな言葉にも形容できない複雑な人間の情だった。
ふと目を逸らしてしまう。反対側には2人の男の人が座っていたが、私の方を一瞥すると、金髪の方がくすりと笑って先に目を逸らしてしまった。どうしてか馬鹿にされたみたいだ。
……どうしよう、肩身が狭い。居心地の悪い顔をして肩を竦めていると、メローネさんが私の前に紅茶を出してくれた。陶磁器で出来たシンプルなカップだったが、無骨な男の人ばかりがいるこの家にはあまりに不釣り合いで、少し滑稽だった。
まずは一口飲んでみる。茶渋がついたカップを傾けると、少し冷ましてある液体が口内に滑り込んできた。少し茶葉が出過ぎているような気もするが、甘すぎるものが苦手な私にとってはちょうどよかった。紅茶の水面に不安げな私の顔が写り込んでいて、また憂鬱になった。この不可思議な日常に慣れが生じてきているのも正直不快だ。
ふう、と一息つくと、メローネさんがこちらを覗き込んで口角を持ち上げていた。やっぱりこの人はどこか憎めないし、正直安心してしまった。
「イルーゾォは来ないと言っていた。早速だが話を始めるぞ」
私の隣に座っていた大きな男の人が声を張り上げた。びっくりした、全く喋らない人かと思っていた。もしかして、この仲間たちのリーダー格なのだろうか。もしかしなくともそうだろう。
「朝方ギアッチョが話したように、なまえには記憶が無い。」
そう続けると、全員の顔がさっと曇った。機嫌が悪そうな、また悲しそうな、なんとも言えない顔だ。
記憶が無い…?事故にすらあったことがないのに、記憶を無くすことなんてあるだろうか。言っていることがよくわからなくてギアッチョさんの方を見ると、きまりが悪そうな顔をした彼に顔を逸らされてしまった。勿論舌打ち付きで。
ギアッチョさんはここに私を連れてきた時、私のことを怪我させた女とだけ話していたはずだ。それなのになぜこんな話にまでなっているのだろう。それは途中で別れてしまい、ギアッチョさんを見ていない私にはわからなかった。
私が神妙な顔をしていたのが伝わったのであろうか、2人組の黒髪の男の人が、
「ああ、そうか。まだ何も知らないんだな」
と私の肩をさすってくれた。知らないも何も、まず理解が出来ていないのだ。ここに来てから、いや、この国に来てからずっと。また私は変な顔をしていたみたいで、金髪の男の人がさっきと同じように、くすりと小馬鹿にしたように笑っていた。彼らがあまりにも距離が近く関係が親密そうで、2人は付き合っているのだろうか、そんな関係の割に2人は似てないんだな、なんて余計なことを考えていた。
「ああ、俺たちと違ってどうやらなまえにだけ前世の記憶がないらしい」
…前世?
普通の記憶喪失ではなくて?気づけば口からぽろり、単語が飛び出た。聞き覚えのない言葉だ。そもそもそんなフィクションで聞くような言葉を真面目な顔で使われると思っていなかった。前世なんて、そんなおとぎ話のようなことがあるだろうか。それよりも、この人たちは本当に大丈夫なのだろうか?そちらをまず疑ってしまう。
前世。
もしも私にあったとしたら何だったのだろうかと考えたことはある。昔はお姫様だったのよ、なんて子供同士で話していた記憶がある。苦くて、それでもどこまでも綺麗な思い出だ。
でも、そんなことだってどこまでいこうがタラレバの話だ。あるはずがないのだ、フィクション以外では。
なのに、それなのに、全ての点が線になったような気がした。だから彼らは私のことを知っていたのか、だから私は知らなくて、でもどうして、そんなことがあり得るなんて到底思えない。
私の座っている場所だけがぐにゃりと歪んでいるかのような感覚がする。胃液が食道をのぼってくるような感覚がして、反射的に手のひらで口周りを覆った。そうでもしないと迷惑をかけると思ったし、とにかく弱みを見せるのが嫌だった。
するとどうだろうか、ぽふりと頭に何かが乗った。温かくて大きい何か。リーダーさんの手だとわかったのは、偶然視界に真っ黒な洋服が映り込んだからだろう。
それに、この手には覚えがあった。…この家に来た時見た手はあなたの手だったのか。こんなに無愛想で怖そうなのに、手には人並みの優しさが詰まっているなんて、なんだか不思議だ。何故だか嫌な心地がしなくて、気づけば私はその手を受け入れることにしたのだ。
