様子のおかしい叔父さんのゴルーグと実はいた(義)妹
【実はいたんです妹が】
ある晴れた日、庭でゴルーグやアーマルドを洗う(多分濡れたから脱いだんだと思われる)半裸のシュウの背中を横目で見ながら、手元の本に視線を戻す。ゴヨウさんに勧められたから読んでみたけど意外と面白い、たまには読書も良いもんだ。
「ヴァウ」
邪魔さえ入らなければなぁ。
「ちょっとやめてブラッキー、これ図書館の本なんだから大事にしなきゃいけないの」
本を踏み付けて無理矢理 視界に入って来たブラッキーを抱き上げて床に降ろす。それで諦める訳もなく膝上に乗ってこようとするので、背凭れにしていたソファーに上がるがやっぱりついてくる。何なの、今日に限って "かまちょ" なの!?鳴きながら頭突き(技ではなく愛情表現だと思いたい)をしてくる。痛い、痛いわこの石頭め。仕方ない、ここは満足するまで構い倒すか。そうすると多分他のポケモンも「今なら構ってもらえる」と思って列も成さずに突っ込んでくるだろうけど、もう本当に致し方ない。
意を決して本を閉じたところでブラッキーの耳がピクリと揺れ、露骨にめんどくさいと言わんばかりの表情を浮かべる。
「……まさか "帰って来た" ?」
その顔を見て身構えたのもつかの間、庭から大声が聞こえて、大きすぎる足音が廊下を駆けるのが聞こえてくる。視界の端で逃げようとしたブラッキーを捕まえて引き留める、お前だけ安置に行こうったってそうはいかんぞ、死なば諸共だ。
瞬間、爆音でドアが開かれた。
「うーちゃーん!!!たらいまー!!!!!」
「はいはいはいお帰り、ヒサメ」
「ただいまぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!」
「うるせー!!!なんで2回言うんだお帰り!!!!!」
何故か満足気にふんすと息を吐いた後、3回目の「ただいま」を言いながらにぱぁと笑った。
部屋にいたポケモン達に挨拶して回るこの子は『ヒサメ』。最近……大体2年程前に色々あって保護された、私の "義理の妹" だ。現在7歳くらい らしいので私との年齢の差は多分10歳はある。
あれ、ヒサメがいるのに見当たらないな……あの子はどこに。そう思った瞬間、視界の端を茶色いものが駆け抜け何かにぶつかる音と同時に、背後から歓喜と悲哀の悲鳴が。
「きゅうぅぅぅいぃぃぃぃぃ!」
「ヴァァァァ!!」
「あ、イーブイやっぱりいた……」
「ブイちゃんもブラッキー に会えてうれしいって!」
「うん、そうね、嬉しそうね。ブラッキーがちょっと可哀想な事になってるけどね」
ブラッキーに全身全霊でじゃれついているのは "一応" ヒサメの『イーブイ』。嫌そうな、それでも邪険にはできない顔でじゃれつかれている、「私のブラッキーの子供」だ。ヒサメの「パパちゃん」という呼び方はイーブイ のパパだからそう呼んでるらしい。子供はよくわからない。
ちなみに私が「うーちゃん」なのは、最初はロウお姉ちゃんと教えられていたんだけど舌足らずでそもそもロウが言いにくかったらしく、そこから徐々に短くなって最終的にうーちゃんになってしまった。子供はよくわからない。
「まぁい……」
「プラライ!プラー!」
「あ、マイナン。お帰りー 大変だったっぽいね」
ヒサメの後ろからふらふらとマイナンが歩いてきた。こっちはれっきとした私のポケモン。自分の相棒だったらしいプラスルを私に捕獲されて、追い掛けて回り結果的にホウエン地方を何故か一緒に旅をして、挙句の果てにはシンオウ地方まで渡って来たので(マイナンが)根負けして捕獲して一員になった。そんなガッツを持つマイナンも流石に疲れたらしい。頼んだは良いけど、やはり子供1人と子イーブイ1匹のボディーガード(という名の子守り)はしんどかったか……
マイナンを労わっていると、またもや器用に窓を開けてゴルーグが覗き込んできた。どうやら洗い終わったらしい。 ……じめんタイプなのに洗って大丈夫なんだろうか。小汚いままよりは良いのか。
「ご帰宅直後だと言うのにイーブイさん全力ですねぇ。そういえば私、イーブイさんのお母様……ヒサメさん的に言うなら "ママちゃん" をお見かけした事がないのですが、どこか別の場所にお住まいなんでしょうか?」
「あー……うん、ちょっと長くなるからそれはまた別の機会に話すわ。
ほらイーブイ、そろそろ離れたげて。パパちゃん暑苦しいってよ」
「ヴァァウゥゥゥゥ!!(特別翻訳:それで呼ぶのやめろォ!!)」
じゃれつくのはやめてもブラッキーに擦り寄るのはやめず。モフモフの毛が抜けて、代わりにブラッキーが徐々に白くなっていく。あーあ、後でブラッシングだぁ……
「ヒサメ、遊んでる場合じゃないだろう。 ……ロウ、悪いが話を聞いてやってくれ。俺は着替えてくる」
髪をタオルで拭きながらシュウは庭の入り口 辺りを指す。そこには恐らく、ヒサメをここまで送ってくれたと思われる『ナナカマド博士』の助手さんがいた。
実はこのシリーズの1作目の 頃、ヒサメはナナカマド博士のお手伝いと称してシンオウ地方の北東にある離島、そこの "ファイトエリア" や "リゾートエリア" のフィールドワークに連れて行ってもらっていた。あそこに生息している野生のポケモンは結構 手練れが多いので、しかしナナカマド博士もいるからポケモンを大量に付ける訳にもいかず、結果として護衛にマイナン、移動用にフワライド。この2体にヒサメとイーブイを守る様に同行を頼んだ。フワライドは姿が見えないからボールに入ってるんだろう、それでマイナンのあの疲労困憊っぷり。なんだ、何かやらかしたんじゃないだろうな……
とりあえず助手さんから話を聞こう。
「ロウちゃん、お久しぶりです。ごめんね突然 来てしまって……」
「いえ今日は特に予定ありませんでしたから」
「うーちゃんいつもお家にいるからだいじょぶだよ!」
「ド喧しい!
