叔父さんのゴルーグの様子がやっぱりおかしい

俺達がシンオウ地方に滞在してしばらく経った。具体的な月日は面倒なので割愛させてほしい。
昨夜の電話越しに聞いた息子の「パパお仕事がんばってね」がまだ耳に残っている。帰りたい。カロスに、家族が待つ家に今すぐ帰りたい。ここも第二の実家みたいなものだが姉弟子様の家であって俺の家ではない。確かに落ち着くのには変わりないが帰りたい。

「ぎゅっ、ぎゅみっぎゅいぃ」

「ああうんそうだなオクタン、早く仕事を終わらせて帰ろうな……犯人の潜伏場所も割れたし昨日狙撃ポイントも確保した。後は本部のゴーサインさえあれば」
「おはようございますシュウさん!本日も端正なお顔立ちが朝日によって煌めいて良い日になりそうですね!もちろん私 ゴルーグも調子は万全、いつでもどこでも全力全開のばくれつパンチを繰り出してシュウさんをお守り致します!ゴルーグですので!ゴルーグですので!!」

「おはようゴルーグ。朝だからな、もっと静かにしてくれ」

「畏まりました。ボリュームを落としますのでオネエ様(※)を構えるのはおやめください」
(※オクタンがシュウの手持ちポケモン達に強要している愛称です)

ボールから出そうにもとても屋内には入れられない大きさだから庭に出しているが、わざわざ窓を開けてまで朝の挨拶をしに来るその律義さ、いったい誰から学んだんだ。こいつに会話能力与えたのは俺だが、ここまでの行動は教えていない。本当に "人語を使って会話する" 事しか教えていないんだ、俺は。誰から何を学んで、いやこれが本来の姿なんだろうか……?

「挨拶という習慣を教えてくださったのは奥様ですよシュウさん」

「なんだと。愛らしいだけじゃなく、喋れる様になったポケモンに挨拶を教えるなんて……流石 俺の嫁だな」

「そうですね」

俺の嫁最高だな……まぁ前からわかっていたが。
とりあえずオクタンを降ろすか。 ……降りてくれない上に、腕から肩に登って来たので仕方なくその状態でぶら下げたままにしておく。
は?いつものあいつはどうしたのかって?ああ、ロウなら

「イ˝ ヤ˝ ア˝ ア˝ ア˝ ア˝ ア˝ ア˝ ア˝ ア˝ ア˝ ア˝ ア˝ 前髪調子悪過ぎなんだけど全っ然直らんこの変なハネだけが異常に直らん無理無理こんなんで外出れない無理ィ˝ ィ˝ ィ˝ ィ˝ ィ˝ ァ˝ ァ˝ ァ˝ ァ˝ ァ˝ ァ˝ ァ˝ ァ˝ !!!!!!!」

現在進行形で鏡の前で発狂している。
朝からよくあんなに声出る……というかよく叫べるなあいつ。普段から何かで声帯が鍛えられているのだろうか、窓の外から心配そうに覗き込むゴルーグが確実に要因の1つだとは思っているが。
前髪の寝癖を気にしている様だが、はっきり言って普段と何が違うのか俺にはさっぱりわからない。念の為 肩にいるオクタンに「何か違うか?」と聞いてみる。 ……やめろ「相変わらず乙女心わかってないのね」と、苦笑いする嫁の表情を真似するな、オスだろお前。

「ロウちゃん大丈夫だよ、今日も最高に可愛いから!!」

「そうそう寝癖なんて気にならないよー!?いつも通り綺麗な金髪と黒髪だよ!!」

「やめてくださいヤヨイさん、ムツさん、そういう慰めいらないです今日ほんと無理!!外出られないマジ無理、無理寄りの無理茶漬けぇ!!!」

何故 家に看護師のヤヨイとムツがいるんだ?一瞬 眉をひそめるがオクタン越しに壁の時計を見る。そうか、もう出ないとまずい時間だから病院からわざわざ家まで来た訳か。大方あいつの差し金だろう。

「もう行かないと怒られちゃうよー?私達も婦長に怒られちゃうよ~」
「イィーン無理ぃ~こんなんじゃ嫌われるー寝癖も直せない女だって幻滅されるってばー!!ヤダァァァァァァ」

