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気まずい。今の状況はその一言に尽きた。
あのあと彼らによって車へと運ばれた私は、肩身の狭い思いで後部座席に座っていた。
時刻は夜明けに迫っていて、今はどこか知らない山道を縫うようにして進んでいる。あたりは街灯1つなく、一面黒で塗りつぶされたかのように真っ暗で、まるで車はどこかに吸い込まれているみたいだなんて思った。『知らない人たちと知らない場所に向かっている』。その事実が私の不安を余計に煽っていた。
肩身が狭いというのは、赤い眼鏡をかけた男の人は先程から何かぶつぶつと呟きながら運転をしているし、目にマスクをつけた男の人は私の隣に尻を落ち着けてこちらをずっと見つめているからだ。1秒たりとも目を離す隙はないように見える。言えるわけがないが、あたり見つめられても恥ずかしいからそろそろやめてほしい。それと、恥ずかしいからさりげなく肩に腕を回すのもやめてほしい。
…あんなに忠告されていたのに逃げ切ることが出来なかった。母の約束も守れなかった。私は親不孝者だ。母にとってたった1人の家族だった私がいなくなるなんて、悲しむに決まってる。自分を責めるに決まってる。心の中で何度も謝罪の言葉を唱えたって、自責の念は消えるどころか募るばかりだった。
「それにしても久しいな。なまえもまた生まれ落ちていたとは知らなかったよ、相変わらず可愛らしいな」
鬱々とした気持ちで母への弁解を考えていると、隣からマスクをつけた男の人がひょこりと覗き込んできた。眼鏡をかけた男の人よりかは幾分人当たりがよく、接しやすい雰囲気を持っているなと思った。悪いことなど1つもしなさそうな爽やかな笑顔でこちらを見ていて、そのギャップにまた一種の恐ろしさを感じた。
それに私には彼の言っていることがわからなかった。だって、
「相変わらず、って…私たちはさっき初めて会ったばかりじゃあないですか」
そうなのだ。私は彼らと一度も会ったことがない。ミスタさんからもらった写真を見ても、記憶を隅々まで探ってみても、彼らとの思い出など微塵もなかった。正真正銘初対面というやつだ。
しかし、私はどうやら言葉の選び方を間違ったらしい。運転席からは私の返答が気に入らなかった様子で「あ?」と声がしたし、マスクをつけた男の人も鳩が豆鉄砲を食ったかのような顔をしている。イタリア語は奥が深い、伝え方を間違えてしまったみたいだ。もう一度丁寧に発語しようとすると、マスクの男の人は私の肩を両手で捕まえると、少し焦っているかのような表情を浮かべて言った。
「オイオイ…冗談はよしてくれよ。そうだな、お前は昔からブラックジョークが好きだったもんな。よく俺やペッシに冗談を言っては笑ってたじゃあないか。」
「…そのペッシさんが誰のことだかわかりませんが、昔から私は冗談が嫌いです。嘘をつくことも好きじゃあないです、人を悲しませることはしないと母親に言われていたので」
そう告げると、マスクの男の人の口角がぴき、と引きつった。マスクで囲われた瞳には明らかに何かを疑う色が見えていた。それに不満や悲しみ、私が理解できないような感情が渦巻いているかのように思えた。
「なまえ、さっきから何を言ってるんだ?まさか事故かなんかで記憶喪失にでもなってるのか?そうでもしないとおかしいだろ、なんでなまえだけ」
肩にある手がだんだん力を帯びていく。私の肩に指先がめり込んで、ギチギチと私の骨に苦痛を強いた。さっきからこの人は何を言ってるんだ、人違いではないのか?しかし、この人たちの反応を見る限り、私を知っているかのようだった。
「健康でしたし、外に出ることも多くない子でしたから事故に遭ったことなんてありませんよ。…本当に大丈夫ですか?」
そうマスクの男の人に尋ねると、彼は虚ろな目をして右手を私の頬へと伸ばした。するりと手が頬をなぞる感覚が脳に届く。乾燥しているようでかさかさとした感触がしたが、温かくて嫌いになれない手だった。それに加えて、あまりにその手が愛おしさに溢れているものだから、邪険することなど出来なかった。
「…前々からそうしてくれていれば、俺も今こうして取り戻そうとしなくて済むのにな」
彼は小さな声で何かを呟いていたが、車と外気によって生まれた音が彼の声を連れ去ってしまった。寂しそうな顔をしていることから、きっと私のことについて何か言っていたのだろう。都合が悪いことは聞き流した方がいいと知っているので、黙って彼の手を受け入れていた。
「メローネェ…もういいだろ、知らねェっつってるんだからこれ以上聞く必要もねェよ」
「まあ、そうだな。ギアッチョの言う通り、のちのちその話は嫌でもされるだろうから俺から言うことは何もない。だが、」
メガネの男の人が静止の声をあげると、マスクの男の人もといメローネさんは頬を撫でていた手を止めた。眼鏡の男の人、ギアッチョさんはため息を1つつくと、またハンドルをきってずんずんどこかへと車を進めた。
ギアッチョさんとの会話を切り上げると、メローネさんは左手で私の太ももを撫で上げながら私に告げた。先程からそうだがあまりにも距離が近すぎやしないだろうか、やっぱり信用できない人だ。
「さっきギアッチョのせいで、足を怪我していただろう?」
ギクリとして彼を見ると、またにこりと微笑まれる。この顔を見ていると調子が狂いそうになる。敵なのか敵ではないのか、どちらなのかが分からなくなるほど彼の微笑む顔には邪気がないのだ。人攫いをしている時点でまともな人ではないのだろうけど。
メローネさんは私の足を持ち上げると、自らの顔に近づけていく。嫌な予感がして足を引くと、それをもろともせずメローネさんは私の傷口にちろりと舌を這わせた。自分の皮膚が濡れた感触に驚いていると、メローネさんは反撃しない私に安堵したかのような顔をして、ねっとりと私の血を舐め取り始めた。
「えっ、ちょっと…!」
メローネさんはその赤い舌でどんどん私の血を舐めとっていく。足を持ち上げられているから余計に恥ずかしい。夏だからといって調子に乗ってワンピースなんて着るんじゃなかった。この人、本当にやばい人だ…!
「うぁ…ッ!」
そうしている間にもメローネさんの舌はするする足を伝っていく。背骨にゾクゾクと悪寒が走り、喉が引きつっているのがわかる。まともな悲鳴が出ない。…もしかしてこれ、止めない限りエスカレートしていくやつじゃ…でも知らない人をいきなり殴ったりしたら失礼すぎるよね。それに殴って止めたところで返り討ちにされるのは見えているし、そもそも人を殴ったことなんて1度もない。どうすればこの状況から打開できるんだろう。
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