……それで、何かありましたか?」
「ええとね、実は225番道路でヒサメちゃんがポケモンを保護……うん、保護、してね。その子がちょっと "訳アリ" で、今後の話をする為にも保護者の方に研究所まで来てもらう様にって、博士から頼まれたんだ」
なるほど。なんで保護を言い淀んだのか気になるがそういう事か。訳アリ……どこか怪我しているとかそういう次元の話じゃなさそうだ。
戻って来たシュウにもさっきの話すると、しばらく首を捻った後ゴルーグを見上げる。
「ゴルーグ、ロウ達をマサゴタウンまで送って行ってやれ。俺はクロガネ病院に寄ってから行く」
「畏まりました。お任せください3人乗っても安心安全のフライトをご提供致します。ゴルーグですので、ゴルーグですので!」
「シュウは何でマサゴタウンまで来るのさ。私のポケモンに乗ろうとか考えてないよね……」
「病院でバイクでも車でも借りればどうにでもなる。いつでもポケモンに乗れるとは限らないからな、お前もその内 免許くらい取っておけ」
くっ、その手があったか……確かにいつもギャロップに乗ってるから車という発想が出なかった。これが大人の特権移動手段……!ところで私って免許取れるんだろうか。年齢あやふやなんだけど。
若干 自分の闇に触れつつ数体ポケモンをボールに戻して、ゴルーグの肩に乗る。ブラッキーも何故か「やれやれ仕方ない」と言わんばかり乗って来たので、容赦なくボールに戻す。危ないでしょうが。イーブイもボールに戻し、ヒサメと助手さんは落下防止としてゴルーグが抱き抱える事にした。絵面が何とも言えないが、こればっかりは致し方ない。
「搭乗中は危険ですので、あまり身動きしない様お願い致します。それでは!ゴルーグ、参りまァす!!」
シュウに見守られながらゴルーグは足を格納してゆっくりと離陸した。はしゃぐヒサメと悲鳴をあげる助手さん、そしてポケモンに乗っての飛行は最早 日常茶飯事なので無言で体勢を整える私。改めて見比べてみると、私って意外とちゃんとポケモントレーナーなんだなぁ。日頃からポケモンと接しているおかげかヒサメもゴルーグの飛行を妨げない様に、はしゃいでいる割に身動き1つしない。才能の違いだろうか……
【訳アリで話アリだが問題アリ】
流石に大した揺れもないどころか宣言通り安定したゴルーグの飛行により、あっという間にナナカマド博士の研究所があるマサゴタウンに着いた。助手さんはちょっと足が震えていたが。まぁあんな飛び方するのゴルーグくらいだからね、仕方ない。今日仕方ないばっかりだな。
「……何か研究所うるさくない?
大丈夫です?暴れてるんですか??その訳アリのポケモンとやらは」
「いやぁすごく大人しい子だったよ。でも確かに何か騒がしいね……」
助手さんが研究所のドアを恐々開ける。と、何か甲高い爆音の鳴き声が耳どころか鼓膜を劈く。咄嗟に耳を塞ぐがそれでもやっぱりうるさい。なんだこれ!?
「おお、何か物凄い鳴き声が聞こえますね!大丈夫ですかロウさん、ヒサメさん。かなりお辛そうですが……」
「? ゴルーグには聞こえてるけど効いてない……? これもしかしてポケモンの技か!? しかもノーマルタイプの…… ってことは、"ハイパーボイス" ならこんなもんじゃ済まないから "りんしょう" か "さわぐ" か……」
耳を塞いでいても声が聞こえる。普段なら鬱陶しい時の方が多いけど、ゴルーグがテレパシーを使っているおかげで助かった。人間がこの鳴き声で苦しんでいるのに、ゴーストタイプのゴルーグだけが普通にしているのであれば、これはただの鳴き声じゃなくノーマルタイプの技で間違いない。
「 "さわぐ" ならもっと、耳じゃなくて頭の方に効いてくるし、結構 響き方が強い。つまりこれは」
「その通りだ。これはこの子の "りんしょう" だ」
研究所から音の発生源を抱いて出てきたのは研究所の主であるナナカマド博士。近所迷惑なのでしまってください何で出てきちゃった。
「ヂル゙ル゙ル゙ル゙ル゙ル゙ル゙ル゙ル゙ル゙ル゙ 」
「え゙!?何て?!全然 聞こえないんですが博士うるさくないの!?」
「ル゙ル゙ル゙ル゙ル゙ル゙ル゙ ヂル゙ル゙ル゙ル゙ル゙ル゙ル゙ 」
「いやマジで何て言ってるのか全っ然 聞こえん。ルビが小さいからなのか!?いやルビは文字の大きさ関係ないか。兎に角ゴルーグ、ゴルーグ通訳してくれ!!」
「お任せください! 一言目ではアッ、止まりましたね」
その言葉通りナナカマド博士の腕の中から聞こえていた鳴き声はぴたりと止んだ。ぐらぐらと揺れる頭で何とか覗き込んでみると、薄汚れたチルットが首を傾げながらもふもふの羽毛に埋まっている。ひたすら自分で鳴きまくっていたくせに、不思議そうな顔で首を傾げ続けている。なんだこいつは、この子が訳アリのヒサメが保護したポケモン?
「久しぶりだなロウよ。息災だったか。ちなみにりんしょうは慣れてしまえばどうという事はない」
「あっもしかしてさっきそう仰ってたんですか。お久しぶりです博士。あとりんしょうは慣れるもんじゃないと思います」
「博士はおじいちゃん博士だからお耳遠いんだよ」
「コラッ!!ヒサメ、シッ!!!
すみません、で、ヒサメが保護したって言うのはこのチルットですか?」
「うむ、野生に還そうにも少々事情があってだな……兎も角チルットも落ち着いたことだ、研究所に入りなさい。少し長くなるだろう」
「わかりました。じゃあ悪いけどゴルーグはここで待ってて」
「畏まりました。 ……良い方向にお話が進みます様、お待ちしております」
こうしてみると、ゴルーグって理想の従者みたいな感じなんだろうか……
ナナカマド博士の背中を追って研究所に入る。博士はチルットを一旦、ゆっくり机の上に降ろし私とヒサメに椅子に座る様に促してきた。そうして腰掛けて改めてチルットを見たところで、ある事に気付いた。
「ん? 225番道路で保護したって助手さんから聞きましたけど、チルットって225番道路にいなくないです?? 210番だか211番道路が生息地だった気がするんですけど」
「そこに気が付いたか、流石だロウよ。お前の言う通り、今回フィールドワークに行ったファイトエリア……225番道路にチルットは生息していない。この子はどうやら、本来の生息地から迷い込んでしまった様なのだ」
シンオウ地方の簡易地図を取り出し、博士は210番道路を指す。こうして地図で見ると確かに、225番道路と210番道路は間に海こそあれど然程 距離は離れていない。それにチルットは "そらをとぶ" を覚えられる程、小さな体に反して飛行能力が優れている。このくらいの距離なら風に乗ってしまえば簡単に越えられるだろう。
「なるほど、もしかしてオニスズメとかに襲われてたのをヒサメとイーブイが助けた、とかそんな感じですか。この薄汚れ具合的に」
「うーちゃんすごい!なんでわかるの!?」
「あの辺でチルットを襲いそうなポケモンはオニスズメぐらい……で、お前はそういう事やりそうだから」
「いやぁ怖いぐらい当たってますよ、流石お姉ちゃんだ。そうなんですよ、それはもう、可哀想なぐらいにオニスズメにボッコボコにされてまして。最終的にオヤブンっぽいオニドリルまで出てきて、ロウちゃんのマイナンがいてくれなかったらどうなっていたか、考えるだけでもゾッとしますよ。
その割には当のチルットは軽傷でケロッとしてて、こっちが面食らいましたよ。丈夫な子で運が良かったというか何と言うか……」
だからマイナンがあんなに疲れた顔してたのか……今日はプラスルも交えて、誠心誠意 労わらねば。