遅刻する方が嫌われると思うんだが、そこは気にしないのか。
髪型一つで駄々を捏ねているロウはあんなんだがシンオウ、イッシュ、ホウエン───セキエイに至っては二度もチャンピオンのワタルに挑み、二度勝ってきたトレーナーだ。ポケモントレーナーとしては優秀も優秀、チャンピオンさえ通過点だと思っているような奴だ。もう一度言うがあんなんでもトレーナーとしてはかなり優秀だ、あんなのだが。
その腕を買われてシンオウリーグから直々の依頼で、ポケモンの保護活動やら先日のロケット団の様な小悪党の逮捕等をアルバイト感覚でやっている。もちろん報酬も出るのであいつにとってはそれが主だろう。

「うわーんもうこんな時間だよー!ヤヨイちゃんどうしよー!」

「ムッちゃん……先生とジムリーダーさんは優しいから大丈夫だと思うんだけど、婦長がね……どうしようね、ほんと……」

そして今日はそのバイトの延長線、ここクロガネシティのクロガネジムの手伝いに行く日だ。手伝い自体は他のジムにも何度も行っているしなんて事ないが、ロウにとってクロガネジムは───いや "ジムリーダー" が特別らしい。本人は何故か否定するし、今も直らないらしい寝癖に五体投地でガチ泣きしているが。
そんな話はどうでもいい。このままだとヤヨイ達まで泣き始めるかもしれない、そろそろ助け船出すか。

「ヤヨイ、ムツ、もういい。ロウは俺が何とかしてジムに連れて行くから病院に戻ってくれ」

「えぇっ先生には、何とお伝えすれば……?」

「俺が言った事をそのまま言えばいい、早く戻れ。
……このままだと俺まで何か言われる。特にシワス夫人、いや婦長に。 ……なんであの人、俺にまであれこれ言うんだろうな……」

「シュウさん本音が漏れてます、本音が」

倒れたままのロウを何とか立たせようとする2人を追い払う様に手を振る。しばらく考えた後に、先にヤヨイが吹っ切れたらしい。「すみませんシュウさん、後はよろしくお願いします!!」と叫んで此方の顔色を伺ったままのムツの手を掴んで出て行った。そう、それでいいんだ。

「よろしいんですかシュウさん、私達もそろそろ出ないとまずいですよ?」

「だから力ずくで連れて行くしかないだろう。ほらロウ立て、行くぞ」
「無理だってマジ無理、ほんと無理。あぁぁぁもぉぉぉぉぉなんで今日に限ってこんな……前髪ぃ~!!!」

左右で色の違う横髪を両手で掴んで、今度はゴロゴロと転がり始めた。
今更だが、このさめざめと転がっている姪っ子モドキの髪色は非常に特徴的だ。全体は金髪だが、長く伸ばした後ろ髪の中に黒い髪の毛が混じり、更にその所々にある黒髪は(年寄りの白髪とは違い)集まって束で生えているので、生まれつきメッシュの様になっている。最も、その黒髪が常に見えているのは唯一頭のてっぺんから伸びている横髪の一房、しかも片方だけだ。そこ以外の黒い髪の毛は完全に後ろの中にしか生えていないらしい。
早い話、こいつの地毛は生まれつきツートンカラーという事だ。どんな色素持っているんだこいつは。

「もうほんとやだ……ただでさえ私 好かれる要素1個も無いから、せめて印象だけでも良くしたいのに……こんなんじゃ『ヒョウタ』さんに会えないっ、会いたくないぃ……」

急に動きが止まったかと思えば泣き言を溢してぐすぐすと鼻を啜る音が聞こえ始めた。

「……
…………顔(の見た目から来る印象)はいいぞ」

「知ってるぅ~生まれつき顔が良いのは知˝っ˝て˝る˝ぅ˝~!!」

喧嘩売ってんのか。
顔が良い事を理解しているロウは今度は所謂 "ごめん寝" の姿勢でめそめそと泣き始めた。嗚呼、めんどくさいにも程がある。同じ事を繰り返す様だが、俺にはいつもの髪型と何が違うのかさっぱりわからない。オクタンはわかるらしいんだが、何故わかるんだお前オスだろう。

「うーむわかります、解りますともゴルーグですので」

「……お前に何がわかると言うんだ??」

まさかこいつ以下なのか、俺の理解力は。
表情が変わらない筈のゴルーグはドヤ顔(している様に見える立ち振る舞い)で指を立て、空いた片手で腰に手を当てる。

「ロウさんのお気持ちですよ!私には解りますとも!
今のロウさんは即ち、奥様と久しぶりのデートに行く日の朝の支度をするシュウさんと同じ気持ちですよね!いやぁデートの日のシュウさんは公式試合や仕事よりも気合いが入っていますからね。大変申し訳ないのですがゴルーグですのでヒトの美醜はイマイチよくわかりませんが、シュウさんも髪のセットに1時間は掛けていますし服も念入りに選び、坊っちゃんと弟様に "カッコいいかどうか" を確認してから出られていますからね。しかも寝癖が直らないと出掛ける前に全力で凹んで、オネエ様に発破かけられてようやく立ち直りますからね!まさに今のロウさんと完全完璧、同じです!!」
「そうだな朝だがもう一度 寝ろゴルーグ!オクタン、ハイドロポンプ!!」

