様子のおかしい叔父さんのゴルーグと私と朝と夜

【真夜中の!(?)ポケモンお悩み相談室】

なんだろう、顔の前、いや鼻の頭が暑い。違う熱い。熱さはだんだんと降りてきて顔全体が焼かれている様に熱くなってくる。普通にベッドで寝ていたはずなのに何故。寝ている間に新しい拷問を受けている?何故なにゆえ??
熱さに耐え兼ねて、しかし熱さを堪えながら瞼を持ち上げると───黄色い光が2つ、目の前に。

「ゔお゙っ……!!!!!
……ビッッッッックリした、真面目に死んだかと思った……シャンデラか……」

「ン」

トレーナーを叩き、いや熱し起こしたというのに悪びれる様子もなく くるりと回る。いやでもシャンデラは意味もなく突然 夜中に起こしたりする様な子ではない。何か理由があってこんな事したんだろう。
ちなみに意味も悪意もなく、ただただ寝相が悪くて安眠妨害をしてくるのはバクフーンとかが該当する。

「シャンデラ?どうしたの、何かあった?」

「ン、ンッンッ」

ゆらゆら揺れながら浮遊して、クッションの上で丸まっているピカチュウの真上で鳴きながら軽く体を揺すって見せた。ピカチュウに何かあったの?
ベッドから降りて覗き込んでみる。と、魘されているのかぎゅっと身を硬くして静電気を発している。尻尾の先まで丸め込んでる……相当 酷い夢を見ているみたいだ。刺す様な静電気を耐えつつピカチュウを撫でながら、部屋を見渡してみる。

「……? なんか、みんな魘されてない……?」

「ンー……」

ようやく頭と目が冴えてきた。ボールから出て部屋で寝ているポケモンが全員、眠りながら苦しそうな声をあげている。それぞれピカチュウと同じ様に丸まっていたり、身体を掻き毟ったり、歯を食いしばったり、見ているこっちが苦しくなってくるぐらい酷い光景だ。

「っ、シャンデラ、外にいる子を照らして」

窓を開けて指示を出せば「まかせろー」と言わんばかりにシャンデラが、あくまでも優雅に飛んで行ってくれる。その炎で照らしてみると、庭で寝ていたボスゴドラやラプラス、シュウのドサイドンにアーマルドまで魘されているのがわかった。

「やっぱりみんな魘されてる……なんで……って、んん?」

ただ1体、無言というか無音の奴が。ゴルーグだ。普段 光っている筈の顔や体のラインが消えて、足を格納しているのか胴体と腕だけでマジで庭のオブジェみたいになっている。
ポケモンの生態に関して、中には『生命活動に睡眠が必要ない』というポケモンもいる。食事の代わりに、人間やポケモンの生命エネルギーを奪ったりするゴーストタイプが主に当てはまり、彼らにとって睡眠は『する事なくて暇だから寝とくか』程度のもの、らしい。要するにパソコンのスリープモードに近いみたいで、睡眠は "生命活動の維持" ではなく "体力温存の手段" でしかない。勿論ゴーストタイプだけに適用される訳ではなく、他のタイプでそういう生態のポケモンも存在する。技としての "ねむる" もあるので、ポケモンにとっての睡眠は色々意味があるみたいだ。
私を熱し起こしたシャンデラも、今日は寝る気分じゃなかったから起きてて、この事態に気づいたんだろう。ゴルーグもゴーストタイプだし、ていうかそもそも "ゴーレムポケモン" だから今の状態は正にスリープモード的なもので、厳密には "眠ってない" んだろう。

「ゴルーグ。いや違う、こういう時に言うのはえぇっと……
"起きろ、ゴルーグ" !」

以前シュウから教わった、沈黙状態のゴルーグを起こす為の言葉を口にする。その瞬間、ゴルーグの体のラインが光を放ち、蒸気らしきものをブシューっと一気に噴き出して機械音が聞こえてきた。やっぱこいつポケモンじゃない気がしてきたな、生物の目覚め方じゃないんよ。

「ギギギ ゴオオオ
……ロウさん?どうされましたこんな時間に。夜明けまでまだかなりありますが??」

「おお、よしよし起きた。ゴルーグは何ともない感じ?」

「何とも、と言いますと……?」

「周り見てよ、みんな魘されてるんだ!こんなのおかしいでしょ!」

「魘されて……?むむ、これは……何という事でしょう。ロウさんの仰る通り皆さん一様に苦悶の表情で眠っていらっしゃいます!これは事件の香りが致しますよ。ゴルーグですので鼻はありませんが嗅覚器官はありますので、ええゴルーグですので!」

「今そういうのいいから」

頭を動かして周囲を見渡し、手の届くところにいたアーマルドを指でつつくゴルーグ。つつかれたアーマルドは硬い背中で自分を守るみたいに "ごめん寝" の姿勢でぎゅっと縮こまってしまった。何してんの。
不意に、ドアがノックされた。というよりドアに何かがぶつかって来た音が聞こえる。

「びびび、ばばばび……」

「……その声、もしや我が叔父のポケモン、ジバコイルではないか?」

窓から離れて部屋のドアを開ければライコウ、ではなく予想通りシュウのジバコイルがいた。そうか、ジバコイルも睡眠がそれ程 必要ないから起きてたのか。3つの目が(まぁ動いてないけど気持ち的に)不安げに私を見て、背後に回り込んで背中をぐいぐい押してくる。どうやら何処かに来てほしいみたいだ。ジバコイルはシュウが寝室として使ってる客間にいた筈だ。何となく、これも予想がつく。
ジバコイルが何とか開けてそのままにしてきたと思われる客間のドアから中へ侵入する。ベッドから若干足がはみ出ているシュウを発見、したはいいけど、呻き声みたいなものが聞こえる。