しかし、丈夫そうっていうのは何となく違う気がするが兎も角チルットだ。この子、さっきから相変わらず不思議そうな顔で首を傾げ続けている。もふもふの羽毛に埋まって話をしている人間達に顔を向けているが、そのつぶらな瞳と一切 目が合わない。というより "焦点が合ってない" 様に見える。チルットは元々人間を恐れないポケモンだけど、それにしたって野生のポケモンの割に人間を警戒していないし、今 自分の周りにいる人間 が一体 "何なのか" すらわかってない気がする。
何となく既に嫌な予感がするが、チルットの顔の前に手を翳して振ってみる。が、チルットはやっぱり首を傾げたままだ。
「……博士、訳アリと仰いましたけど、このチルットまさか─── "目が見えてない" んですか……?」
博士は少したじろいだ様子を見せてから、深く溜め息を吐いた。
「よもや、そこまでの観察眼を持つようになるとは……やはりお前を現状のままにしておくのは、いや、今はその話をしている時ではないな。
研究所で行えるある程度の検査をしたが、その通りだ。この子は目が見えていない。225番道路に迷い込んだのも、それが原因やもしれん」
「ちるるる」
張り詰めた空気に流石に気付いたのか、周りの様子を伺っているのか、チルットは小さく鳴き声を上げる。そうして、口を大きく開けた。あ、これまずいかも。
「またりんしょう来るぞ!!耳塞げ!」
「やー!」
「えっまたあれが!?」
瞬間チルットは爆音で鳴き出した。りんしょうってこういう技じゃなかったと思うんだけどなぁ!!自分の耳が犠牲になるが致し方ない、両耳を塞いでいるヒサメのポケットに手を突っ込んでモンスターボールを取り出し開閉スイッチを押す。
「きゅう、いぃぃぃーーー!!?」
出てきたイーブイは勢いは良かったがすぐに大きな耳を顔の前に垂れて、前足で押さえだした。頑張ってくれお前が頼みの綱だ。
りんしょうは1体以上のポケモンが同じ様に使うことで威力が増す技、野生のチルットがこんなに連発するのは "他にりんしょうを使っていたポケモンが身近にいた" 可能性がある。つまりだ。
「イーブイ! "まねっこ" だ!りんしょうを真似ろ!」
ほとんどのポケモンがりんしょうを覚えるけどこっちの方が手っ取り早い。イーブイは耳を塞ぎながら、りんしょうを真似し始めた。チルットとイーブイによるハーモニー(というより大声コンテスト)が始まり出したところで、チルットは急にりんしょうを止めて安心した様に「ちるちる」と鳴き、羽毛に更に埋まっていく。
「ああやっぱり……
多分ですけど、チルットにとってりんしょうはコミュニケーションの手段だったのかもしれません。自分が最初にりんしょうを使って、それに仲間か親兄弟が答える為のりんしょうを使う。それで周辺の安全を確かめられるし、外敵が迫って来ていたら攻撃もできて一石二鳥。野生の生きる知恵ですね。
全部 憶測ですし、イーブイのまねっこで止まっているのでチルットはほぼ反射的にしてるかもですけど」
「ふむ、大方ロウの予想通りだろう。イーブイがりんしょうに答えた途端チルットの表情が和らいだ。外敵がいないと判断したのか、仲間がいると判断したのかはまだわからんが……」
興味深そうにチルットを見下ろすナナカマド博士。耳を酷使し過ぎて目が回って来た。
「ではロウよ、オニスズメ達に襲われたチルットが軽傷で済んだ理由は何だと思う」
「はい?!」
何で急に?いや確かに助手さんの言った「丈夫な子」ってのには違和感あるけど。
「(そういえばこの子、やけに羽毛だけ汚いな。チルットは綺麗好きなポケモンなのに)
あ、もしかして "コットンガード(※)" ……? 防御する手段があったから、とかですかね」
(※防御力を3段階上げるくさタイプの技。主にもふもふの毛を持っているポケモンが覚える。デンリュウも使える。どこからコットン出しとるん?)
何気なくチルットの羽毛に指を突っ込んでみる。「ぢっ」と鳴いた後、爆発でもしたのかという勢いで もふもふの羽毛に視界が埋め尽くされた。うん、コットンガードで間違いなさそうだ。こんなに勢いのある技じゃなかった気がするけど。
「自分の身を守る術はあるって事ですね。ぺっぺっ……羽毛が口に入って、ヘックショイ!! ぐあーーー鼻までムズムズしてきた……」
「失礼する。ロウとヒサメは、なんで綿毛にまみれてるんだお前ら」
やっとシュウのご到着だよ。ドアを器用に押さえるゴルーグに指示を出して中に入って来た。綿毛って、コットンガードで散らばったやつかこれ……こんなになる技だったかなコットンガードって。
ナナカマド博士に軽く挨拶をした後、今までのをより簡潔にした説明を聞く。しかしチルットが落ち着いた頃に着くなんて、運がいいな……シュウにもくらってほしかったな爆音りんしょう。ヒサメはイーブイを抱き上げて体に付いた綿毛を(元々イーブイがもふっとしてるのでたまに地毛を引っ張っていたが)、私はヒサメの頭に付いたのを呑気に取り除いていたが、話を聞き終えたシュウの顔は険しかった。
「目の見えないチルットか……確かにこうして保護してしまった以上、野生に還すのは難しいな。
かと言って研究所で面倒を見る余裕はない、保護した当のヒサメは "正式なポケモントレーナーではない" から引き取り手にはなれない。だから保護者の意見が必要だった……そういう捉え方で構いませんか、博士」
あ、あぁーそういえばそうだった。イーブイがいるから つい忘れるんだよなぁこれ。
『イーブイは "一応" ヒサメのポケモン』とさっきそういう言い方をした気がするけど、シュウの言う通り、実はヒサメはまだ「ポケモントレーナーではない」。つまりこの義妹は早い話トレーナーカードを持っていないのです。預かりシステムで見ないとわからない部分だけど、イーブイの「おや」も登録されているトレーナーIDもロウ の名義になっている。タマゴの頃から世話を任せて姉弟同然に育ってるけど、ヒサメのIDはまだ存在すらしてない。
トレーナーカードを得る為に一応コトブキシティのトレーナーズスクールに通っていたんだけど……色々あって、ある日ヒサメが自分の意思でスクールに自主退学を申し出て帰って来たのであった。これに関してヒサメには非があったどころかむしろ被害者だったので、誰も何も言えなかった。まぁそれからナナカマド博士のところに行くようになったんだけど。
チラリと博士の方を見るとこちらも険しい、しかし若干 申し訳なさそうな顔で俯いている。
「研究所では簡易的な検査しかできない。故に一度クロガネ病院で診てもらいたい。そして願わくば、チルットのその後についてご家族で話し合ってもらいたいと思っている」
「話し合えと簡単に言いますが、目の見えないポケモンの保護活動がどれ程 困難かおわかりですか?」
え、そういう話だったんだ……? いやどういう話のつもりで聞いてたのかって言われると困るんだけど。
いやそんな呑気にしている場合じゃない。剣吞な雰囲気になるとそれを感じ取って、不安になったチルットの爆音りんしょうが来るかもしれない。声をかけようとした瞬間ドアの開く音が聞こえた。そして音に反応したチルットが使ったコットンガードでまた綿毛に埋もれた。
「お待ちくださいお二方! 言わんとしている事はゴルーグですので十二分に理解できますが、ここはどうか落ち着いて!!」
「ゴルーグ……ってお前何してんだァーーー!!!」
「お前が落ち着け!!それ以上入ってくんなドアと建物の両方から悲鳴が聞こえる!!!」
突如 無理矢理、いや強引に室内に入って来たゴルーグをシュウと協力して押し出し、何とかドアと研究所を救出する。危なかった……危うく研究所のドアだけじゃなく壁まで持っていかれる ところだった。
しかしゴルーグは何か言いたそうで、指でドアを押さえたまま外からこちらを覗き込んでくる。
