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名前変換
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しばらくは心臓が激しく動いていて、どうにも動ける気がしなかったものだが、プロシュートさんはずっと私を宥めてくれた。さっきはあんなことをしたくせに、勝手だ。みんな勝手だった。そんなことわかってはいたが、子供な私はそれに大いに腹を立ててしまい、プロシュートさんの背を撫でる手さえ嫌悪の対象にしてしまっていた。でも、その手を跳ねのけることができない私もいて、これはきっとわがままなのだろう。
「落ち着いたか?」
ようやく心音が落ち着いてきた頃、プロシュートさんは少し心配そうに私の顔を覗き込んできた。ここにいる時点で居心地の悪さはもちろん感じてはいたが、それを口にしたらきっと恐ろしい目に遭うだろう。そんなこと自分が一番身にしみて分かっていた。1つ頷くと、プロシュートさんは安心したかのような表情を見せた。ああ、居心地が悪い。そんな顔をされては信用したくなってきてしまう。
「そんじゃァ、行こうか」
どこに?そんな言葉は出てこなかった。きっと仲間に紹介するのだろう、私の存在を。そして言うのだ、私の名前を。知らない人が、知らない声で私を呼ぶのだ。否定する間もなく、プロシュートさんは私の手をすくい上げるようにして繋いだ。
…どうしても、あの人の手を思い出してしまう。勿論私を触ってなどいないが、父の面影がどことなくあるのだ。寡黙だけれどめいいっぱい愛してくれた父を。私は、寂しかったんだな。この人たちからそんなことを教わるなんて嫌だと思ってしまうけれど、この気持ちを知ることができたのは彼らのおかげだとしか言いようがなかった。私は、寂しいんだな。
プロシュートさんの綺麗な手が、指が、私の手の甲をすりすりと撫でている。何かを察してくれているのか、それともさっきの行為の延長線上なのか、そんなのよくわからないけれど少し安心した。
「…怖いか」
何かを探るような目でプロシュートさんは私に問うた。確かにそうだ。怖くないと言ったら嘘になる。これからどうなるのかもわからずに連れてこられたのだ。不安がない訳じゃあない。今のところなんとかやれているが、意思の疎通だって今まではどうにかなったものの、まだまだ難しいことだってある。誰に会わなければならないのかわからない。でも、会わなければきっと何も始まらないのだ。始まらなければ終わりもない。
「怖いと言えば、嘘にはなりますけど…でも、話したらわかりますよね?私がここに連れてこられた理由が」
私がそう言うと、プロシュートさんはまた心配そうに私の方を見つめていた。初めに見た時とは随分と印象が変わったものだ。すぐに手を出す怖い人、というのが正直な第一印象だった。しかしながら、私を心配するその様子は、なんだか自分の母親のようで笑いそうになってしまった。こんなに男前な人なのに意外だ。
…母さんも心配してるかな。早く帰らないと、そんな思いが私を急かして、頭の中をぐるぐる回る。だんだん頭が正常に戻ってきているのだろう。思いの外私は冷静だった。
プロシュートさんは私の手を引いて、ベッドサイドから立ち上がらせてくれた。行かなければならない。でも、少し怖い。爪先だけを見つめて、プロシュートさんのあとをついていった。その間も、プロシュートさんは何度も手を握り返してくれた。手を繋いだままなのは、きっと安心させるためなのだろう。
またあの木目を見つめて、たまに風変わりなスーツを見つめて、着かなければいいのにと思いつつ真実を知りたいと思う。さっきから私は随分とあべこべな人間だ。
ああ、そんなことを考えていたら着いてしまった。ドアを目の前にしてそう思わざるを得なかった。きっと扉の向こうにはあの写真に映っていた面々が揃っている。1つ深呼吸をすると、プロシュートさんは私が落ち着くのを確認し、ドアノブに手をかけた。
「開けるぞ」
神妙な面持ちでプロシュートさんは私に告げた。同じような顔をして私も頷いた。何故だかそれだけで満たされた。
扉が開く音と共に、今までとは違う空気がふわりと廊下に流れ込んできた。なんだか重たくて、ゆらめいていて、そこだけ世界が違うように感じてしまった。やっぱり心のどこかで恐ろしいと思っているのかもしれない。
でも、知らなければならない。私のこれからのことを、この状況を。
震える手を強く握りしめて、私は一歩へと踏み出した。
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