悲しみの先に
その報せは、日本のみならず世界に衝撃と悲しみが広がった。
一国の総理大臣と言う責務を退いたとは言え、現役の政治家。何より、彼がこの日本の政治でやり遂げた功績は、二度の総理大臣や最長の首相と言う事を置いても、凄い政治家である事はまだ子供の私自身にも理解出来るほど。
そんな人が、銃殺されたなんてとても信じられない。ましてや、ここは日本。銃殺されるなんて誰も考えなかっただろう。
平和な日本で、こんな事件が起こるなんて誰が想像出来ただろう。
政治家なんて多かれ少なかれ恨まれている。当たり前だ。その人の仕事で国が良くも悪くもなる。影響力は計り知れない。
そして何より、私自身がそれを痛感している。
何が楽しいのか、家庭を省みずに母を見殺しにした政治家の父親。恨んでいるのは私も同じだから。
殺されて当然。とは思わないけれど、その人がどんな人かは分からない。父親とは違うだろう。でも、仕方ないと思ってしまう。
けれど、元首相なのだからSPや警察が厳重に警備していたはず。それなのに止められず、こんな結末を迎えてしまった。
それくらい、想定外で動く事が出来なかったのだろうと思う。平和な日本が生み出した失態だと感じた。
このニュースを見ても私はまだ冷静に受け止めていて、どこか他人事なところがあった。けれど、驚いたのが祖父だった。
いつもは陽気で明るい祖父が、酷く動揺して血の気が引いていた。
無理も無い。祖父にとってはあんなんでも可愛い息子。この事件で、父を重ね合わせたのだろう。
「大丈夫、おじいちゃん?」
ショック死してしまいそうな勢いに血の気が引いている祖父に慌てて声をかけてこちらに意識を戻そうとした。
「レイか?ああ、ちょっと……な」
火川神社に来て10年以上経つけれど、ここまで祖父が取り乱した姿を見たことは無かった。
父親と対立している私に味方をしてくれていて、祖父も余り父の事はよく思っていないと感じていた。
けれど、こんな事があったからなのか?酷く取り乱していて、やはり親子なのだなと気づいた。
「これ、飲んで落ち着いて」
気休めでしかないけれど、うさぎに誕生日プレゼントとして貰ったオソロのカップにコーヒーを入れて出してあげた。
勿論、私も祖父の姿を見て少なからず動揺していたから一緒にコーヒーを飲む事にした。
「ありがとうな、レイ」
「当然の事よ」
コーヒーを一口飲んだことで落ち着いたのか、冷静にお礼を言われた。驚いたけれど、落ち着いてくれて私もホッとした。
「なぁ、レイ」
追い詰められたような顔で、私を見ながら祖父が語り始めた。
「父親を嫌っているのは分かる。しかし、いつまでもこのままって訳にもいかないじゃろ?」
祖父が言いたいことはよく分かる。いつかは許して仲良くして欲しい。
普段、何も言わずに暖かく見守ってくれている祖父。自分の目が黒いうちに仲直りして仲睦まじい姿を見たいとずっと願っているのだと何となく第六感で感じてきた。
「無理強いはしないが、何かあった後では辛いじゃろうて」
もしもあの人の様に父も誰か知らない人に突然殺されたら?
そうじゃなくとも、未来なんて何があるか保証なんてなんにも無い。誰しもが一秒先の未来に予想なんか出来ない。
予知能力がある私にだって、この事件は想定外だったし、今までの戦いもまともに占えずに外してばかり。何も信じられるものなんてない。
「分かっているわ……」
いつまでもこのままではいけないってこと。それは、とっくの昔に気づいていた。
そこまで馬鹿じゃ無いもの。
だけど、頭では分かっていても心がどうしても拒んでしまう。ママを見殺しにした父を許す事は、ママを裏切る事になる。
死んだママを否定して無かったことになるのが怖かった。
「レイにはすまないと思っとる」
「そんな!おじいちゃんが謝る事なんて何にもないわ!我儘で家出同然にここに来た私を今日まで何も言わずずっと置いてくれて、感謝してるわ」
「レイ……」
やっぱり余りあの人と仲良くする事には抵抗がある。けれど、祖父にここまで言われてしまうと少しだけ気にかけてあげても良いと言う気持ちにならなくも無かった。
あんなんでも祖父にとっては可愛い息子。
仲良くして欲しいと思うのは当然だし、何かあって自分より先に死なれても嫌だろうと思う。
私だって戦士をしていて、何度も死に直面したし、実際に何度か死んだりもした。うさぎの銀水晶で再生は出来るけれど、今も戦士でいる以上はいつも死と隣り合わせ。
そんな自分自身の境遇からも、常に“もしも”を考えて後悔のないように生きたいと考えている。
けれど、考えと行動に起こすのは全くの別問題。父との事は中々素直になれず、ずっと憎んで生きてきた。その方が楽だったから。
でもまぁ、今回は弱って懇願してきた大切な祖父に免じて、少しは素直になってあげても良くってよ?なんて心動かされている。
そして私は、その日の夜父に電話をしてみる事にした。
「もしもし、私だけど……」
「驚いた。レイから電話をかけてくれるなんて」
初めて私からの電話に、父はとても驚いていた。無理も無い。はっきりと嫌いだという意志を示していたのだから。
「元気そうでなによりですわ」
何を話していいか、正直分からず。お嬢様言葉で壁を作っていた。
元気な事はテレビで時々報道されているのを目にして分かっていたから、そう言うしか無かった。
「ああ、気に入らないだろうけどな」
ええ、気に入らない!とっても、気に入らないわ!
けれど、これでも血の繋がった唯一の父親。どこかで元気ならそれでいい。
「私以外に殺されたりしないで頂戴ね!」
それは、私なりの精一杯の父への心配の言葉だった。
これ以上無いくらい私に憎まれている事は、父だってわかっている。殺されるなら、私だけ。他の人に殺されたりしたら、許さないんだから!
「忠告、有難く聞いておくよ」
この言葉で父は今回の件で心配して電話をして来たと悟ったみたいだ。私達親子の会話はこれで充分だった。話す事は特に無いもの。
「余りおじいちゃんを心配させないでね」
「ああ、たまには顔を出すよ」
あくまでもおじいちゃんが心配していたという体で意地を張って電話を終えた。
父の最後の言葉はどこまで本当か分からない。期待などしない。
例え本当だとしても、忙しくて中々会いには来ないだろう。今までもそうだったのだから。
けれど、この事件を機に父の政治に対する考えと価値を変えて少しは家庭を省みてくれるきっかけになればと願わずにはいられなかった。
END
2022.07,10
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