「ここはまず、引き取り手になれないとは言え、保護したヒサメさんのご意見を伺うべきではないでしょうか?」
「……まぁ、それは確かに。普段から野生のポケモン同士の諍いに手出すなって言ってたのに今回の事が起きた訳だし……」
ポケモントレーナーの原則として生態系保護の為に野生のポケモンの、所謂 弱肉強食と言わんばかりの捕食行為の妨害や捕獲もしないのに餌付けするだとか、そういう事は禁止されている。何か罰則がある訳ではないけどね。私にも野生だけど友達ってポケモン何匹かいるし。
まだトレーナーではないけどイーブイがいるからには将来的にそうなると見越して、ヒサメにもその様に言い付けていた。 ……うっすら性格的に無視できないだろうなぁとは思ってたけど。特に捕食行為に関しては。
綿毛まみれで机の上のチルットをじっと見ているヒサメに声をかけると、小さく「だって」と聞こえてきた。
「だって、チルちゃんずっとパパちゃんとママちゃん探してるよ。チルちゃんのパパちゃんとママちゃんも、チルちゃんのことぜったい探してるもん。ヒサも探して、チルちゃんお家にただいまってしてあげたい」
博士と助手さんがこちらを見る。私とシュウは慣れてるけど、2人はヒサメ語がいまいち理解できなかったらしい。わかる。
「えー要するに、ヒサメ曰くチルットはずっと家族を探しているみたいです。なのでヒサメもチルットの親ないし家族を見つけて野生に還したい、という事らしいです。
……私もその方が良いと思います。野生下であれば群れの足を引っ張る可能性がある、目の見えない個体など捨て置かれるのが当たり前です。それなのにチルットはりんしょうで仲間を探したり、コットンガードで自分を守る術を身に付けていました。コットンガードは兎も角、りんしょうの使い方は自発的に覚えたとは考えにくい。教えた仲間や親がいたんじゃないかと思うんです」
「りんしょう? そんな事できるのかこいつ」
「うん、さっきやってた。チルットはほぼ反射的にコットンガード使ってる上にかなり分厚く防御してるから、親兄弟に相当 教え込まれたんだと思う。 ……傷付いてほしくないから、それくらい大事にしてたって事でしょ。
幸い私もヒサメも野生のポケモンにコンタクト取れるし、チルットの家族なんて『チルタリス』以外ありえないし、探せない事もないと思う。野生に還すのを前提に、一旦連れて行こうよ」
いつもの倍以上の皺を眉間に寄せてシュウは腕を組む。まぁ無茶苦茶 言ってるのは自覚してるしヒサメにチルットの面倒を見るのは無理がある、というか無理だろう。トレーナーじゃないから仕方ないとは言ってもイーブイでさえ制御できてないし……良くも悪くもヒサメは思考がポケモンと同レベルだし。
最終的にチルットのサポートないし面倒見るのは私になるだろう。覚悟はできている……!!
「───それで、結局チルットはロウちゃんが引き取る事になったんだ?」
「はい、シュウは1回『持ち帰って検討します』ってその場では言ったんですけど、まぁ、多数決でそういう風に決まりました」
「そっかぁよかったね。よかったのかな?」なんて笑いながら、ヒョウタさんはゴルーグの頭の周りを飛んでいるチルット……と、それを追い掛けて走り回るヒサメとイーブイを見る。その後ろには「危ないから止まれ」と言いたげに、というかまさにそう鳴きながら2人を追い掛けるルカリオとブラッキーが。子守りって大変だなぁ。
保護者の方と話し合いをと、ナナカマド博士はそう言っていたが私達にとって「保護者」とは養母とシュウだけに収まらず。結果的に病院に勤めている看護師さんや院長を交えて多数決した結果、そうなった。シュウは最後まで反対していたけれど、大方私と同じ事を考えていたから反対したんだろう。気持ちはわかる。
「ところで……あの子の目はどういう状態だったの?」
「病院で検査をお願いしてみたんですけど、弱視とかではなく全盲の可能性が高いそうです。 ……チルットの様子から見て先天性じゃないかって」
「確かに見えていないにしては、旋回しているだけだけど今も迷いなく飛んでいるもんね。後天性だったらもっと……あれ、でも降りる時はどうするんだろう?」
「ああそれは、ちょっと荒っぽいんですけど、チルットー コットンガード!」
「チルッ」と一声あげて体の4倍か5倍くらいまで羽毛が膨れ、とんでもない速度で大きな毛玉と化すチルット。通常のチルットなら飛びながらコットンガードを使える筈だけど、このチルットは飛行能力を犠牲にする形で羽毛をしまい込み、防御力を更に上げているらしい。なので毛玉は当然の如く重力に従って落下してきた。
ヒサメを庇おうとしたルカリオの頭にモフり 、イーブイの頭にやんわり直撃し、ブラッキーが器用にトスしたのをキャッチする。
「ぢっ、ちるっ、ちるるるるるるるるる」
「はいっ……ほら、地面だよチルット。
こんな感じで、離陸はできるし鳴き声を反響させて、ある程度なら障害物への衝突も自力で回避できるみたいなんですけど、着陸だけはこうしないと無理みたいで……」
「着陸っていうか不時着だね……」
「まぁチルットを受け止める相手がいないと無理な芸当ですけど、降りる場所の安全をチルットが確保するより、これが安牌だったんじゃないかなぁと」
あれ、自分で言っておいて何だけど、要するに不時着体勢を取ったチルットを "受け止められる" 仲間がいた、ってことか? いやでもチルタリスでも飛びながら背中で受け止めれば……あの毛玉状態だと風で落ちそうだな。やっぱり手でしっかりとキャッチできるポケモンが一緒にいたのか??
考え事をしている視界の端でヒサメ達がこっちにやって来た。私に地面に降ろされた後そのまま ちるちるしていたチルットを抱き上げて、何のつもりかヒョウタさんに見せびらかしている。
「でもやっぱりロウちゃんはすごいね。こんな短期間でチルットに技の指示をできる様にするなんて」
「いやぁ~でもその子、不思議な事にまだヒサメしか認識してないというか、周りにいる人間の中でヒサメだけ区別できてるみたいなんですよ。だからチルットにとって私は、多分どっかから指示 出してくる人間Aでしか、あ、」
ふと顔を動かすと、今まさにチルットに指を近づけているヒョウタさんの姿が。制止の声をかける間もなく視界が綿毛に埋もれた。
「……すいません、チルットは身の危険を感じるとかそういうのじゃなく、本当に反射的にコットンガード使うので不用意に近づくとこうなるんです。すいません、本当にすいません……」
「ううん大丈夫だよ。僕がチルットを驚かせちゃったから……
あれ、ヒサメちゃん、チルットは?」
「んえ? ……うーちゃん!チルちゃん(綿に)落としちゃった!!」
「ホアァ!? ちゃんと抱っこしてなさいっていつも言ってるでしょおぉ!!?」
「ロウさん 綿毛が広がっています!恐らくですがチルットさん綿毛の中で移動してますね!?」
「なんでこういう時に限って活発なのこいつ!? 待ってブラッキーとイーブイも綿の中に紛れてどこ行ったかわかんないんだけど!! ブラッキー!返事しろー!! ……まずいこれ綿に溺れてるかもしんない」
「綿に溺れるってどういう事!? うわぁ綿が爆発した!?」
こうして私の日常に目の見えないチルットを保護しつつ、この子の家族を探すというタスクが増えた。でも既に心が折れそうだ。コットンガードってこんなになる技だったかなぁ本当に。
ゴルーグにその場から絶対に動くなと言い付け、私達はチルットとブラッキーとイーブイを探す為に綿の海を漁り始めた。
「ブイちゃん見つけたー!」
「マジで?これで1匹ってそれガーディじゃん!イーブイじゃないじゃん!!字面しかあってないじゃん!!
