淡くほろ苦い想い出


「衛~、朝ごはん出来たわよ~」

地場家の朝は母親の衛を起こす爽快な声で始まる。
そしてそれに合わせて衛は忙しくダイニングへと降りてくる。
椅子に座りテーブルを見るとオムレツとコーヒー牛乳が用意されている。勿論、母親の手作りだ。
母親が作るものはどれも美味しくて、衛は全部大好きだった。
特に好きでお気に入りなのはティラミスだった。ほろ苦く、でも少し甘いティラミス。

「ママ、またティラミス作って欲しい!」
「いいわよ♪衛は本当にティラミスが大好きね!」
「うん、ママの作ってくれたものはどれも美味しくて好きだけど、ティラミスは特別大好き!」

褒め上手で口が上手く、手のひらでコロコロと転がされる程だ。
しかし、何故こんなにティラミスが好きなのかは本人も謎である。
子供なのにコーヒーも好んで飲む。
ある時、コーヒーを入れていると飲んでみたいと自分から言い出した。
苦くて美味しいものでは無いと言ったが、聞く耳持たず飲み出した。
最初は苦くて無理そうな顔をしていたが、飲み進めていくうちに段々と慣れてきたのか美味しそうに飲み、それから毎日必ず一杯は飲むようになった。
小さい子供にしてはませている。
普通の子供はジュースやココアだろうと不思議に思っていた。

「ジュースもあるけど、コーヒーでいいの?」
「うん、コーヒーが良いの!ママの入れてくれたコーヒーが飲みたいの!」
「衛がコーヒーが飲みたいなら良いけど、なんでそんなにママのコーヒーがいいの?」
「ママの入れてくれるコーヒー、美味しいから!」

そう言ってはくれるが、そんな大したことは無く別に拘ったりせず普通に入れているだけで、味も普通だと思う。しかも幼児に美味しいかどうかの善し悪しが分かるとも思えない。

「褒めてくれて嬉しいわ。でも普通よ?」
「そんな事ないよ!ママのコーヒーは甘くてすっごく美味しいよ。後この機械が面白い」

指さしたのはサイフォン。
こんな機械に興味があるとは思っても見なかったから驚いた。どう面白いのだろうか?

「これはね、サイフォンって言うコーヒーを美味しく入れる機会なのよ。ママのコーヒーが美味しいのはこれのお陰ね、きっと」
「そんな事ないよ。ママの入れ方がいいんだよ!」
「ありがとう♪きっと“愛情”って味が入ってるお陰かな?」
「あいじょお?」
「そうよ?衛の事を思って“美味しくなぁれ”って魔法の言葉をかけて作ってるからね」

“愛情”と言う言葉が分からず、上手く言えない衛に丁寧に教えてあげると納得したようだった。

「じゃあティラミスもその“あいじょお”って奴が入っているから美味しいの?」
「そうだよ~、後隠し味も入れてるのよ♪」

そう得意気にティラミスの作り方を語って聞かせる。
ただ実は、なんでもない風にしていたが、コーヒー豆には拘りがあった。
少し高級の豆を使ってコーヒーもティラミスも作っていた。
衛はまだ幼いため、余計な知識を付けて高級志向にならないよう“愛情”と言う言葉で誤魔化し、逃げたのだ。
高級だと知られると、舌が良い物しか受け付けなくなるのを恐れての事だった。
衛の母親は小さい頃のちゃんとした教育に徹底する、所謂教育ママゴンと言う奴だった。

美味しいのは“愛情”作戦は甲を制して、これ以後衛は美味しいものを食べる時は何かにつけて“あいじょお”の味だと喜んで使っていた。
こうして衛はコーヒーが好きになった。



END



2021.05.09

母の日

1/2ページ
スキ