新・記録日誌
「人は死ぬよ、必ず死ぬ。いつか君も、俺も死ぬんだ。」
2026/07/29 21:40日常
突然の報告ですが、今朝祖母が亡くなりました。享年89歳でした。
現在、急遽姉の家族を自宅に呼び、一緒に明日はお通夜・明後日は葬式に参加する予定です。
色々とサイト関係の報告や、「ウルトラファイト「G」」第二弾の詳細を書く予定でしたが、お通夜や葬式の中で報告を書く余裕は無いと思いますので、今はひとまず祖母の訃報を報告し、時間が出来たらお通夜と葬式の事を追記して「更新履歴」でお知らせしようと思います。
現在、急遽姉の家族を自宅に呼び、一緒に明日はお通夜・明後日は葬式に参加する予定です。
色々とサイト関係の報告や、「ウルトラファイト「G」」第二弾の詳細を書く予定でしたが、お通夜や葬式の中で報告を書く余裕は無いと思いますので、今はひとまず祖母の訃報を報告し、時間が出来たらお通夜と葬式の事を追記して「更新履歴」でお知らせしようと思います。
追記
30日にお通夜、31日に葬式が終わり、無事に祖母を見送りました。
命日となった29日は早朝に叔母(母の姉)から連絡が入り、母が病院に着いた時には既に心拍停止状態で、程なくして死去したそうです。
僕も急遽会社を休み、母や姉と連絡を取りながら今後の予定を話し合い、近所の葬儀社に祖母の遺体を運んで姉の家族といとこ家族で翌日にお通夜、翌々日にお葬式をする事になり、お通夜前にこちらへ来て貰っていた方が良いとの母の判断で姉家族を自宅へ呼び、僕も姉家族も葬式用の服も数珠も持っていないので近所で慌ただしく買い揃え、祖母が死んだ実感の無いまま夏恒例のお泊まり会に近い感覚で、命日は過ぎて行きました。
翌日のお通夜は慣れない礼服に手こずりながら、近所の葬儀社へ。
棺の中で死化粧を施され眠る祖母を見て、「綺麗だろ?死んでるんだぜ?これ・・・」と多少死んだ事への実感を感じながら思いつつ、約20年振りにいとこ家族と再会。
身内のみで行う家族葬に近い形だったので読経も無くご焼香は早々に終わり、通夜振る舞いの時間に。
母・姉・姪は1歳のはとこ女子(いとこの弟の子供)にメロメロになったり、叔母・いとこ姉・いとこ弟のお嫁さんで女子会になったり、僕の方はいとこ弟とまさか好きだと思ってもいなかったゴジラや特撮ヒーロー、ちいかわトークであっと言う間に20年の隙間を埋め、暇そうにしていた甥とも腕相撲でウマが合って腕相撲のお師匠になり、解散する約2時間の間はさながら宴会のような感じになっていました。
銀魂で「葬式って初めていくと意外とみんな明るくてびっくりする」と言うタイトルの葬式回がありましたが、お通夜に関してはまさにこんな感じでしたf^_^
そして、翌日のお葬式はお通夜とは逆にいとこ家族との会話も少々にお焼香後に祖母と最期のお別れになり、祖母が好きだったお酒やお菓子を棺に入れ、花を添える際に祖母の額に触れてみて・・・人とは思えない程に冷たい感触を感じた時に「あぁ、おばあちゃんって死んだんだな・・・」と、強く実感しました。
母達が涙を流す中、僕は後述の祖母への不信感が消えなかったからか、それとも死去する前の週に母の付き添いで自分で歩く事も食事をする事も出来ず、病室のベッドで呻きながらチューブに繋がれ僕の事も分からなくなっていた祖母の姿を見て、自分の中で無意識に覚悟が出来ていたからかは分かりませんが、出棺中も火葬後もお骨上げの時も特に涙は出ず、ただおばあちゃんが死んだと言う事実だけを受け入れながら、姉の家族と外出してからの帰宅を見送り、今に至ります。
確か、旧サイトの日記で一度書いた記憶がありますが・・・正直、実は生前は母(実の子)へ迷惑を通り越した嫌がらせとしか思えない不快な言動ばかりする、故人に失礼なのを承知で今で言う「老害」だった祖母が昔から好きでは無く、僕が社会人になった頃に一時期関係が改善されたり、一度LINE VOOMに鬼滅のコラボ目当てに一緒にくら寿司で食べた時の事を上げた事もありました。
ですが近年は再び不快な言動が増え、ここ十数年の間実質祖母の介護をしていた母もお葬式では号泣していたものの、わがままでは済まされない祖母の扱いにはかなり困っていた様子でした。
しかし、それでも祖父と共に母を産んでくれた存在なのに変わりはありませんし、前述のくら寿司の件を含めて僕の事はなんだかんだ好いていて、僕が家へ訪れる度に祖母は喜んでいましたので、嫌な記憶だけではなかったのも事実です。