「ちょっと、まさかシュウまで魘されてんの?!」

ポケモン達と同じ様に魘されているらしいシュウがシーツを握りしめて眠っていた。かなり苦しそうだ。枕元にオクタンがいて生臭くないのかなとか、というかオクタンからベッドに登ってきてるんだろうなとか、そんな関係のない事ばかりに目が行くがそうでなく。……いや待ってオクタンも魘されてるほっといたらダメだ。

「うーん、揺すっても起きない……仕方ない、ジバコイル、シュウにでんじは!」
「バァッ!?」

「早く!シュウが苦しんだままでいいの!?」

良心に揺さぶりをかけるという最低な手法でジバコイルに指示を出す。躊躇いつつもシュウの身体に磁石ユニットをくっつけて、バチリと。

「い゙っ!? ……なん、だ、ジバコイル……?」

「ば、ばばば……」

「私が頼んだ。シュウ、大丈夫?すごい魘されてたけど……」

「……ああ、さっきのは夢だったのか。そうか、そうか……」

物凄い溜め息を吐いてから起き上がるシュウ。すごい汗、よっぽど酷い夢を見ていたみたいだ。

「なんか変なんだよ、私もシャンデラに起こされて、周り見たらみんな魘されてて……あっほら!オクタンも!」

「……ジバコイル、俺にやったみたいにオクタンも起こしてやってくれ」

「ババッ」

気のせいだろうか、シュウにやったでんじはよりも強めに見えたけどオクタンは無事に目を覚ました。ぎゅみぎゅみ文句を言うオクタンを腕に抱えて、シュウはベッドから降りてくる。

「みんなって、庭で寝てるアーマルドとドサイドンもか?ゴルーグはどうだ」

「ゴルーグはスリープモードになってたけど大丈夫そうだった。ジバコイルも起きてたっぽいし。でも寝てる子は……」

「そうか……とりあえず俺はこのまま朝まで起きてる、徹夜は慣れてるしな。
ロウ、こいつら連れてドサイドンとアーマルドを起こしてやってくれ。一旦起こした方が良いだろう」

それもそうか。魘されているままにしておくよりは多少手荒でも起こしてあげた方がその子の為か。シュウの言う通りにジバコイルとオクタンを連れて庭へ向かう。途中で、廊下に転がって魘されていたプラスルとパチリスとムーランドを叩き起こして事情を説明する。パチリスは最後までわかってなかったけど。

「おお、ロウさんお戻りですか。私のゴルーグ・アイとドンカラスさんとで周辺の様子を探ってみたのですが、家の周りはおろかクロガネシティにいるポケモン達は確認できる限り全員 魘されている様です」

「ゴルーグ・アイって何??
えっ嘘、うちだけじゃないの!?シティ全体!?ほんとに?!」

「ごあ、ガァー、カァ」

夜行性だからドンカラスも起きてて無事だったみたいだ。ゴルーグの肩に留まっていたけれど、降りてきて状況を伝えてくれる。
なるほど、ヤミカラス達にも見回らせたら、見事にクロガネシティとその周辺のポケモンだけが魘されていると。ハクタイシティやコトブキシティは何ともない。マジで??

「ガァ、ガァー」

「家の中にいるから人の様子はわからなかった?それは仕方ない。でもシュウの様子を見る限り多分……はぁ、なんてこった……とりあえず、みんなを起こそう。それぐらいしかできない」

「畏まりました。手分けしてお目覚めのお手伝いを致しましょう」

戻って来たシャンデラとドンカラスの背にプラスルとパチリスを、ゴルーグの手にムーランドを乗せる。窓から部屋に入って、寝ている連中を起こしてもらおう。寝ぼけたラプラスにハイドロポンプをぶちかまされるゴルーグを見ながらふと、反射的に持ってきたボールホルダーを腰から外す。
私のボールホルダーはちょっと特殊で、ホルダーと言うより "小型転送装置" と言っても過言ではない。なんとポケモン預かりシステムと直結してるのだ。直結とは言え事前にパソコンで設定したポケモンしか気軽に取り出せないので、やっぱり制限はあるけども。預かりシステムの創設者とちょっとした繋がりがあるので、「こういうの作れないの?」「なんやこれーこんなんできたら世紀の大発明レベルやで」「じゃあやっぱ無理かー」「無理とは言ってないやんちょっとその紙 貸してみ!ロウお前 意外と字汚いんやなぁ」というやり取りの元で "試作品" という形で作り出された。字は練習しようと思った。それは兎も角、

「……ボールに入ってる子は何ともなさそうだ。なんで?」

試しに今日は珍しくボールで寝ていたエンペルトの様子を見てみるが、ぐっすりと眠っている。同じくルカリオもトドゼルガも、バシャーモやゼブライカも安眠の様だ。ボールの外に出ているポケモンだけ魘されている??システムの中にいるから無事、なんだろうか。
色々考えてみたけれど答えは出ず。眠っていたポケモン達を片っ端から叩き起こして、私の部屋にいた子は窓から身を乗り出してもらってモンスターボールへ戻す、この作業に1時間くらいかかってしまった。特にボスゴドラは怖い夢を見たらしくて、愚図って暴れてゴルーグがボコボコにされて、兎も角 骨が折れた。労わってくれているのか、珍しくドンカラスの羽毛に埋まっても文句を言われない。