「俺たちが約束を守れば良いだけだ。なまえが何を言おうが、気にすることはない。俺たちは、またあの生活を取り戻したんだからな。…とりあえず簡単な話はこれで終わりで良いだろう。また順を追って話すとして、今日はもう部屋に戻ってくれ」
リーダーさんは全員にそう告げた。正直何を言っているかなんて私には1割も理解が出来なかったが、ほとんどの面々は先程よりもすっきりとした面持ちで部屋を出ていった。私はあまりに突飛な話だったためか、その場から岩のように動けずにいた。頭と体が別物になったようだった。
彼らは昔を知っている。その時点でも少しおかしな話だ。フィクションで見られても現実ではありえない話だと思っていた。ありえてしまったのだ、この世界でも。その時代に彼らと私の人生は交わっていたなんてこともまるで信じられなかった。
「行くな、お前は一度俺の部屋に来い」
ぼんやりする頭でとりあえず外に出ることを考えた。とにかく気持ちをリセットしなければ。
重い腰を浮かせると、リーダーさんはまた自分の隣を指差すような動作をした。そして私をじっと見つめて、そこに視線を逸らす意思はないように見えた。
真っ黒な目におかしな月に似た赤色が浮かんでいる。
この人、1番苦手なタイプだ。何を考えているかわからなくて、温度がない。さっきはあれほど私を見て驚いたような、喜んでいるような動作をしていたのに、今では何もなかったかのように落ち着いた様子を見せていた。それが逆に私を居心地悪くさせた。
しぶしぶリーダーが腰掛けたソファーの斜め前の椅子に座ると、リーダーさんは私の左手をゆっくりとすくい上げた。実際に見えるところで触られてみると本当に大きな手だ。他の人の手も女である私と違って大きかったけど、この人の手は比較するまでもなく大きく分厚い。少し力を入れれば、首なんて簡単にへし折られてしまいそうなくらいの力がありそうだ。少し身震いしてしまった。
リーダーさんは私の手を包み、何度か親指で撫でるような動作を取った。悔しいが、優しい手だと思った。不安を拭い取ってくれるような、そんな手。顔に表情はないし視線から温度は感じないけれど、そこまで悪い人なんじゃあないか。そう信じたくなるほど私は追い詰められているのかもしれない。
先入観さえなければ本当に整った顔だと思う。プロシュートさんとはまた違うタイプのイケメンだ。陶器みたいに白い肌、すっと高い鼻も、切れ長な目も、全てが完璧だと思った。ピエロみたいな格好も普通の人であれば変なはずなのに、この人だと何故だかしっくりきてしまう。目の色だってとても不思議だけど、それも魅力の1つだと思えた。悔しいけれど。
そんなことを考えていたらリーダーさん突然ぱっと私の手を取った。
「っわ、びっくりした」
思わず大きな声を出すと、またすり、と私の手の甲を指で撫でた。心臓がびくりと跳ねて、思わずリーダーさんから距離を置こうとする。ダメだ、ここにいる人は心臓に負担をかける人ばかりだ。
リーダーさんは私を黙って引っ張り、部屋の奥へと連れ出す。随分と歩幅が大きい。身長が大きいから当たり前だとは思うが、歩くスピードも速いようだった。さっきの話も用件のみを伝える形だったし、もしかしたらせっかちな性格なのかもしれない。必至に足を動かしているうちにリーダーさんの部屋だと思われし場所の前にたどり着いた。
リーダーさんはドアノブを捻って部屋を開けると、私を中に押し込んだ。その手つきが少し荒っぽくて不安になってしまった。
部屋は電気などついている訳もなく真っ暗で、まるで彼の瞳の中に入り込んでしまったかのようだった。後ろ手でドアを閉めたのだろう、次の瞬間には視界が黒で塗りつぶされた。
すると突然、圧力が私の体にかかる。真っ暗で何も見えないが、真っ黒な何かに正面から包まれていることだけわかった。
生温かくて、重たい。その正体がリーダーさんだとわかるのに時間はいらなかった。急に心拍数が上がった気がした。
「リーダーさん……?」
名前を呼んでみても反応は返ってこない。どうしていいかわからず、ただただリーダーさんの肩口を見つめた。羞恥と少しの恐ろしさが私を支配していた。