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名前変換
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息が詰まるとはまさにこの事だった。
先程の男の人は私の首を囲うようにして触れると、そのまま私の顔をじっと眺めている。今首を絞められてもおかしくない状況だ。
それになんて冷ややかな目だろうか。サファイアのような美しい目は何かを探るように視線を這わせているし、瞬きすらしていないように見える。それに怖いだけではなく恥ずかしさもあるのだ、本当にどういった状況なのだろうかこれは。
ギアッチョさんやメローネさんは私の横でこちらの様子を伺っている。彼らの背後には恐怖の色も見えるが、この男の人はそれほどにも恐ろしい人なのだろうか。もしかしたら殴られてしまうかもしれない、そう考えるとまた体が震えた。
「なまえ、」
男の人は小さく私の名前を呼ぶと、そっと私を抱き寄せた。ビシッときまったスーツからは高そうなオードトワレの匂いがする。甘くて、それでいてしつこくなく爽やかな香りだ。なぜだか安心してしまう香りだった。
この香り嗅いだことがある気がするな、よく足を運んでいたデパートに置いてあったのかも。こんなに上品で良い香りなんだから、お店の人がお店の目立つところに並べていてもおかしくないだろう。
「落ち着けプロシュート、俺らだって混乱してンだ。…まさかなまえが俺達のことを覚えてねェなんて誰も思っちゃいねェだろうからよォ」
「ギアッチョの言う通りだ。あまり手荒にはしない方がいい、拗れるだけだろう」
慌てて2人は弁解するかのような素振りを見せたが、プロシュートと呼ばれた彼にその言葉は届いていないようだった。先程から私を抱きしめていて離してくれる様子はないし、言葉に応じる気もなさそうだ。私の耳元で何度も私の名前を呼んで、私の髪を梳くようにして撫でていた。迷子の我が子を見つけた母親のようで、なぜだか私も安心してしまった。
…私が今迷子だからなのだろうか。誰にも頼れなくて、母さんもいなくて、不安だからだろう。この人は頼りになるような気がして、心を許してしまいそうだった。
「なまえ、俺の顔を見てくれるか」
そう言われて、体が開放される。改めてお顔を拝見すると、本当に綺麗な顔立ちをしている。肌にはくすみ1つ見当たらないし、金糸のようなまつ毛も女の子が羨むくらい綺麗に生え揃っている。宝石みたいな目も、潤った唇も、全てが全て彼の魅力を引き立たせていた。
メローネさんやギアッチョさんも本当に顔が整っていた。彼らは宝石の中でも原石に近い魅力があったが、反対にプロシュートさんはショーウィンドウに並べられた売り物の宝石のように磨きあげられているようだった。もしかしたらこの顔は彼の商売道具なのかもしれない。ケアが行き届いた完璧な外見であった。
「あいつらの話は聞いていたが一応聞かせてくれ。俺がわかるか」
綺麗な瞳が私を探るかのように揺れ動く。…残念ながら、生まれてこの方、こんな人に出会ったことは無い。メローネさん達に関してもそうだが、特徴があるはずなのに覚えていない方がおかしいのだ。絶対に会ったことは無いと踏んで、私は首を横に振った。
プロシュートさんは眉間に一瞬皺を寄せたが、また穏やかな顔つきに戻り、
「少し席を外してくれ」
と2人に指示した。ギアッチョさんはやたらと不安そうだったが、メローネさんは私を一瞥するとすぐに外へ出て行った。先程蹴破られたドアは完全には壊れていなかったようで、少し部品をはめ直したらまたきちんと開閉が出来るようになっていた。ドアを直しているメローネさんは少し面白くて、小さく笑った。メローネさんはそれに驚いたかのような動作をすると、私に笑いかけてくれた。だんだん恐怖は薄れてきていた。泣いている私を見てあんなに慌てていた人達だ、なんとなく根っから悪い人ではないとわかったから。
「俺たちから説明しておいた方がいいか?」
ギアッチョさんが気遣うような言葉を紡ぐと、プロシュートさんは小さく首を振った。
「いいや、あとからなまえを連れていく。そのときに説明した方があいつらもわかるだろ」
あいつらとは、おそらく仲間のことだ。写真の枚数から推測すれば9人いるはずだ。あとで会わなければいけないと考えるとまた緊張や不安が戻ってきた。何かしらの理由があってここに連れてこられたのだろうが、私にはまだわからない。殺されるかもしれないし、強姦されるのかもしれない。…母さんが私を理由にユスられたりしたら。そこまで考えは及んでいなかったが、一瞬で悪い方向へと想像は駆け巡った。
ギアッチョさんとメローネさんが完全に部屋から出ていくと、またプロシュートさんは私に向き合って、優しく頭をひとつ撫でてくれた。安心させるかのような温度に、肩の力が思わず抜けた。
「……本当に、覚えていないらしいな」
その言葉ではっと意識を覚醒させた。急に雲行きが怪しくなった気がしたからだった。気づけばプロシュートさんの顔から優しさや温度が消えていたのだ。部屋に入ってきたときのように、冷たい目をして私の後頭部に手を回した。
ころされる、そう思った。自分の手で始末したいから、邪魔をされたくないから、だからギアッチョさんやメローネさんを部屋から出したのだ。きっと彼らが私を探していたのはプロシュートさんが私を殺したいからだったのだろう。全てに納得がいって、遅れて震えがやってきた。彼らが私に多少憐憫の情を向けていたのが気に食わなかったのだろうか、わからないがその目には苛立ちや憤りが込められているように見えたから。
心臓がちぎれそうな程脈を打つ。体が私に注意勧告しているかのようだ。死にたくない、こんなことならついてこなければよかったとまで思う。まだやりたいことだってたくさんあるのに、
どうして私なんだ、みんなおかしい、どうして今こんなことに、
「手荒な真似をして悪いが、嫌でも思い出してもらわなきゃ俺も困る」
腰に腕が回って引き寄せられる。
唇にむにり、温かい何かが触れた。触れたかと思えば、すぐまた温度は離れていった。プロシュートさんの鼻先は私の鼻先に触れていて、あまりの距離の近さに私の心臓はまた違った意味で鼓動を速めていた。
「……え?」
もしかしなくてもそうだ。私はプロシュートさんにキスされたんだ。恋人同士でよくあるあのキスだ。会ったばかりの私にプロシュートさんは口付けてきたのだ。
「……思い出したか?」
プロシュートさんは私にそっと聞いた。期待を込めたような調子でそっと呟いたのだ。
何を?そんな言葉を投げかけると、またプロシュートさんは温度のこもっていない瞳をこちらに向けて、顔を近づけてきた。
嫌だ、怖い。体を離そうとして胸を強く押しても距離は変わらない。シャツの隙間から見える見事な筋肉を見れば諦めはつくものだが、私は正直冷静ではなかった。逃げようと何度ももがいたがプロシュートさんは容易くまた私の唇を奪った。
血がマグマみたいに沸騰して、ぶくぶくと私の心臓を溶かしているように感じた。どうやら祈ることしか出来ないらしい。この行為が早く終わるようにと祈りながら、私は震える唇で彼を受け止めることで精一杯になってしまった。
この理不尽な行為を受け入れるなど間違いだと知っていた。どうやら脳みそまで溶けてなくなってしまったらしく、それしか私には出来ることはないと感じてしまったのだ。
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