「終わった……これで全部か……結構みんな外で寝たいんだな……」

「ンッンー」

「ガァー、カァ―」

「お疲れ様でしたロウさん。夜明けまでまだ時間がありますが、少しおやすみください」

「そうさせてもらう……」

そう、今はまだド深夜だ。シャンデラに起こされたのもあって流石に眠気が襲ってきた。部屋に戻る気力も出ず、ドンカラスの羽毛が暖かくて庭でそのまま眠ってしまった。



「……そういえば、シャンデラさん。あまりにも普段通りだったので忘れていましたが、ロウさんは魘されていたのですか?」

「……ウウン」

「普通だった??ロウさんだけがなんともなかったと……?」



目を覚ますと見慣れた天井があった。多分ゴルーグが部屋の窓まで持ち上げて、シャンデラがサイコキネシスでベッドに乗せてくれた、のかもしれない。そしてドンカラスは気紛れで羽毛布団になってくれていた。道理で腹が重いわけだよ。

「姐さん、姐さん起きて。私が起きたから起きて」

「ごあぁ……」

ドンカラスは夜行性、だから朝は寝ぼけている。困ったもんだ。でも昨夜の様に魘されていないだけましか。ドンカラスを何とか腹の上から退かしてベッドを譲り、自分は部屋から出ていく。
リビングへ降りると、シュウとオクタンがソファーの上でうたた寝していた。オクタンは結局ボールに戻らずシュウの徹夜に付き合ったのか。何という胆力、愛のなせる技か(これを言うとシュウは怒る)

「おはようございます、ロウさん。よく休めましたか?」

「あ、ゴルーグ。おかげさまで何とかね。1回 起きてしまえば平気なのかな」

窓から覗き込んできたので庭へ降りて、ゴルーグの元へ。あれ、アーマルドが水浴びしてる。ゴルーグに聞けば朝になった途端、自らボールから出てきたらしい。魘されてたのに元気だねあいつ……

「あれ、ロウちゃん?今日は早いんだね」

不意にかけられた声に心臓がまろび出そうになる。ゆっくり家の、庭の入り口の方を見れば案の定ヒョウタさんが、あれ?なんか既に疲れてる??あまりに顔色が良くないので緊張が吹っ飛んで、ついでに自分が寝起きのままという事も忘れてヒョウタさんの方へ近寄る。

「ヒョウタさん、おはようございます。顔色悪いですけど、大丈夫ですか?」

「うん……昨日あんまり寝付きが良くなくて」

「あの、もしかして魘されたりとかしました……?」
「えぇっなんでわかるの!?
……実は昨日すごく嫌な夢を見て、何度か目を覚ましたんだけど寝付く度に同じ様な夢を見てね……仕事までまだ時間あるけど、気分転換に散歩しに出てきたんだ。ズガイドスも僕と同じで魘されてたみたいで、おかげで朝から機嫌が悪くて大変だったよ」

寝付く度に?ってつまり1回起きても寝てしまえば魘されるって事??私は何ともなかったけど……
苦笑いを浮かべるヒョウタさんはちょっとしんどそうだ。いつもの元気がなくて目元に隈ができてる、顔色も悪いし……ちょっと弱ってる姿も素敵……

「ロウさんロウさん、思考が不穏な方向に向かっていませんか?」

「ハァッ!!!!!そん、な、疚しい事なんか考えてないし!!!!??
……あの、ヒョウタさんさえ良ければ朝ご飯食べていきませんか?簡単なものしかできないんですけど」

「えっ良いの? ……1人だと食欲が湧いてこないから、申し訳ないけどお言葉に甘えようかな」

立ち話が聞こえたのかシュウも起きたらしく、事情を説明してヒョウタさんを家へ、というところでゴルーグに何故か呼び止められた。

「何、ヒョウタさんいるんだから手短にしてよ」

「勿論です。時にロウさん、寝起きのままヒョウタさんとお話しされていましたが、よろしいのですか?幸いにも寝癖は見当たりませんが……」

「───」

朝一で響いた私の悲鳴は、クロガネゲートまで響いた(らしい)。





キング・クリムゾンさせて頂きあっという間にその日の夜。朝からヒョウタさんに会えた喜びと寝起きを見られた絶望に同時に打ちひしがれていた。と、不意に昨日の深夜を思い出す。

「やっぱり、昨日のあれ変だったよね」

「ンー」

朝ご飯の後に身体を動かしたいと建前にヒョウタさんについて外に出たけど、会う人全員「寝不足です」と言わんばかりの顔色だった。病院に行ってみても看護師さん達も患者さん達も、ポケモン達もどんよりとしていた。クロガネシティ全体の雰囲気がいつもより落ち込んでいるのが肌で解る程に。

「クロガネシティとその周辺の人やポケモン達だけが全員 魘されるってどういう現象……? "あくむ(※)" だとしてもシティ全体にかけるなんて不可能だし」
(※眠り状態の相手に悪夢をみせて毎ターン少しずつHPを減らしていく技)

「ロウさん、その事でお客様がいらしてますよ」

「窓から話しかけてくるのがもうデフォルトになってんじゃん。
ていうか何て言った、お客様??こんな時間に?」

器用に窓開けたゴルーグの手に乗ってそのまま庭へ降ろしてもらう。後ろからシャンデラもゆらゆらしながらついてきた。「あちらにいらっしゃいます」と大きな指の先を見てみると、庭の隅っこになんかいる。
黒い体に人間の髪の様に靡く白い頭部、そのコントラストに映える赤い首元。こちらの足音に気付いたのかゆっくりと振り返るそのポケモンは、