……いや待って誰だそいつ!!どこのガーディ!?」
「この感触、ロウちゃんブラッキーが……ごめんニャルマーだった。なんでニャルマーが綿の中にいるんだ??」
「まずいですロウさん、野生のポケモン達が魅惑のモフモフに吸い込まれてきます!!ああっまた綿の超新星爆発 が!!」
「クソーーー!!チルットをボールに入れられないの歯痒いなぁーーーーー!!!ブラッキーーー!!どこだぁぁぁぁぁぁ!!!」
ある晴れた日、庭でゴルーグやアーマルドを洗う(多分濡れたから脱いだんだと思われる)半裸のシュウの背中を横目で見ながら、手元の本に視線を戻す。ゴヨウさんに勧められたから読んでみたけど意外と面白い、たまには読書も良いもんだ。
「ヴァウ」
邪魔さえ入らなければなぁ。
「ちょっとやめてブラッキー、これ図書館の本なんだから大事にしなきゃいけないの」
本を踏み付けて無理矢理 視界に入って来たブラッキーを抱き上げて床に降ろす。それで諦める訳もなく膝上に乗ってこようとするので、背凭れにしていたソファーに上がるがやっぱりついてくる。何なの、今日に限って "かまちょ" なの!?鳴きながら頭突き(技ではなく愛情表現だと思いたい)をしてくる。痛い、痛いわこの石頭め。仕方ない、ここは満足するまで構い倒すか。そうすると多分他のポケモンも「今なら構ってもらえる」と思って列も成さずに突っ込んでくるだろうけど、もう本当に致し方ない。
意を決して本を閉じたところでブラッキーの耳がピクリと揺れ、露骨にめんどくさいと言わんばかりの表情を浮かべる。
「……まさか "帰って来た" ?」
その顔を見て身構えたのもつかの間、庭から大声が聞こえて、大きすぎる足音が廊下を駆けるのが聞こえてくる。視界の端で逃げようとしたブラッキーを捕まえて引き留める、お前だけ安置に行こうったってそうはいかんぞ、死なば諸共だ。
瞬間、爆音でドアが開かれた。
「うーちゃーん!!!たらいまー!!!!!」
「はいはいはいお帰り、ヒサメ」
「ただいまぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!」
「うるせー!!!なんで2回言うんだお帰り!!!!!」
何故か満足気にふんすと息を吐いた後、3回目の「ただいま」を言いながらにぱぁと笑った。
部屋にいたポケモン達に挨拶して回るこの子は『ヒサメ』。最近……大体2年程前に色々あって保護された、私の "義理の妹" だ。現在7歳くらい らしいので私との年齢の差は多分10歳はある。
あれ、ヒサメがいるのに見当たらないな……あの子はどこに。そう思った瞬間、視界の端を茶色いものが駆け抜け何かにぶつかる音と同時に、背後から歓喜と悲哀の悲鳴が。
「きゅうぅぅぅいぃぃぃぃぃ!」
「ヴァァァァ!!」
「あ、イーブイやっぱりいた……」
「ブイちゃんも
「うん、そうね、嬉しそうね。ブラッキーがちょっと可哀想な事になってるけどね」
ブラッキーに全身全霊でじゃれついているのは "一応" ヒサメの『イーブイ』。嫌そうな、それでも邪険にはできない顔でじゃれつかれている、「私のブラッキーの子供」だ。ヒサメの「パパちゃん」という呼び方は
ちなみに私が「うーちゃん」なのは、最初はロウお姉ちゃんと教えられていたんだけど舌足らずでそもそもロウが言いにくかったらしく、そこから徐々に短くなって最終的にうーちゃんになってしまった。子供はよくわからない。
「まぁい……」
「プラライ!プラー!」
「あ、マイナン。お帰りー 大変だったっぽいね」
ヒサメの後ろからふらふらとマイナンが歩いてきた。こっちはれっきとした私のポケモン。自分の相棒だったらしいプラスルを私に捕獲されて、追い掛けて回り結果的にホウエン地方を何故か一緒に旅をして、挙句の果てにはシンオウ地方まで渡って来たので(マイナンが)根負けして捕獲して一員になった。そんなガッツを持つマイナンも流石に疲れたらしい。頼んだは良いけど、やはり子供1人と子イーブイ1匹のボディーガード(という名の子守り)はしんどかったか……
マイナンを労わっていると、またもや器用に窓を開けてゴルーグが覗き込んできた。どうやら洗い終わったらしい。 ……じめんタイプなのに洗って大丈夫なんだろうか。小汚いままよりは良いのか。
「ご帰宅直後だと言うのにイーブイさん全力ですねぇ。そういえば私、イーブイさんのお母様……ヒサメさん的に言うなら "ママちゃん" をお見かけした事がないのですが、どこか別の場所にお住まいなんでしょうか?」
「あー……うん、ちょっと長くなるからそれはまた別の機会に話すわ。
ほらイーブイ、そろそろ離れたげて。パパちゃん暑苦しいってよ」
「ヴァァウゥゥゥゥ!!(特別翻訳:それで呼ぶのやめろォ!!)」
じゃれつくのはやめてもブラッキーに擦り寄るのはやめず。モフモフの毛が抜けて、代わりにブラッキーが徐々に白くなっていく。あーあ、後でブラッシングだぁ……
「ヒサメ、遊んでる場合じゃないだろう。 ……ロウ、悪いが話を聞いてやってくれ。俺は着替えてくる」
髪をタオルで拭きながらシュウは庭の入り口 辺りを指す。そこには恐らく、ヒサメをここまで送ってくれたと思われる『ナナカマド博士』の助手さんがいた。
実は
とりあえず助手さんから話を聞こう。
「ロウちゃん、お久しぶりです。ごめんね突然 来てしまって……」
「いえ今日は特に予定ありませんでしたから」
「うーちゃんいつもお家にいるからだいじょぶだよ!」
「ド喧しい!