「あぁー痛いですぅー!!ゴルーグですのでぇー!!」と、後方から聞こえる断末魔を確認した後、もう一度ロウを……顔を上げてこっちを見上げているがどうした。泣き過ぎで目元が酷い事になっているぞ。

「シュウさぁ……そういうところあるよね。棚上げって言うかさぁ……」

「……喧しい」

皮肉にもゴルーグの無駄話のお蔭で冷静になったらしい。ロウをごめん寝の姿勢から起こして座らせ、適当に……いつもと同じ髪型に結ってやる。結んだ事で後ろ髪の中に生えている黒髪が表に数束出て来た。どういう髪の生え方をしているんだこいつは。
歩かせたらまた途中で五体投地するか逃げ出しそうだな、ドサイドンに運ばせるか。手間のかかる18歳だな本当に……



もう少しでジムが見えてくるところで案の定 ロウが駄々を捏ね始めた。そして俺は仕事に遅れる旨を現場に電話する羽目になった。多少の遅れも見逃してもらえる、仕事上の立場というものはこういう時に便利なものだな……

「ねぇシュウ~ ジムの、ヒョウタさんの様子ちょっと見て来てよ。そしたら自分で行くからさ~……」

「嫌に決まってんだろ。ただでさえ仕事に遅れてるんだぞ俺」

ドサイドンに抱かれたままのロウは相変わらず横髪を片手で掴んで項垂れている。こういう時のロウはいつも髪を掴んでいる。掴むと落ち着くのか、手持ち無沙汰だから掴んでいるのかは、よくわからんが。
不安気なロウを見てドサイドンが何か話しかけてきた。ハイドロポンプぐらいなら受け慣れているから復帰が早いのは助かるな。ゴルーグ、出番だぞ通訳 頼んだ。

「はいはいお任せください。えーっとですね、ドサイドンさんは
「こんな顔させて可哀相じゃない。アンタぁ お願いよ、ちょっとでいいから見てきてあげてよ」
と仰っています。いやぁ流石ドサイドンさん、ロウさんの母(自称)ですね!
という訳で。ささっ、行きましょうシュウさん、チラッと見て来ましょう。チラッと、チラチラっと」

ジェスチャーと裏声(?)でゴルーグが通訳した後、俺の背中を押す。
俺とロウが口論やら喧嘩していてロウが劣勢の場合、俺の手持ちのほとんどはこいつの味方をする。筆頭は勿論ロウを自分の娘だと思っているドサイドンだが、何故かゴルーグやアーマルド、ジバコイルもロウの味方に付きやがる。
確かにオクタンとゴルーグ以外はロウが連れて来て(ドサイドン)、発掘して(アーマルド)、そしてロウについて来た(ジバコイル)結果が俺の手持ちとなった訳だが、お前らは俺を何だと思っているんだ。
赤子の様にあやされるロウ18歳を尻目に、ゴルーグを引き連れ仕方なくジムへ向かう。2mは超えている巨大なポケモンが2匹も人間を抱き抱えたまま道に留まっていたり、街中を闊歩している件については今更なのでツッコむな。

「ったく、なんで俺がここまで……」

「まぁまぁいいじゃありませんかシュウさん、ロウさんも "そういう事" に関しては難しいお年頃なんですよ。ゴルーグですからね、理解できますとも。ゴルーグですから!
……おや、あれは……?」

不意にゴルーグが立ち止まるので視線、視線あるのかこいつ。まぁいい 見ているであろうその先に目を向ける。そこには───ジムの前でズガイドスを抱き抱えたラムパルドに、いや、俯き気味なところを見るとズガイドスを相手に何か話しかけている目標ジムリーダーがいた。……いつも被っている赤いヘルメットがラムパルドの腕にぶら下がっているので特徴が1つ減っているが、ジムの前であの2匹と一緒にいるとなったらこの街のジムリーダー以外いるまい。
それにしてもタイミングが良いのか悪いのか、兎も角 俺の負担を減らす為に早いところロウを引き取ってもらおう。声を掛けようとするが、まだ距離があるせいかどうにもこちらに気付いていないらしい。