「ダークライじゃね?????」

「ンンー?」

「あ、はい、ダークライです。こんばんは」
「シャベッタァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!!!!!!!!!!!!」
「落ち着いてくださいロウさん!ダークライさんは私の様にテレパシーで喋っているのです!」
「いやその前になんで家の庭に幻のポケモンがいるんだよぉ!!!」

以前ミオ図書館で読み漁った本の記憶が蘇ってくる。人やポケモンを深い眠りに誘い、悪夢を見せる力を持つ幻のポケモン『ダークライ』 。聞いていた特徴と合致するというか、今まさに本ポケがそう名乗った。なんでそんな奴が当たり前の様に我が家の庭にいるんだ。確かにここは、野生のポケモンも我が物顔で出入りするみんなの庭ですけど、クロガネシティなので場所をお間違えでは……

「夜分遅くに申し訳ありません。こちらつまらないものですがどうぞお納めください。友達に人に渡す手土産はこれが良いと伺ったので、選びましたがお口に合うか……あ、ショウミキゲン?は問題ないとは思いますので!」

「えぇ……このダークライすごい律儀で謙虚なんだけど……じゃあまぁ、ありがたく頂戴します…… あ、森の羊羹だこれ。どうやって手に入れた??」

ポケモンに手土産として森の羊羹貰ってしまった……こんな経験する人間 私以外にいるのか。多分後にも先にもいない気がする。賞味期限は確かに大丈夫そうなのでここはとりあえず貰っておこう。

「で、えーっと、幻のポケモンが家に何の用?」

「こちらにポケモンの悩みを聞いてくれる人がいると風の噂で聞きまして。こんな時間にお尋ねするのは失礼だとわかっているのですが、昼間に出歩くとどうしても目立ちますので、不躾ながらそちらのゴルーグさんにお目通しをお願いした次第です」

「お願いされました。ちなみポケモンのお悩み相談をしているのはこちらのロウさんです。」

「なんと!貴方様がそうでしたか。これは大変 失礼致しました」

「いや、別にいいけど……お悩み相談もポケモンの方から来るから、好き好んでやってるわけじゃないし……えっ、つまり、ダークライはお悩み相談に来たってこと?」

幻のポケモンにも悩みとかあるんだ。いやあるだろうけど人に相談するんか。それでいいのか幻のポケモンなのに……ていうかこのダークライほんとにすごい律儀で謙虚だ。
何となく話が長くなりそうな気配を感じる、ゴルーグに頼んで庭用のテーブルと椅子を運んできてもらおう。あとついでだしポケモンも飲めるお茶も淹れちゃおう。椅子を使うのか一瞬悩んだが、ダークライはペコペコと頭を下げながら椅子に腰かけ(?)お茶を受け取ってくれた。本当に謙虚だ……

「それで、ここまで来たので聞きますけどお悩みってのは?」

「ありがとうございます。実は私にもどうしてそうなったのかよくわからないのですが……
───どうしてダークライはいつも何かと戦わされているのでしょうか?」






「…… ………… ………………ごめん、それは、私には解決できない。話の、いや問題の大本が深すぎる」

「なんと……」

お前はなんでその構文を知ってるんだ。どこの何で知ったんだ。ダークライの発言が面白かったのか、テーブルの上で明かりになってくれていたシャンデラがくるくる回り出した。火の粉落ちてきてアッツゥ。
思わずはっきり断ってしまったせいか、ダークライはしょんぼりと肩(?)を落とす。ごめんでもそれは本当に、私にはどうにもできない。メタ発言してしまえばただの二次創作に百科事典で記事を書かれる程に大きくなったネットミームを抑え込む力はどうしたって持てない……

「まぁ、何て言うか、文句を言うならアラモスタウンにいる同族に、って感じかな」

「ああ彼すごいですよねぇ、まさか伝説のポケモン相手にあそこまで大立ち回りをするなんて。私にはとても真似できませんよぉ」
「知り合いなんだ?????」

「知り合い、と言うより顔見知り程度ですね……ご存じの通り私達ダークライは "ナイトメア(※)" を持っていますので、普段は私も住処にしている "しんげつじま" から極力出ないようにしていますから」
(※ダークライが持つ特性。ゲーム的に言うと毎ターン「ねむり」状態の相手のHPを、最大値の1/8減らす。ここでは眠っている相手に悪夢を見せてしまう制御不能の能力として扱います)

やっぱりしんげつじまに住んでるんだこのダークライ……ん?待って、ナイトメア、そうダークライの特性は眠っている人やポケモンに悪夢を見せるナイトメア。

「昨日シティの人達が魘されてたのお前のせいかァーーーー!!!!!」
「えぇ!!?今!?今それに気づいたのですかロウさん!?」

「あまりにも自然に会話を交わしたせいで忘れてしまっていた!!今すぐ出てけ!!すぐに出てけ!!ヒョウタさんの安眠の為に!!!」

「あ、重要なのはそこなのですね」

当たり前やろがい!!!好きな人が今も苦しんでいるとか耐えられん元凶を追い出さねば。わざわざ悩みを相談したくて来たポケモンを追い返すのもちょっと気が引けるけど!!
しかし当のダークライは不思議そうに首を傾げて、ゴルーグに制されながらも立ち上がった私を見上げてきた。

「そういえば、何故ロウさんには私のナイトメアが効いていないのでしょうか?何か特殊な、人の作る薬とか飲まれてます??」

「え?何も服用してないよ、なんで?」

「いえ……ご存じかと思うのですが、ナイトメアは人やポケモンを深い眠りに誘い悪夢を見せてしまいます。なので、私───ダークライが近くにいるだけで、個体差はあると思いますが人はちょっと眠くなってくる筈なんですよ。
しかし、ロウさんは見たところ物凄く元気でいらっしゃいますので、何か眠らない為に対策しているのかと思いまして」