……それで、何かありましたか?」
「ええとね、実は225番道路でヒサメちゃんがポケモンを保護……うん、保護、してね。その子がちょっと "訳アリ" で、今後の話をする為にも保護者の方に研究所まで来てもらう様にって、博士から頼まれたんだ」
なるほど。なんで保護を言い淀んだのか気になるがそういう事か。訳アリ……どこか怪我しているとかそういう次元の話じゃなさそうだ。
戻って来たシュウにもさっきの話すると、しばらく首を捻った後ゴルーグを見上げる。
「ゴルーグ、ロウ達をマサゴタウンまで送って行ってやれ。俺はクロガネ病院に寄ってから行く」
「畏まりました。お任せください3人乗っても安心安全のフライトをご提供致します。ゴルーグですので、ゴルーグですので!」
「シュウは何でマサゴタウンまで来るのさ。私のポケモンに乗ろうとか考えてないよね……」
「病院でバイクでも車でも借りればどうにでもなる。いつでもポケモンに乗れるとは限らないからな、お前もその内 免許くらい取っておけ」
くっ、その手があったか……確かにいつもギャロップに乗ってるから車という発想が出なかった。これが大人の特権移動手段……!ところで私って免許取れるんだろうか。年齢あやふやなんだけど。
若干 自分の闇に触れつつ数体ポケモンをボールに戻して、ゴルーグの肩に乗る。ブラッキーも何故か「やれやれ仕方ない」と言わんばかり乗って来たので、容赦なくボールに戻す。危ないでしょうが。イーブイもボールに戻し、ヒサメと助手さんは落下防止としてゴルーグが抱き抱える事にした。絵面が何とも言えないが、こればっかりは致し方ない。
「搭乗中は危険ですので、あまり身動きしない様お願い致します。それでは!ゴルーグ、参りまァす!!」
シュウに見守られながらゴルーグは足を格納してゆっくりと離陸した。はしゃぐヒサメと悲鳴をあげる助手さん、そしてポケモンに乗っての飛行は最早 日常茶飯事なので無言で体勢を整える私。改めて見比べてみると、私って意外とちゃんとポケモントレーナーなんだなぁ。日頃からポケモンと接しているおかげかヒサメもゴルーグの飛行を妨げない様に、はしゃいでいる割に身動き1つしない。才能の違いだろうか……
【訳アリで話アリだが問題アリ】
流石に大した揺れもないどころか宣言通り安定したゴルーグの飛行により、あっという間にナナカマド博士の研究所があるマサゴタウンに着いた。助手さんはちょっと足が震えていたが。まぁあんな飛び方するのゴルーグくらいだからね、仕方ない。今日仕方ないばっかりだな。
「……何か研究所うるさくない?
大丈夫です?暴れてるんですか??その訳アリのポケモンとやらは」
「いやぁすごく大人しい子だったよ。でも確かに何か騒がしいね……」
助手さんが研究所のドアを恐々開ける。と、何か甲高い爆音の鳴き声が耳どころか鼓膜を劈く。咄嗟に耳を塞ぐがそれでもやっぱりうるさい。なんだこれ!?
「おお、何か物凄い鳴き声が聞こえますね!大丈夫ですかロウさん、ヒサメさん。かなりお辛そうですが……」
「? ゴルーグには聞こえてるけど効いてない……? これもしかしてポケモンの技か!? しかもノーマルタイプの…… ってことは、"ハイパーボイス" ならこんなもんじゃ済まないから "りんしょう" か "さわぐ" か……」
耳を塞いでいても声が聞こえる。普段なら鬱陶しい時の方が多いけど、ゴルーグがテレパシーを使っているおかげで助かった。人間がこの鳴き声で苦しんでいるのに、ゴーストタイプのゴルーグだけが普通にしているのであれば、これはただの鳴き声じゃなくノーマルタイプの技で間違いない。
「 "さわぐ" ならもっと、耳じゃなくて頭の方に効いてくるし、結構 響き方が強い。つまりこれは」
「その通りだ。これはこの子の "りんしょう" だ」
研究所から音の発生源を抱いて出てきたのは研究所の主であるナナカマド博士。近所迷惑なのでしまってください何で出てきちゃった。
「
「え゙!?何て?!全然 聞こえないんですが博士うるさくないの!?」
「
「いやマジで何て言ってるのか全っ然 聞こえん。ルビが小さいからなのか!?いやルビは文字の大きさ関係ないか。兎に角ゴルーグ、ゴルーグ通訳してくれ!!」
「お任せください! 一言目ではアッ、止まりましたね」
その言葉通りナナカマド博士の腕の中から聞こえていた鳴き声はぴたりと止んだ。ぐらぐらと揺れる頭で何とか覗き込んでみると、薄汚れたチルットが首を傾げながらもふもふの羽毛に埋まっている。ひたすら自分で鳴きまくっていたくせに、不思議そうな顔で首を傾げ続けている。なんだこいつは、この子が訳アリのヒサメが保護したポケモン?
「久しぶりだなロウよ。息災だったか。ちなみにりんしょうは慣れてしまえばどうという事はない」
「あっもしかしてさっきそう仰ってたんですか。お久しぶりです博士。あとりんしょうは慣れるもんじゃないと思います」
「博士はおじいちゃん博士だからお耳遠いんだよ」
「コラッ!!ヒサメ、シッ!!!
すみません、で、ヒサメが保護したって言うのはこのチルットですか?」
「うむ、野生に還そうにも少々事情があってだな……兎も角チルットも落ち着いたことだ、研究所に入りなさい。少し長くなるだろう」
「わかりました。じゃあ悪いけどゴルーグはここで待ってて」
「畏まりました。 ……良い方向にお話が進みます様、お待ちしております」
こうしてみると、ゴルーグって理想の従者みたいな感じなんだろうか……
ナナカマド博士の背中を追って研究所に入る。博士はチルットを一旦、ゆっくり机の上に降ろし私とヒサメに椅子に座る様に促してきた。そうして腰掛けて改めてチルットを見たところで、ある事に気付いた。
「ん? 225番道路で保護したって助手さんから聞きましたけど、チルットって225番道路にいなくないです?? 210番だか211番道路が生息地だった気がするんですけど」
「そこに気が付いたか、流石だロウよ。お前の言う通り、今回フィールドワークに行ったファイトエリア……225番道路にチルットは生息していない。この子はどうやら、本来の生息地から迷い込んでしまった様なのだ」
シンオウ地方の簡易地図を取り出し、博士は210番道路を指す。こうして地図で見ると確かに、225番道路と210番道路は間に海こそあれど然程 距離は離れていない。それにチルットは "そらをとぶ" を覚えられる程、小さな体に反して飛行能力が優れている。このくらいの距離なら風に乗ってしまえば簡単に越えられるだろう。
「なるほど、もしかしてオニスズメとかに襲われてたのをヒサメとイーブイが助けた、とかそんな感じですか。この薄汚れ具合的に」
「うーちゃんすごい!なんでわかるの!?」
「あの辺でチルットを襲いそうなポケモンはオニスズメぐらい……で、お前はそういう事やりそうだから」
「いやぁ怖いぐらい当たってますよ、流石お姉ちゃんだ。そうなんですよ、それはもう、可哀想なぐらいにオニスズメにボッコボコにされてまして。最終的にオヤブンっぽいオニドリルまで出てきて、ロウちゃんのマイナンがいてくれなかったらどうなっていたか、考えるだけでもゾッとしますよ。
その割には当のチルットは軽傷でケロッとしてて、こっちが面食らいましたよ。丈夫な子で運が良かったというか何と言うか……」
だからマイナンがあんなに疲れた顔してたのか……今日はプラスルも交えて、誠心誠意 労わらねば。
しかし、丈夫そうっていうのは何となく違う気がするが兎も角チルットだ。この子、さっきから相変わらず不思議そうな顔で首を傾げ続けている。もふもふの羽毛に埋まって話をしている人間達に顔を向けているが、そのつぶらな瞳と一切 目が合わない。というより "焦点が合ってない" 様に見える。チルットは元々人間を恐れないポケモンだけど、それにしたって野生のポケモンの割に人間を警戒していないし、今 自分の周りにいる
何となく既に嫌な予感がするが、チルットの顔の前に手を翳して振ってみる。が、チルットはやっぱり首を傾げたままだ。
「……博士、訳アリと仰いましたけど、このチルットまさか─── "目が見えてない" んですか……?」
博士は少したじろいだ様子を見せてから、深く溜め息を吐いた。
「よもや、そこまでの観察眼を持つようになるとは……やはりお前を現状のままにしておくのは、いや、今はその話をしている時ではないな。
研究所で行えるある程度の検査をしたが、その通りだ。この子は目が見えていない。225番道路に迷い込んだのも、それが原因やもしれん」
「ちるるる」
張り詰めた空気に流石に気付いたのか、周りの様子を伺っているのか、チルットは小さく鳴き声を上げる。そうして、口を大きく開けた。あ、これまずいかも。
「またりんしょう来るぞ!!耳塞げ!」
「やー!」
「えっまたあれが!?」
