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「え……と、ッ…プロシュートさ、」
何度も何度も唇を啄まれて、吸われて、頭がぐちゃぐちゃになる。突然の出来事に上手く対応しきれていない自分もいる。こういうことを経験したことがないのでどうすべきなのかが全く分からないでいた。
同時になんだか悲しくなってきた。私は今からきっと性欲処理に使われるんだと勘で分かったのだ。キスをするのだって初めてだし、私はそもそも人と触れ合った経験がまるでない。何人か付き合った人間はいたが、私は手を繋ぐどころかまともにおしゃべりも出来ない恋愛下手だった。それにもかかわらず、私はそれすらも大人な恋愛に入ると定義してしまう嫌な女だった。
プロシュートさんは時折吐息を漏らしながら私に口付ける。その声は強烈な色気を含んでいて、そういうことをしているのだと納得させられているような気がして、なんだかこそばゆい気持ちになってしまった。何かを探るように、慈しむように、何度も何度も私に唇を落とすのだ。耐えきれず、また隙を狙って抜け出そうと考えていたが、腰に回る腕は勿論のこと、顎を支える指すら解けそうにない。絶妙な力で私を拘束している。相当女の人とそういった場を経験してきたのだろう。余計に何故私にこんなことをしているのかわからなくなっていた。
「~~~~~~っあ、ぅ!」
あまりにも息苦しくて口を開けると、ぬるりと何かが私の口内に入ってきた。鈍感な私でも何かくらいわかる。これは間違いなくプロシュートさんの舌だ。薄くて滑らかな舌がゆっくりと私の口内に差し込まれたのだ。
息継ぎなんてしなければこんなことには…!自分の経験のなさをここまで恨んだことは無かった。あまりの恥ずかしさに耳がちぎれそうな程熱くなってしまった。
ああ駄目だ、未だに脳みそは正常に作動してくれない。全ての神経が快感で焼き切れてしまったかのように、脳は体に司令を送ってくれなくなった。抵抗する手にも力は入らないし、唇を彼から離すことすら難しくなった。
今のプロシュートさんは私の様子を楽しんでいるかのように見えた。先程まであんなに冷たかった視線が今ではこんなにも熱を帯びている。
「は、ッ……なまえ、」
そう私を呼ぶ声があんまりにも優しいもので、腰が抜けてしまいそうだった。
出ていった2人が人払いをしているのだろうか、あまりにも部屋が静かなものだから聞きたくない音まで聞こえてしまう。自分の心臓が耳元にあるかのように大きな脈音がするし、ぐちゅぐちゅと私の口内が荒らされている音まで聞こえる。どうにかなりそうだ、早く終わって欲しいと願えば願うほど、プロシュートさんは私を求めてきた。ただのその辺の女だ、あなたのような人ならもっと綺麗な女性がいるでしょう。そう思うとなぜだか胸がつきりといたんだ。
この先私は誰かの代わりにしかなれないんだ。そう思わされたようで嫌だった。
名残を惜しむように口内の硬い天井をつつ、と撫でると、そのままプロシュートさんは唇を離した。私とプロシュートさんの間にシルバーの糸が繋がっていて、やがてぷつりと重力に負けて切れた。その様子があまりに淫靡で、思わず目を逸らしてしまった。
長い口付けを終えて、プロシュートさんは頭を私の肩に置くと、
「……昔」
こんな言葉をぽつり、呟いた。私になんて向けておらず、独りごちるように、羽虫の飛翔音みたいに小さい音で。
「1日に1度、こうしてキスしたんだ。ここまでひでェもんじゃなく、たった1回。なんてことのねェ、互いが安心するための一種の精神安定剤だった。愛とか恋とか、そんな安っちいもんじゃあねえ。宿り木が欲しかったんだ。思い出してもらえねェのなら更に植え付けりゃァ良いと思ったが、こんなもンただの独りよがりだな。…何でもねェさ、忘れてくれ」
先程から誰の話をしているのだろう。こんなに美しい人なのだ、美しい恋もあれば忘れたい恋もあるのかもしれない。私似たような女の人とこうしてキスを交わして、別れを告げたのかもしれない。でも、私にはわからなかった。『昔』というキーワードが。ここにいる人達が言う『私』が誰なのか、全く分からなかったのだ。
「昔って、本当に何なんですか……?ギアッチョさんもメローネさんも、みんな、みんな私にそう言うけれど、会ったこともないのになぜそんなこと……」
息も絶え絶えにプロシュートさんに聞くと、プロシュートさんはその綺麗な柳眉を八の字にして小さく笑った。その様子があまりに悲しくて、胸がぎゅうっと苦しくなった。私は悪い事を言った訳じゃあないのに、なぜだかプロシュートさんを傷つけてしまったようだった。
「お前は知らなくても良い。まァ、初めは少し堪えたが……また一緒にいられりゃァそれでいい気がしてきた」
そう言って彼は私の頬にまた1つ口付けを落とした。泣いている子供を宥めるかのような、いやらしさなんて微塵も無いキスだった。
「きっと俺だけじゃァねえさ、こう思うのは。また作ればいい。新しいなまえとの生活を。
お前は俺たちが知ったような口をきいても何も気しなくていい、これは俺らの問題だからな」
俺らだけの、問題。
距離は近いのに、まるで突き放されたかのようだった。もう良い、と言われてしまったかのように。私はどうしていいか分からなくて、目線をうろうろさせていた。またプロシュートさんは笑って私の頬を撫でた。また子供を宥めるかのような動作だ。なぜだか泣きたくなってしまった。
「またこうしてキスしていいか?1日1回で構わない、なまえが嫌なら頻繁じゃァなくても。さっきみてェな荒っぽいことは二度としねェと約束するさ」
きっと彼は別の私を見ているのだろう。メローネさんも、ギアッチョさんも、私そっくりな誰かを、私というレンズを通して見ている。正直に言えば不快だった。
……だけど何故だろうか、私は頷いてしまうのだ。さっきの銀糸のように、誰かと繋がっていたくて、寂しくて、人に求められている確証が欲しかったから。なんて、思うのは傲慢だろう。
時刻は気づけば昼を過ぎていた。カーテンで塞がれた窓から光が入ることは無い。私の未来のようだと考えるのはイタいだろうが、それでも思わざるを得なかった。一筋だけでいい、何でもいいから希望に縋りたくて、早く私の元にその希望が現れて欲しいと思うのも、きっと傲慢なんだろう。
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