そうなの!?そんな複合能力みたいなのあったんだ……いやでもダークライがいるなんて思わないし、そんな対策してないけど。

「ンーンゥンゥー、ンンーン」

「え、『昨日の夜も私が起こすまでロウは普通にぐっすり寝てた』?マジで??」

「変ですね。眠っていればどんな相手でも関係なく無差別に悪夢を見せてしまうのがナイトメアなのですが……」

若干恐ろしい事を言っている気がするけどまぁいいか。ボールホルダーに入っている子達も無事だったと一応言えば「システム内は別空間の様なものだからナイトメアの効果が及ばなかったのかもしれない」と。なるほど、普通のボールホルダーならモンスターボールに入っていてもポケモンの特性の効果が出るけど、私のホルダーはシステム直結型だから向こう側は所謂 "電脳空間" だしシステム内で特性が発動する訳がない。だから無事だったと。

「じゃあなんで私は何ともなかったの……?????」

「わかりません……」
「嫌ァーーーーー!!!なんか怖い!怖くなってきた!!」

「おっ落ち着いてください!確かに、私もナイトメアが効かないなんて初めてですが、こういう例外には必ず何らかの理由がある筈です!本当に、何かお心当たりはありませんか?」

ダークライに諭されてしまった。しかも紛れもない正論だ、ちょっと落ち着こう。深呼吸深呼吸。
……落ち着いたところで心当たりは何もなかった。ほんとにわからん。本ポケがここまで動揺してるのを見るに、眠っているのにナイトメアが効かないという例外は本来なら "絶対にあり得ない" んだろう。ダークライの悪夢を打ち破る、防ぐものと言えば……そうだ、『クレセリア』だ。吉夢を見せる力を持っているらしい伝説のポケモン、クレセリア。でも残念ながら私はクレセリアに出会った事すらない。
ただ、ここまで考えてみて1つだけ思い当たった。断定はできないけどできそうなのが "1体" だけいる。ボールホルダーから記念品の様に豪奢で真っ赤なボールを取り出す。

「ゴルーグ」

「はい、何でしょう?」

「今から見るものは絶対誰にも言わないで。シュウはもう知ってるから良いけど、他人には言わないで」

「……畏まりました。命にかけても他言 致しません。ゴルーグですので」

それくらい大袈裟な方が助かる。そういえばシャンデラにも見せるのは初めてだっけ。興味津々と言わんばかりに手の中のボールを覗き込んでくる。とりあえず問い詰める為にも出すか。その場で軽く上に投げればボールが開かれ、中に入っていたポケモンがふわりと宙を舞った。

「これは───『ジラーチ』……!?」

「ジラーチさん……?確か、ダークライさんと同じ幻のポケモンと言われている……?」

「そう、ねがいごとポケモン。1000年の内、7日間しか目覚めない。その代わり出会ったもののどんな願い事も叶えてくれる、幻のポケモン」

1回転しながら大きなあくびをするジラーチ。むにゃむにゃしながらも開いた両目にダークライを映して、いきなり顔を顰めた。

「うわーーー!!?ダークライだ!ダークライだよロウ!!ジラ知ってる、こいつは悪いポケモンだよ早くやっつけなきゃ!!」
「ジラーチその事なんだけど」

「ジラに任せて!!でもタイプ相性悪いからここはもうりゅうせいぐん落とすしか」
「聞いて」

「あい」

後ろから顔を両手で挟んでようやく止まってくれた。正面から見ると酷いことになってる気がするけど仕方ない。手を離すと頭を軽く振ってから私の肩に捕まる様にして、ダークライを睨みつけ始めた。顔が可愛いのであんまり意味はないけど。

「どうしてロウさんが幻のポケモンを……いえそれよりジラーチさんが喋っている事については驚かないのですか?!」

「え、別に……幻のポケモンなら喋れもするかーみたいな感覚だし」
1作目の時はあんなに驚いていらっしゃったのにですか!!?」

「だってゴルーグが喋るとは思わないじゃん……」

私の言葉にシャンデラもジラーチも、ダークライすら頷く。やっぱゴルーグが喋るのはおかしいって。流石に落ち込んだのか膝を抱え始めたゴルーグはとりあえず放置して、まずはジラーチだ。

「あのさジラーチ、人前……いやポケ前で出したのには理由があってさ、聞きたい事があるんだけど」

「なにー?ジラ 何でも答えるよ」

「願いを叶える力で私に何かおまじないとか、変なもの掛けてる?」
「急に眠くなってきちゃったごめん寝るね」
「おいおい、オイオイオイオイオイオイ」

羽衣にくるまって眠ろうとするジラーチ。そうはさせるか貴様。羽衣を無理矢理 引っぺがして、今度は飛んで逃走を図るがシャンデラを嗾け、狼狽えたところを捕まえる。そのリアクションは何かしてるって言ってるようなものじゃん。何かしてるんじゃん。いやだーと羽衣でぺちぺち顔を殴ってくるけど気にしていられない。

「 正 直 に 言 い な さ い 」

「ぢらぁ……何にも、何にもしてないよぉ。ただちょっと、ジラとできるだけ一緒にいてほしいから、病気とかしない様にちょっとだけ、ちょぉっとだけ、お願い、したかも……?」
「どうりでここ数年風邪とか病気とかしないなーと思ったらお前かー!歯医者にすらかかってないんだけど!?
じゃあナイトメアが効かなかったのもジラーチのお願いが……」