瞬間チルットは爆音で鳴き出した。りんしょうってこういう技じゃなかったと思うんだけどなぁ!!自分の耳が犠牲になるが致し方ない、両耳を塞いでいるヒサメのポケットに手を突っ込んでモンスターボールを取り出し開閉スイッチを押す。
「きゅう、いぃぃぃーーー!!?」
出てきたイーブイは勢いは良かったがすぐに大きな耳を顔の前に垂れて、前足で押さえだした。頑張ってくれお前が頼みの綱だ。
りんしょうは1体以上のポケモンが同じ様に使うことで威力が増す技、野生のチルットがこんなに連発するのは "他にりんしょうを使っていたポケモンが身近にいた" 可能性がある。つまりだ。
「イーブイ! "まねっこ" だ!りんしょうを真似ろ!」
ほとんどのポケモンがりんしょうを覚えるけどこっちの方が手っ取り早い。イーブイは耳を塞ぎながら、りんしょうを真似し始めた。チルットとイーブイによるハーモニー(というより大声コンテスト)が始まり出したところで、チルットは急にりんしょうを止めて安心した様に「ちるちる」と鳴き、羽毛に更に埋まっていく。
「ああやっぱり……
多分ですけど、チルットにとってりんしょうはコミュニケーションの手段だったのかもしれません。自分が最初にりんしょうを使って、それに仲間か親兄弟が答える為のりんしょうを使う。それで周辺の安全を確かめられるし、外敵が迫って来ていたら攻撃もできて一石二鳥。野生の生きる知恵ですね。
全部 憶測ですし、イーブイのまねっこで止まっているのでチルットはほぼ反射的にしてるかもですけど」
「ふむ、大方ロウの予想通りだろう。イーブイがりんしょうに答えた途端チルットの表情が和らいだ。外敵がいないと判断したのか、仲間がいると判断したのかはまだわからんが……」
興味深そうにチルットを見下ろすナナカマド博士。耳を酷使し過ぎて目が回って来た。
「ではロウよ、オニスズメ達に襲われたチルットが軽傷で済んだ理由は何だと思う」
「はい?!」
何で急に?いや確かに助手さんの言った「丈夫な子」ってのには違和感あるけど。
「(そういえばこの子、やけに羽毛だけ汚いな。チルットは綺麗好きなポケモンなのに)
あ、もしかして "コットンガード(※)" ……? 防御する手段があったから、とかですかね」
(※防御力を3段階上げるくさタイプの技。主にもふもふの毛を持っているポケモンが覚える。デンリュウも使える。どこからコットン出しとるん?)
何気なくチルットの羽毛に指を突っ込んでみる。「ぢっ」と鳴いた後、爆発でもしたのかという勢いで もふもふの羽毛に視界が埋め尽くされた。うん、コットンガードで間違いなさそうだ。こんなに勢いのある技じゃなかった気がするけど。
「自分の身を守る術はあるって事ですね。ぺっぺっ……羽毛が口に入って、ヘックショイ!! ぐあーーー鼻までムズムズしてきた……」
「失礼する。ロウとヒサメは、なんで綿毛にまみれてるんだお前ら」
やっとシュウのご到着だよ。ドアを器用に押さえるゴルーグに指示を出して中に入って来た。綿毛って、コットンガードで散らばったやつかこれ……こんなになる技だったかなコットンガードって。
ナナカマド博士に軽く挨拶をした後、今までのをより簡潔にした説明を聞く。しかしチルットが落ち着いた頃に着くなんて、運がいいな……シュウにもくらってほしかったな爆音りんしょう。ヒサメはイーブイを抱き上げて体に付いた綿毛を(元々イーブイがもふっとしてるのでたまに地毛を引っ張っていたが)、私はヒサメの頭に付いたのを呑気に取り除いていたが、話を聞き終えたシュウの顔は険しかった。
「目の見えないチルットか……確かにこうして保護してしまった以上、野生に還すのは難しいな。
かと言って研究所で面倒を見る余裕はない、保護した当のヒサメは "正式なポケモントレーナーではない" から引き取り手にはなれない。だから保護者の意見が必要だった……そういう捉え方で構いませんか、博士」
あ、あぁーそういえばそうだった。イーブイがいるから つい忘れるんだよなぁこれ。
『イーブイは "一応" ヒサメのポケモン』とさっきそういう言い方をした気がするけど、シュウの言う通り、実はヒサメはまだ「ポケモントレーナーではない」。つまりこの義妹は早い話トレーナーカードを持っていないのです。預かりシステムで見ないとわからない部分だけど、イーブイの「おや」も登録されているトレーナーIDも
トレーナーカードを得る為に一応コトブキシティのトレーナーズスクールに通っていたんだけど……色々あって、ある日ヒサメが自分の意思でスクールに自主退学を申し出て帰って来たのであった。これに関してヒサメには非があったどころかむしろ被害者だったので、誰も何も言えなかった。まぁそれからナナカマド博士のところに行くようになったんだけど。
チラリと博士の方を見るとこちらも険しい、しかし若干 申し訳なさそうな顔で俯いている。
「研究所では簡易的な検査しかできない。故に一度クロガネ病院で診てもらいたい。そして願わくば、チルットのその後についてご家族で話し合ってもらいたいと思っている」
「話し合えと簡単に言いますが、目の見えないポケモンの保護活動がどれ程 困難かおわかりですか?」
え、そういう話だったんだ……? いやどういう話のつもりで聞いてたのかって言われると困るんだけど。
いやそんな呑気にしている場合じゃない。剣吞な雰囲気になるとそれを感じ取って、不安になったチルットの爆音りんしょうが来るかもしれない。声をかけようとした瞬間ドアの開く音が聞こえた。そして音に反応したチルットが使ったコットンガードでまた綿毛に埋もれた。
「お待ちくださいお二方! 言わんとしている事はゴルーグですので十二分に理解できますが、ここはどうか落ち着いて!!」
「ゴルーグ……ってお前何してんだァーーー!!!」
「お前が落ち着け!!それ以上入ってくんなドアと建物の両方から悲鳴が聞こえる!!!」
突如 無理矢理、いや強引に室内に入って来たゴルーグをシュウと協力して押し出し、何とかドアと研究所を救出する。危なかった……危うく研究所の
しかしゴルーグは何か言いたそうで、指でドアを押さえたまま外からこちらを覗き込んでくる。
「ここはまず、引き取り手になれないとは言え、保護したヒサメさんのご意見を伺うべきではないでしょうか?」
「……まぁ、それは確かに。普段から野生のポケモン同士の諍いに手出すなって言ってたのに今回の事が起きた訳だし……」
ポケモントレーナーの原則として生態系保護の為に野生のポケモンの、所謂 弱肉強食と言わんばかりの捕食行為の妨害や捕獲もしないのに餌付けするだとか、そういう事は禁止されている。何か罰則がある訳ではないけどね。私にも野生だけど友達ってポケモン何匹かいるし。
まだトレーナーではないけどイーブイがいるからには将来的にそうなると見越して、ヒサメにもその様に言い付けていた。 ……うっすら性格的に無視できないだろうなぁとは思ってたけど。特に捕食行為に関しては。
綿毛まみれで机の上のチルットをじっと見ているヒサメに声をかけると、小さく「だって」と聞こえてきた。
「だって、チルちゃんずっとパパちゃんとママちゃん探してるよ。チルちゃんのパパちゃんとママちゃんも、チルちゃんのことぜったい探してるもん。ヒサも探して、チルちゃんお家にただいまってしてあげたい」
博士と助手さんがこちらを見る。私とシュウは慣れてるけど、2人はヒサメ語がいまいち理解できなかったらしい。わかる。
「えー要するに、ヒサメ曰くチルットはずっと家族を探しているみたいです。なのでヒサメもチルットの親ないし家族を見つけて野生に還したい、という事らしいです。
……私もその方が良いと思います。野生下であれば群れの足を引っ張る可能性がある、目の見えない個体など捨て置かれるのが当たり前です。それなのにチルットはりんしょうで仲間を探したり、コットンガードで自分を守る術を身に付けていました。コットンガードは兎も角、りんしょうの使い方は自発的に覚えたとは考えにくい。教えた仲間や親がいたんじゃないかと思うんです」
「りんしょう? そんな事できるのかこいつ」
「うん、さっきやってた。チルットはほぼ反射的にコットンガード使ってる上にかなり分厚く防御してるから、親兄弟に相当 教え込まれたんだと思う。 ……傷付いてほしくないから、それくらい大事にしてたって事でしょ。
幸い私もヒサメも野生のポケモンにコンタクト取れるし、チルットの家族なんて『チルタリス』以外ありえないし、探せない事もないと思う。野生に還すのを前提に、一旦連れて行こうよ」
いつもの倍以上の皺を眉間に寄せてシュウは腕を組む。まぁ無茶苦茶 言ってるのは自覚してるしヒサメにチルットの面倒を見るのは無理がある、というか無理だろう。トレーナーじゃないから仕方ないとは言ってもイーブイでさえ制御できてないし……良くも悪くもヒサメは思考がポケモンと同レベルだし。
最終的にチルットのサポートないし面倒見るのは私になるだろう。覚悟はできている……!!