「じゃあもう1回やるよ、ズガイドス」

「ずっぎゃ!」

「よし、コホン……
お、おはようロウちゃん!」

「きゃーう(※比較的高い声で鳴いています)」

「きょ、今日もいい天気だねー……
…… "女の子相手に第一声で天気の話をする男はダメ" ってこの間 母さんに言われたな……いや、いいや!別に気にしてる訳じゃないけどね、一応ね」

「きゅう(※メスの鳴き声を意識して鳴いています)」

しまった、余計なものを見てしまったかもしれない。
いやまだわからない。ひょっとしたら気のせいかもしれないし、気のせいだろう、きっと。

「今日も、今日は、いや今日に限らなくてもいいのか。ええっと、元気?
っていやいやいや、元気だからジムの手伝いに来てくれるんだよ!調子悪かったら来てくれないだろうし、来てくれたとしても帰さなきゃジムリーダーとしても大人としてもダメだろ!
……世間話するより、褒めるとか?今日も、か、かわ、かわいい、ねー……とか……」

「……ぎゃおう(※これは素に戻っています)」

「ぐるるぉう?」

「やっぱり知り合い程度の何でもない男に朝から可愛いとか言われたらキモいかな?キモいよね!?
あ˝ぁ˝ーどうしよう……ロウちゃんと何を話せばいいのかな。化石の話はダメって言われたしなぁ……挨拶もまともにできない男と思われたらどうしよう、幻滅されるよね……
でも母さんなら兎も角、正直 父さんにだけは「ロウちゃんに化石の話はするな」とか言われたくなかったな……」

「シュウさんシュウさん、あの赤髪の方、ジムリーダーのヒョウタさんですよね。何か練習してませんか。朝の挨拶的な、女の子との当たり障りのない会話的な。
ヒョウタさんが現在 気にされている方もつい先程似た様な光景を繰り広げていた気がするんですが」

黙ってろゴルーグ、指で俺の肩を叩くな。くっそ気付きたくなかったなぁ気のせいであってほしかったんだが。
何はともあれ、もうめんどくさいのでさっきのは聞かなかった事にしてロウを引き渡そう。頭を抱えてしゃがみ込んでいるヒョウタの背後でわざと足音を立てる。

「ジムリーダーがそんなところで何をしているんだ?」
「ぅわぁっ!?しゅ、シュウさん……おはようございます。
……えっと」

「ああ おはよう。俺達は今しがた着いたんでな、お前の "独り言" ぐらいしか聞いてないさ。トレーナーならポケモンに対して独り言ぐらいは誰でも言うもんだろう」

「そうですよヒョウタさん!私達は特に何も聞いていませんとも!気になっているロウさん女性への挨拶の仕方を練習している姿や声 等まったく聞いていませゴハァッ横からしねんのずつきッ」

ズガイドスを降ろしたラムパルドが構えたのには気付いていたが、ゴルーグの特性はノーガードだからな。指示を出したところで避けないのは目に見えている。こればかりは仕方ない。
というか俺が気遣ってぼかしながら忠告した事を何故わざわざ言ってしまうんだお前は。どうして墓穴ばかり掘るんだ。

「独り言……さっきの、聞こえてたって事ですよね。うわぁ……その、すみません」

「ああうん。(主にゴルーグの言動が)すまん。
まぁ、なんだ、ただの手伝いに来る奴をジムの前で待っているのは奇特な事だが、そういう練習は人目に付かないところでやった方が身の為だぞ」

「シュウさんも経験ありますからね!シュウさんと奥様がまだ恋人同士だった頃に、デートに誘う練習をしていたらよりにもよって奥様ご本人に見られた事があると、オネエ様から伺いました!経験者がそう仰るのですから心に留めておいて損はありませんよヒョウタさん!」
「ズガイドス おいうちだ、やれ!!仕留めろ!!」
「あの、僕のズガイドスなんですけど」

それでも空気を呼んでなのか俺の所有バッチ数の関係か、ズガイドスは主人の足元からすっ飛んで行き、ラムパルドと取っ組み合っているゴルーグに突っ込んでいく。そうして背後から「アァー!!こうかはばつぐんですぅー!!!」と悲鳴が聞こえて来た。

「……お前は何も聞いてない。ゴルーグのテレパシーなんて以ての外だ、いいな?」

「ひゃあぁ、わ、わかりました……(顔怖い……!!)
あ、そういえばロウちゃんはまだご自宅ですか?時間になってもなかなか来なくて心配してたんですが」

「あいつは今朝(前髪が原因で)鏡の前で発狂したんで何とか無力化して今ドサイドンに子守りさせてる見張らせてる
「発狂した!?朝から一体何が、いやそれよりも大丈夫なんですか!?」

間違った事や嘘は言ってないぞ俺は。後は(めんどくさいから)お前に任せたぞという意味を込めてただ黙って肩を叩く。恐らく悪い意味で受け取っているのだろう、どんどんヒョウタの顔が青ざめていく。
笑いを必死に堪えていると地面から僅かな揺れを感じる。これは、ドサイドンの歩き方だな、待ち切れなくなったか?