「えー!?それは違うよ!ジラがお願いしたのは『ロウが元気で長生きする事』だから、悪夢みたいな "命にすぐ影響が出る訳じゃない" ものには効かないよ! ……多分」

「えっそうなの」

そうなると放っておけば重篤な症状が出てくるけど時間がかかる虫歯も当てはまる気がするんだけど、まぁでも今回の悪夢はダークライによる一過性ものだから効果がないって思った方が良いのかな。つまりジラーチの力による恩恵じゃないって事かーーー疑ってすまんかった。

「ごめんダークライ、ジラーチが原因じゃなかった───」

ダークライの方へ顔を向けると、奴は泣いていた。それはもう、号泣している。

「ゔあ゙ー゙-゙-゙-゙-゙!!?どうしたんだいダークライ!?意図せず韻を踏んでしまったほんとにどうした!!?」

「泣かないでよー!悪いダークライじゃないならジラもいじめたりしないよ!?」

「それはつまり悪いダークライさんだった場合はいじめるのですかジラーチさん?」
「ンンーン」

いきなり泣き出したダークライを何とか全員で宥める。ジラーチは珍しくお気に入りのぬいぐるみを見せて(あくまでも見せるだけで貸しはしないらしい)、シャンデラはぐるぐる回転しながら幻想的な鬼火を出し、何故か "たかいたかい" をしようとしたゴルーグだけは止めておいた。というか全員ボスゴドラが愚図ったり泣いたりした時に使う手段だこれ。
何とか泣き止んだダークライにお茶を差し出して、ようやく落ち着いてきた。

「うっうう……すみません、取り乱してしまって……」

「取り乱してたんだ……そんなに自分以外の幻のポケモンに会えたのが嬉しかったの?」

「いえ、そうではなく」
「なんでよ!ジラだよ!?喜ばないの?!」

「ジラーチさんが、羨ましくて、つい涙が……」

ジラーチが羨ましい?どの辺が??

「実は、ロウさんにご相談したい事がもう1つありまして」

「ああさっきのだけじゃなかったのか。何?」

「先程も申し上げた通り、私は人やポケモンにナイトメアで悪夢を見せない為にしんげつじまで暮らしています。私だけで孤独に、静かに。
ですが……やはり、寂しいんです。とてつもなく」

そこまで口にした途端またもダークライの目から涙が溢れてくる。ゴルーグが大きな手で背中を擦り始める、が、優しさが身に染みているのか逆効果の様だ。
それにしてもだ、さっきの話より解決ができそうで難しい、深刻な悩みじゃないか。なんでこっちを先に言わんかった?言われてもやっぱちょっと困るけど。

「ンンンン、ンゥーンンンン」

「『人に渡す手土産を教えたって言う友達はどうした』? ……あ、さっき言ってたな!森の羊羹 渡す時に友達からどうこうって」

「ああ、『ヨノワール』さんです。ある日しんげつじまにふらっと現れまして、最初は住処を奪いに来たのかと警戒もしたのですが、そういう訳ではないらしく。少し話をすれば分かり合えまして、それ以来 外の事を気紛れに教えてくれるのです。
……しかしヨノワールさんは時折、言語なのか鳴き声なのか私にはわからないのですが、奇妙な音を発して何処かへ行ってしまい、数ヶ月 姿を見せない事が多々あるのです。ナイトメアのせいで海の中すら静かで、ヨノワールさんがいなくなるその期間が寂しすぎて……」

うーんこれはダークライだからこその弊害というか何と言うか。そうか言われてみれば、ナイトメアがあるから海に住んでいる筈のポケモンすら、しんげつじまには近寄らないのか。となれば海を渡るポケモンも島には行かないんだろう。ナイトメアの力を甘く見過ぎてたな……
ヨノワールについては、あのポケモンは "意思があるのかないのかはっきりわかっていない" 上に "霊界から電波を受信して指示に従い人を霊界へ連れていく" 生態を持つから、何処かへ行くというのも霊界からの指示で動いてるんだろう。 ……外の事を教えてるって事は意思はあるのか??

「お友達がいなくなってしまうのはお辛いですねぇ…… おや、そういえばクレセリアさん?とは交流はないのですか?シュウさんからクレセリアさんは吉夢を見せる能力を持ち、ダークライさんが見せる悪夢を防いでくれると教わったのですが」

「ああ確かに。クレセリアはしんげつじまの近くにある "まんげつじま" に住んでるって伝承があるけど、会ったことないの?」

「クレセリアさんとはお会いした事はあります。ですが、彼女は、何と言うか……私が至らない事をしてしまったのか当たりがすごく強くて……正直苦手でして……」

「あぁーいるよねそういう奴。クレセリアって大人しいイメージだったんだけど、実際にはそういうポケモンなのか……」

「いえ、噂ではとても淑やかで温和な方なのだそうです。きっと私が気付かない内に彼女に無礼な真似をしてしまったんでしょう……
この間も偶然お会いできたので、ヨノワールさんと友達になれた事を報告した瞬間 物凄く機嫌が悪くなってしまって、『陰気な友達同士、これでも召し上げっていれば!?』ときのみをぶつけられまして……そのきのみが偶然にも私の好物だったのが幸いとでも言いますか」
「うーん情報が少ないから断定はできないけどツンデレの波動を感じるな」

「ンンンンーングゥン(特別翻訳:ロズレイドと "どうるい" のにおいがする)」

クレセリアは兎も角、彼女に対してダークライが苦手意識を持っている以上こっちが交流を薦めてもしんどいだろうし、そもそもの話ダークライがツンデレを理解しないとクレセリアとの日常的な交流は難しそうだ。となるとやはり、こいつに必要なのは外部との接触、そして交流だろう。それが難しいから本ポケも悩んでるんだよなぁ!!