「───それで、結局チルットはロウちゃんが引き取る事になったんだ?」
「はい、シュウは1回『持ち帰って検討します』ってその場では言ったんですけど、まぁ、多数決でそういう風に決まりました」
「そっかぁよかったね。よかったのかな?」なんて笑いながら、ヒョウタさんはゴルーグの頭の周りを飛んでいるチルット……と、それを追い掛けて走り回るヒサメとイーブイを見る。その後ろには「危ないから止まれ」と言いたげに、というかまさにそう鳴きながら2人を追い掛けるルカリオとブラッキーが。子守りって大変だなぁ。
保護者の方と話し合いをと、ナナカマド博士はそう言っていたが私達にとって「保護者」とは養母とシュウだけに収まらず。結果的に病院に勤めている看護師さんや院長を交えて多数決した結果、そうなった。シュウは最後まで反対していたけれど、大方私と同じ事を考えていたから反対したんだろう。気持ちはわかる。
「ところで……あの子の目はどういう状態だったの?」
「病院で検査をお願いしてみたんですけど、弱視とかではなく全盲の可能性が高いそうです。 ……チルットの様子から見て先天性じゃないかって」
「確かに見えていないにしては、旋回しているだけだけど今も迷いなく飛んでいるもんね。後天性だったらもっと……あれ、でも降りる時はどうするんだろう?」
「ああそれは、ちょっと荒っぽいんですけど、チルットー コットンガード!」
「チルッ」と一声あげて体の4倍か5倍くらいまで羽毛が膨れ、とんでもない速度で大きな毛玉と化すチルット。通常のチルットなら飛びながらコットンガードを使える筈だけど、このチルットは飛行能力を犠牲にする形で羽毛をしまい込み、防御力を更に上げているらしい。なので毛玉は当然の如く重力に従って落下してきた。
ヒサメを庇おうとしたルカリオの頭に
「ぢっ、ちるっ、ちるるるるるるるるる」
「はいっ……ほら、地面だよチルット。
こんな感じで、離陸はできるし鳴き声を反響させて、ある程度なら障害物への衝突も自力で回避できるみたいなんですけど、着陸だけはこうしないと無理みたいで……」
「着陸っていうか不時着だね……」
「まぁチルットを受け止める相手がいないと無理な芸当ですけど、降りる場所の安全をチルットが確保するより、これが安牌だったんじゃないかなぁと」
あれ、自分で言っておいて何だけど、要するに不時着体勢を取ったチルットを "受け止められる" 仲間がいた、ってことか? いやでもチルタリスでも飛びながら背中で受け止めれば……あの毛玉状態だと風で落ちそうだな。やっぱり手でしっかりとキャッチできるポケモンが一緒にいたのか??
考え事をしている視界の端でヒサメ達がこっちにやって来た。私に地面に降ろされた後そのまま ちるちるしていたチルットを抱き上げて、何のつもりかヒョウタさんに見せびらかしている。
「でもやっぱりロウちゃんはすごいね。こんな短期間でチルットに技の指示をできる様にするなんて」
「いやぁ~でもその子、不思議な事にまだヒサメしか認識してないというか、周りにいる人間の中でヒサメだけ区別できてるみたいなんですよ。だからチルットにとって私は、多分どっかから指示 出してくる人間Aでしか、あ、」
ふと顔を動かすと、今まさにチルットに指を近づけているヒョウタさんの姿が。制止の声をかける間もなく視界が綿毛に埋もれた。
「……すいません、チルットは身の危険を感じるとかそういうのじゃなく、本当に反射的にコットンガード使うので不用意に近づくとこうなるんです。すいません、本当にすいません……」
「ううん大丈夫だよ。僕がチルットを驚かせちゃったから……
あれ、ヒサメちゃん、チルットは?」
「んえ? ……うーちゃん!チルちゃん(綿に)落としちゃった!!」
「ホアァ!? ちゃんと抱っこしてなさいっていつも言ってるでしょおぉ!!?」
「ロウさん 綿毛が広がっています!恐らくですがチルットさん綿毛の中で移動してますね!?」
「なんでこういう時に限って活発なのこいつ!? 待ってブラッキーとイーブイも綿の中に紛れてどこ行ったかわかんないんだけど!! ブラッキー!返事しろー!! ……まずいこれ綿に溺れてるかもしんない」
「綿に溺れるってどういう事!? うわぁ綿が爆発した!?」
こうして私の日常に目の見えないチルットを保護しつつ、この子の家族を探すというタスクが増えた。でも既に心が折れそうだ。コットンガードってこんなになる技だったかなぁ本当に。
ゴルーグにその場から絶対に動くなと言い付け、私達はチルットとブラッキーとイーブイを探す為に綿の海を漁り始めた。
「ブイちゃん見つけたー!」
「マジで?これで1匹ってそれガーディじゃん!イーブイじゃないじゃん!!字面しかあってないじゃん!!
……いや待って誰だそいつ!!どこのガーディ!?」
「この感触、ロウちゃんブラッキーが……ごめんニャルマーだった。なんでニャルマーが綿の中にいるんだ??」
「まずいですロウさん、野生のポケモン達が魅惑のモフモフに吸い込まれてきます!!ああっまた
「クソーーー!!チルットをボールに入れられないの歯痒いなぁーーーーー!!!ブラッキーーー!!どこだぁぁぁぁぁぁ!!!」