「シュウ~?ヒョウタさんどんな感じー今何してるー?
ヒェッ、ズガイドスにラムパルドまでいるじゃん何で?!無理近寄れん」

「ここにいるぞ」

「あ、お、おは、おあようロウちゃん!」
「ヴ ァ˝ ァ˝ ァ˝ ァ˝ ァ˝ ァ˝ ヒョウタさん!?ヒョウタさんナンデ外ニイルノ!!?」

身長差のせいで完全に隠れてしまっていたヒョウタに気付かなかったらしい、俺を避けてひょこっと顔を出した途端 奇声を上げてドサイドンの陰に隠れていくロウ。そして本人もロウも気付いていない様だが肝心の挨拶で声が裏返っているヒョウタ。ダメだめんどくさいを通り越して面白くなってきた。

「ンッフ、じゃあ、後頼んだぞヒョウタ。俺は仕事に行くから……フグッ」
「シュウさんなんで笑ってるんですか!?
というか、何かロウちゃん、僕の事を避けている様な……」

「大丈夫だ、あれは時間が経てば吹っ切れて出てくる。
……ああそうだ、今更な様な気もするが、一応聞いておきたいんだが」

はい?と小首を傾げるヒョウタの耳元に合わせて腰を折る。シンオウ人は背が低いな……いや俺がでかいんだろうか。それは兎も角、

「───朝から(結構な声量で)叫んだり髪型一つで駄々捏ねたり、ポケモンを素手で倒したり地下通路で化石やら石やらに呼ばれてるかの様な採掘をしたり……他にも色々あるがあいつで本当に大丈夫な良いのか?」

俺の言葉を頭の中で反芻しているのかきょとんと固まった後、少し落ち着いた色合いの髪よりも赤く染まっていく顔。うーんこれが若さと言うやつなんだろうか、脳裏に一瞬だけ昔の自分が浮かんでくるがすぐに振り払った。俺はこんなに回りくどくなかった、筈だ。

「あの、正直色々初耳なところがあるので何とも言えないんですが、その……」

ゆっくりと赤い顔のまま頷く。
なるほど、そういう事なら俺からはもう何も無い。元より俺にも家庭と仕事があるのでこれ以上他人の色恋やらあれやこれやに口出ししている暇はない。決してロウの将来を案じたとかそういう訳でもない。
ドサイドンを呼ぶと心配そうに、それでもロウを自分から離させて振り切る様にこちらに歩いてくる。永遠の別れじゃないんだからそんな顔するな。対するロウは隠れ蓑が無くなり、やり場のない手を前髪に置いた。まだ気にしていたのか前髪……

「ロウちゃん大丈夫?もしかして頭痛とか?」

「ちぎゃ、違います大丈夫です痛くないです。でもその、前髪、見ないでもらえると……」

「前髪?ああ、今日は少し風が強いよね。髪型崩れてもいつも通りかわ、っ」
「ぇ、かわ、え?」

「か、かわ、あの、えっと、そう! "変わらない" よ、大丈夫!風が強くてもいつもと同じ髪型だよ、全然崩れてないね!」

多分それ返答としては間違えてるぞ。そこは照れずに「可愛い」と言ってやればいいものを……
そう思い少し振り返ると照れくさそうに緩んだ顔で、黒い方の横髪を手で撫でるロウの姿が。おまっお前それでいいのか?前髪もう気にしなくていいのか。そいつ俺と同じ事 言ってるんだぞいいのか?!ああくそ、この空気と雰囲気、嫌になる、なんだか胸焼けしそうだ。嫁の声が聴きたい。
それにしても、口出ししないとは言ったが強いて1つだけ言っても良いと言うのならやはり、

お前ら似た者同士お似合いなんじゃないかもういいから早くくっついてヤれ

「似た者?や、え?シュウさん今なんて言いました?」

「シュウさん逆です逆、台詞建前ルビ本音が逆でしかも重なってます。多重音声みたいになってます」

朝くらい面倒事に巻き込まれず穏やかに仕事に向かわせてくれ……
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