「いっそ私も、ジラーチさんの様に人の元へ行った方が良いのでしょうか……モンスターボール?に入ればナイトメアも抑えられるのでは……」
「待て早まるな!!幻のポケモンがそんな安易に人に捕まろうとするんじゃない!
……ジラーチは、ある組織に願いを叶える力を悪用されそうになっていたところを、色々あって私が保護したんだ。本来なら二度と同じ事を起こさない為に、人の手が届かない安全なところで放すつもりだった。でもこの子がそれは嫌だといって、そのまま私のポケモンとして今ここにいる。
全部、偶然が重なった結果だ。ジラーチがそういう目に遭った様に、人間は悪い奴もいれば良い奴もいるし、私みたいなどっちつかずの奴だっている。 ……ナイトメアを絶対に悪用せず、嫌悪もしない人間を探すより友達になってくれる奴を探した方が早いと思うぞ」

私の話にダークライは俯いてしまった。
正直に言ってしまえば、ジラーチの "あらゆる願いを叶える力" は魅力的だと思う。その力に縋ってでも叶えたい願いが今の私にないから、思うだけで留まっているのかもしれないし。探すどころかジラーチの存在を公言してしまえば、力に縋り付く人間はうじゃうじゃ出てくるだろう。
きっとダークライも同じだ。好き好んで自ら悪夢を見る人間はいないが、その逆で理由は色々あれど "悪夢を誰かに見せて苦しめたい" 人間は絶対にいる。もしそんな人間がただ寂しいだけのダークライを手にしたら、一番辛い思いをするのは誰なのか明白だ。

「それに、仮に人のポケモンとなったところでナイトメアを封じられる代わりに、モンスターボールからほぼ出られないだろうしな。なんせお前は幻のポケモン、ちょろっと姿を見せただけで大騒ぎだ」

「そうだよージラも、ロウと一緒にいれる代わりに外には出せないって最初から言われてたし。別にいいよって言ったけど」

言ったのに出たいって散々駄々捏ねて、何ならバトルに無理矢理 出た事ありますけどねあなた。ジム戦だったからまだ口止めできたけど、野良バトルで出てこようとした時は流石に後でメガトンパンチ話し合いしたけどね!!

「……!つまりロウさんに捕獲してもらえば良いのでは?」
「名推理みたいな顔しないでもらえる??話聞いてたかお前よぉ」

「ハッ……!」みたいな顔するのやめろお前。何も導き出せてないし何も正しくないんだよ、真実はいつも1つだって頭脳が大人の子供が言ってるのに何で横道にドリフトしてんだお前。

「ダメだよ!!ロウはもういっぱいポケモンがいるんだから定員オーバーだよ!!ていうかもうジラがいるんだから幻のポケモン同じのはいらないよ!!!」

「本来連れ歩けるポケモン6体に対してロウさんは24体連れているので、定員オーバーと言うより上限突破なのでは?」
「ちょっと上手いこと言うのやめーや」

夜中なのに結構騒いでるけど大丈夫だろうか。しまったナイトメアのせいでみんな必要以上に深く眠ってるんだった、今更気になってきたけどある意味ダークライのおかげで命拾いしてる。命拾いはしてるけどダークライのせいでクロガネシティとその周辺は苦しんでいるんだったどうしようこれ。
しかしダークライの孤独問題はどうしたものか。根本的な解決が見つからない、というかわからない。これはもう朝になったらシュウに事情を説明して、何かアドバイスをもらって……いやでもシュウはコミュニケーション能力ないからなぁ。頼るならヒョウタさんだけど、何て言えばいいのやら。思わず空を見上げると消えそうな程に細い、それでも光る三日月が私を見下ろして───

「……ダークライって、"新月の夜に活動する" って図鑑には書かれてたけど、今日 月出てるね?」

「ああ、それはダークライの生態的な話になってくるのですが、 "新月の夜に能力が活性化" するので何か目的があって動こうとすると、必然的に調子の良い新月の夜になってしまうのです。人からはその様に捉えられているみたいですが、本当は新月ではなくとも活動できますし、夜中程 活発には動けませんが昼間も活動できますよ」

ニコニコ笑うダークライはお茶を(どこにあるのかわからんが)口にしながら「太陽光や月の光は少し眩しくて苦手なのですが」と穏やかに答える。
活動は新月の夜に限定してる訳じゃない、昼間も動ける、そして穏やかで謙虚な性格。

「……あのさ、話通してからになるけど、1カ所ちょっと心当たりがあるんだよね」





あれから数日、乗りたいと駄々を捏ねられ仕方なく、ちょっと大きめのパーカーを被せたジラーチを自転車の籠に乗せてサイクリングロードを走る。はしゃぐ声から周りのトレーナーやサイクリングからは、小さいポケモンと思われてるのか微笑ましいものを見る目を向けられる。もしここにいるのがジラーチだとバレたら、物凄い冷や汗が噴き出してくる。が、少し上を飛行しているゴルーグに気付くなり、そっちを指差し驚きの声を上げている。よかった、やっぱりカモフラージュに飛ばしておいて正解だった。
ハクタイシティを通過して205番道路を駆け抜け着いた先はハクタイの森、そこに何故かある森の羊羹───ではなく "森の洋館" 。いあいぎりで斬れそうな小さな木を、ゴルーグの手に乗って避けるという裏技をしてようやく洋館の前に辿り着いた。古びてはいるものの立派なドアを開けて中への様子を伺う。

