彼のマントに包まれて(クンヴィ)


「まさかお前の方から来るとはな」

意外だとフッと口角を上げ、クンツァイトは意地悪く微笑んだ。

「いけない?」

その様子にヴィーナスは、面白くないと言った感じでムスッと答える。

「いや、別に」
「素直じゃないわねぇ。“嬉しい”ってストレートに言えないの?」

二人は晴れて夫婦になっていた。
最初は同棲していたが、衛とうさぎがキングとクイーンになる道を選んだ事により別居婚となっていた。
クンツァイトはゴールデンキングダムに、ヴィーナスはクリスタルパレスに住んでいる。
公務がある平日は互いに忙しく、行き来が出来ない。加えてヴィーナスは、余りゴールデンキングダムに寄り付かない。

「ここに来るのは余り来たくないのだろ?あの頃を思い出すから嫌だと言っていたでは無いか?」

ヴィーナスがゴールデンキングダムに来たくない理由。それは、前世の記憶が蘇るから。
プリンセスの護衛でここに降り立ち、禁断の恋を複雑な思い出見守っていた。
そこに加え、自身もクンツァイトに叶わぬ想いを抱いてしまい、苦しい想いを抱えていた。
その事を否が応でも思い出すこの場所は、兎に角ヴィーナスにとってはある意味トラウマだった。

「ええ、そうよ!なのに、あんたが忙しいからって中々来てくれないから、私が直々に来てあげたんじゃない」

どこの時代のツンデレだとツッコミを入れたくなるほどのツンデレっぷりのヴィーナスは、クンツァイトの言動に怒り狂っていた。

「こうでもしないと来ないだろ?」
「まさか、仕向けたのね?」
「どうだろうな」

クリスタルパレスはいい所だ。クンツァイトの主君であるキングエンディミオンもいる。行くメリットはある。
しかし、クンツァイトとしては自分が過ごしているゴールデンキングダムにもヴィーナスに来て欲しかった。

「何それ、何かムカつく」

だから来たくなかったのよ。心の中でヴィーナスは独り言ちる。
この場所は、良い思い出が作れない。ヴィーナスにとっては、楽しくない場所になっていた。兎に角、嫌な思い出が蘇ってくる。

「俺はお前にこの場所で楽しく過ごして欲しいんだがな」

逆効果だったか。悪い事をしたとクンツァイトは出過ぎた真似を反省した。
ただ、この場所は自分達にとってかけがえのない場所。愛する人にも気に入ってもらいたいとの思いがあった。
しかし、不器用なクンツァイトはこんなやり方しか思いつかなかった。

「いい所だと思うわよ?だけど……ねぇ?」

前世の記憶が邪魔をする。来たくて来ていた訳では無いから素直に楽しめない。
勿論、剣の相手をして貰いたいと自ら望んで何度か来た事もある。
しかしながらやはりヴィーナスにとっては苦い思い出。色々な感情が蘇る。感傷的になってしまう。

「クシュンッ」

夏も終わりに近づいて秋へと向かっているゴールデンキングダムのバルコニー。
そこでずっと外を眺めながら話し込んでいたヴィーナスは、肌寒さに1回くしゃみをした。

「やっぱりここは好まないな……相変わらず四季があって肌寒い」
「そんな格好だからだろ」

文句を言うヴィーナスは、セーラースーツで露出度が高い。寒いのは服装のせいだと至極真っ当な事をクンツァイトはすかさず指摘する。

「あんたは相変わらず暑そうな格好ね」
「なら、これを貸してやろう」

そう言ってクンツァイトは、身に付けていた己のマントを外し、ヴィーナスの肩へとかけてやった。

「おっも!何このマント?風に靡いてたからてっきり軽いのかと思ってたら、ズッシリね?」
「ああ、鍛える為に他の奴らより重い素材で作らせたからな」
「そう、相変わらず涼しい顔で出し抜いてるのね」
「人聞きが悪いな」

クンツァイトが付けていたマントは、見た目に反して重い作りになっていた。
そりゃあ、長くて面積があるのだ。少しは重いだろうとは思っていたが、それ以上の重さにヴィーナスは驚きを隠せずにいた。
そして、クンツァイトから語られた訳を聞くと納得の説明。こういう事も前世から変わらない。
いつも王子の為にリーダーとして高みを目指して人一倍影で努力をしている。そんな人だったから、同じリーダーとして尊敬していたし、憧れたのだ。
そのクンツァイトがまだキングの為に鍛錬を怠らず頑張っている。その事実をかけてもらったマントで肌で感じる事になった。

「褒めてるんだけど?」
「それはそれは。お褒めに預かり光栄」
「どう致しまして」

かけられたマントはとっても温かくて、ヴィーナスはまるでクンツァイトに抱かれているような錯覚に陥っていた。
マントの重さも相まって、キツく抱き締められている様に感じた。

(夫婦なんだから、普通に抱き締めて温めてくれたらいいじゃない!全く不器用ね。そう言う所、嫌いじゃないけどね)

ヴィーナスは心の中でクンツァイトの不器用さに悪態を着いた。

(でも、まぁ四季がコントロール出来なくて肌寒いけど、こうしてマントで温めてくれるんだからここも捨てたもんじゃないな)

「ゴールデンキングダムも、たまには悪くないわね」

クンツァイトのマントに包まれながらヴィーナスは季節の変わり目に思い切って来て良かったと思った。

苦い思い出もこうして一つづつ良い想い出で塗り替えて行けるなら、又来てもいいとヴィーナスは前向きな気持ちを抱いた。




END

2022.09.03

クン美奈の日

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