もしかしたら、いつか祖母がいない事実に涙を流す日が来るかもしれませんが・・・今は祖母は89年もの間生きた、「7月29日はおばあちゃんの命日」となった。
それを受け入れて、来週から元の日々に戻ろうと思います。
皆様には大変ご心配とご迷惑をお掛けしましたが、8月から更新を再開したいと思います。
僕も母も変わらず元気ですので、引き続きのご声援の程を宜しくお願い致しますm(_ _)m
命日となった29日は早朝に叔母(母の姉)から連絡が入り、母が病院に着いた時には既に心拍停止状態で、程なくして死去したそうです。
僕も急遽会社を休み、母や姉と連絡を取りながら今後の予定を話し合い、近所の葬儀社に祖母の遺体を運んで姉の家族といとこ家族で翌日にお通夜、翌々日にお葬式をする事になり、お通夜前にこちらへ来て貰っていた方が良いとの母の判断で姉家族を自宅へ呼び、僕も姉家族も葬式用の服も数珠も持っていないので近所で慌ただしく買い揃え、祖母が死んだ実感の無いまま夏恒例のお泊まり会に近い感覚で、命日は過ぎて行きました。
翌日のお通夜は慣れない礼服に手こずりながら、近所の葬儀社へ。
棺の中で死化粧を施され眠る祖母を見て、「綺麗だろ?死んでるんだぜ?これ・・・」と多少死んだ事への実感を感じながら思いつつ、約20年振りにいとこ家族と再会。
身内のみで行う家族葬に近い形だったので読経も無くご焼香は早々に終わり、通夜振る舞いの時間に。
母・姉・姪は1歳のはとこ女子(いとこの弟の子供)にメロメロになったり、叔母・いとこ姉・いとこ弟のお嫁さんで女子会になったり、僕の方はいとこ弟とまさか好きだと思ってもいなかったゴジラや特撮ヒーロー、ちいかわトークであっと言う間に20年の隙間を埋め、暇そうにしていた甥とも腕相撲でウマが合って腕相撲のお師匠になり、解散する約2時間の間はさながら宴会のような感じになっていました。
銀魂で「葬式って初めていくと意外とみんな明るくてびっくりする」と言うタイトルの葬式回がありましたが、お通夜に関してはまさにこんな感じでしたf^_^
そして、翌日のお葬式はお通夜とは逆にいとこ家族との会話も少々にお焼香後に祖母と最期のお別れになり、祖母が好きだったお酒やお菓子を棺に入れ、花を添える際に祖母の額に触れてみて・・・人とは思えない程に冷たい感触を感じた時に「あぁ、おばあちゃんって死んだんだな・・・」と、強く実感しました。
母達が涙を流す中、僕は後述の祖母への不信感が消えなかったからか、それとも死去する前の週に母の付き添いで自分で歩く事も食事をする事も出来ず、病室のベッドで呻きながらチューブに繋がれ僕の事も分からなくなっていた祖母の姿を見て、自分の中で無意識に覚悟が出来ていたからかは分かりませんが、出棺中も火葬後もお骨上げの時も特に涙は出ず、ただおばあちゃんが死んだと言う事実だけを受け入れながら、姉の家族と外出してからの帰宅を見送り、今に至ります。
確か、旧サイトの日記で一度書いた記憶がありますが・・・正直、実は生前は母(実の子)へ迷惑を通り越した嫌がらせとしか思えない不快な言動ばかりする、故人に失礼なのを承知で今で言う「老害」だった祖母が昔から好きでは無く、僕が社会人になった頃に一時期関係が改善されたり、一度LINE VOOMに鬼滅のコラボ目当てに一緒にくら寿司で食べた時の事を上げた事もありました。
ですが近年は再び不快な言動が増え、ここ十数年の間実質祖母の介護をしていた母もお葬式では号泣していたものの、わがままでは済まされない祖母の扱いにはかなり困っていた様子でした。
しかし、それでも祖父と共に母を産んでくれた存在なのに変わりはありませんし、前述のくら寿司の件を含めて僕の事はなんだかんだ好いていて、僕が家へ訪れる度に祖母は喜んでいましたので、嫌な記憶だけではなかったのも事実です。
もしかしたら、いつか祖母がいない事実に涙を流す日が来るかもしれませんが・・・今は祖母は89年もの間生きた、「7月29日はおばあちゃんの命日」となった。
それを受け入れて、来週から元の日々に戻ろうと思います。
皆様には大変ご心配とご迷惑をお掛けしましたが、8月から更新を再開したいと思います。
僕も母も変わらず元気ですので、引き続きのご声援の程を宜しくお願い致しますm(_ _)m