「おーい、『ゲンガー』いるかねー?」

呼びかければ床にポツリと "影" ができる。そこからヌッと頭を出してきたゲンガーに手を振れば、こっちを認識したらしく軽快な動きで影から飛び出してきた。その割にはポテポテとこちへ歩いてくる。何だったんださっきの動きは。
このゲンガーは森の洋館に住むゴーストタイプのポケモン達のリーダー的な存在で、ついでに私の命の恩人、いや "恩ポケモン" らしい。当時の事は私自身よく覚えてないので、話すのはまたの機会にという事で。

「あれからどうよ、ダークライは」

「ンゲゲ、ゲゲンバァ」

「『事前に約束した通りのスケジュールで遊びに来てる』のね、よしよしやっぱり約束を守る良い奴だ。ジラーチとは大違い」
「ジラも約束守ってるよぉ!?」

たまにワガママで押し通してくるやろがい。
あの夜から次の日、森の洋館ひいてはハクタイの森にダークライが遊びに来てもいいか、森の各所を治めているオヤブン的なポケモンの元へ相談しに行った。さっき言った通り洋館のゲンガーや森というより生い茂る木々を拠点にしているムクバード達の長 『ムクホーク』、その2体の元へ同じく森を拠点にしているヤミカラス達のボスである私のドンカラスを連れて。つまりは事前に話を通しておかないと、非常にめんどくさい事になる奴らに挨拶も兼ねて行ったのだ。
相談の結果として、ダークライは昼間でも問題なく活動できる事、当ポケは至って温厚で大人しくナイトメアを除けば他のポケモンに一切危害は加えないという事、できればあまり日の射さない静かな場所でポケモンと交流させたいという私の希望を伝えた上で「決まった日の昼間になら遊びに来ても良い」と条件付きで承諾を得た。その決まった日は "昼寝ができなくなる" という点でムクバード達がごねそうだと、ムクホークにだいぶ渋られたが。

「げんが、ゲンゲン」

「『森にもすっかり馴染んだみたいだ』って?あ、ダークライいるじゃん。今日だったんだ」

「おやおや、虫タイプの赤ちゃんポケモンにとても懐かれている様ですねぇ。微笑ましい限りです」
「虫に赤ちゃんとかあるの? ボスゴドラもそうだしあるのかなぁ……」

ゲンガーが指差す方を見れば、日陰でケムッソ達に群がられているダークライの姿が。たかいたかいしてあげたり、ケンカを仲裁したり、途中からやって来たミミロルとも交流を持てたのか花をあげたり貰ったりしていて、とても嬉しそうだ。ゲンガー曰く森の洋館のゴースやゴースト達に対しては、技やバトルの特訓に付き合ったりしているらしい。

「ああ、ロウさん!ゴルーグさんにジラーチさんも!ご無沙汰しています」

「お久しぶりですダークライさん。充実した日々をお過ごしの様で私も嬉しくなってしまいます。私もこの体躯ですので、小さなポケモンさんには避けられてしまう事もあるのですが、その分 心を許して頂けると嬉しいものですからね。勝手に親近感を覚えてしまいます、ゴルーグですので、ゴルーグですので!」

「ダークライの背景を考えるとゴルーグの親近感はちょっとズレてるけど、まぁ確かに充実してるみたいで何よりだよ」

「ありがとうございます……!実はゲンガーさんにお願いして、たまにヨノワールさんと一緒に森を訪れているのです。ヨノワールさんもあまり他のポケモンと交流した事がなかったそうで、とても喜んで頂けました」

友達に自分が嬉しかったものを紹介して、その仲介もするとは。すごい良い奴だなダークライ……
ハクタイの森は人通りが少ないとは言え全く人間が来ない訳じゃない。その点に関してはダークライに釘を刺しておいたが、今日まで騒ぎにはなっていないから上手くやっているみたいだ。逆に森のポケモン達にはナイトメアについて教えたし、むしろダークライが来る日は森に住むポケモンにはある程度 事前に通達されてるらしく、その日の昼寝は自己責任という形になっているらしい。 共存できるもんだなぁ。

「ただ、1つまた別の問題が出てきていまして……」

「えっ何、外出の機会が増えたからしんげつじまが乗っ取られたとか?」

そうではないらしい。ダークライは申し訳なさそうな顔で指先(?)をツンツンと合わせながら、思い切ったように話し始めた。

「実は……理由がよくわからないのですが、私がハクタイの森に訪れる様になってからクレセリアさんがずっと不機嫌らしくて、まんげつじまで彼女と共に暮らしているポケモン達から苦情が来ているんです……『クレセリア様のお気持ちをいい加減 察しなさいよ!』と言われたのですが、彼女は私の事を嫌っている筈ですし、むしろ森へ赴いている間は顔を見なくて済むので、そちらの方が彼女は嬉しいのではないかと思うのですが……」

「ジラ知ってる、これ "鈍感" って言うんでしょ」

「んげげげげ、ゲンゲンケケケ?(特別翻訳:そのクレセリアってお嬢さん、ツンデレってやつじゃないか?)」

「すれ違いというやつですね。わかりますともゴルーグですので」

「……ごめん、それは、私には(今のところ)解決できない。むしろ他の女が出たら拗れる」

「なんと……」

ダークライがツンデレを理解するか、クレセリアが素直になるか。解決法はこの2つくらいだけどどっちが早いかな……
思わず空を仰ぐと青白い三日月が私達を、気のせいだろうけどちょっと憎らし気に見下ろしていた。
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