Who will know‐誰が知っているだろう‐












「・・・」



気付けば、仄暗い海の底に「彼」はいた。
親は誰なのか、何処で生まれたのか、どうやって今の姿になったのか・・・何も分からない。
しかし「彼」は揺れる海面を見上げながら、ただ一つの願いを抱き続けていた。
あの、光が瞬く先の世界に行きたいと。






「ぁ・・・」



時は流れ、定められた進化によって姿を変えた「彼」は海底に潜む日々を捨て、ずっと見つめ続けていた世界への・・・願いを叶える第一歩を踏み出した。
手も足もまだ上手く動かないが、静寂と暗闇だけに支配された今までと全く違う、この新世界を「彼」は全身で感じた。
緑、土、風、空、太陽の光。
「彼」の憧れそのものが、ここにはあった。






「わ、わあぁっ!!」


ピィィ・・・!


グオオオオ!



「っ・・・!」



だが、この世界の住人達は「彼」の存在を受け入れてはくれなかった。
魚や海悽生物に避けられていたのは海底にいた時に分かっていたが、人も、鳥も、獣も、「彼」を目にするや拒み、逃げた。
あれだけ憧れた場所が、「彼」にとっては途端に窮屈になった。
自分が異物なのが、嫌でも思い知らされた。



「・・・」



「彼」が自分を他人に見せない、分からないように振る舞うのに時間はかからなかった。
「彼」は極力何者も寄り付かない山奥の湖に潜み、更なる進化を待つ事にした。






「・・・?」



それから月日が流れた、ある日。
その日は変に周囲が騒がしく、落ち着かなかった。
眠る事も出来ず、「彼」は湖から出た・・・その時。
突如空に黒い塊が現れ、空間そのものを飲み込んで行った。



「・・・!」



「彼」は必死に抵抗したものの、あまりに凄まじい黒い塊の引力から逃れる事は出来ず、「彼」は黒い塊の中へと消えて行った。
その寸前に、人間の話す声が聞こえ・・・



「・・・いのでしょうか・・・メンション・タイドをまた使っ・・・」
「仕方がな・・・この湖で度々目撃され・・・は間違いなく牧博士が言って・・・だ。それなら、幼体の内に確実に駆逐し・・・」






「・・・!?」



「彼」が再び目を覚ますと、見知らぬ砂浜にいた。
全身の疲労からか体が重く、いつも以上に体が自由に動かせなかったが、汗をかきながらどうにか目の前の岩に向かって行く。



「!」



するとその時、岩陰越しに「彼」の目に遠目ながら自分以外の怪獣が見えた。
誰もかれもが楽しそうに話しており、自然と「彼」の興味を惹く。
しかしながら、今まで何者にも拒まれて来た「彼」の心が簡単に開くわけがなく、疲れているのもあってまるで観察するかのように眼前の怪獣達をただ見つめ続ける「彼」だったが、この膠着状態は不意に打ち砕かれた。



「あっ、こんなとこにも怪獣がいた!ねぇねぇ、君の名前は?あたし、シンって言うの♪」




そう、「彼」に初めて他人が話しかけて来たのだ。
予想だにしなかったこの展開に「彼」なりの処世術であるポーカーフェイスをつい解いてしまいそうになるが、どうにか無表情を保ちながら初めての会話相手を見つめ続けた。



「・・・あれ?なんかしんどそうだけど大丈夫?だから何も話せないの?」



こうしていれば、誰でも必ず逃げた。
しかし、今自分を見ている彼女は逃げないどころか、自分に話しかけてくれた。
初めて陸に上がったあの時以来に、「彼」の心に満たされる感覚が生まれた。



「まぁ、ゴジラがいたら何思ってるのかは分かるし、治癒も出来るし・・・みんなも呼んで来よっ!ごめん、しんどいと思うけどもうちょっとだけここで待ってて!もうちょっとの辛抱だから、そこでいい子にしててね。」



・・・が、彼女はそう言うと岩陰の先の仲間達の所へ行ってしまった。
決して自分を拒んだわけではない・・・それでも、今から来る他の者はそうなのか?
誰もが彼女のように、自分を受け入れてくれるのか?もし誰かが自分を拒んで、そのまま消されたら?



「・・・!」



疑惑の心が勝った「彼」は、直ぐ様逃げ出した。
今の「彼」にとって、集団との遭遇はリスクの方が高かったのだ。
体力も足も着いていかない中で「彼」は砂浜を這うように逃走し、彼女達と反対側の砂浜まで逃げる事に成功した。



「・・・」



やがて迎えの光が「彼」を包み、元の世界へと送り届けていく。
こうしてつかの間の「招待」は終わったが、元の世界に戻った後も「彼」の脳裏には彼女の言葉が、まごころが、笑顔が離れず、他人を拒んで来た「彼」が初めて他人に深い興味を持ち、また再び会いたいと言う新たなる願いが生まれた。
そして、少なくとも自分の中ではなかった自らの名が、自らの「願い」と「血」を合わせる事で完成したのだった。



「・・・シン、ゴジラ・・・」







それから異世界への「招待」が始まったが、「彼」・・・シン・ゴジラが「招待」される事は無かった。
「招待」が行われる事が分かる度に自分の足で集合場所にも行ったが、体力が着いて行ってくれなかった。
二回目の1954年・ラゴス島、三回目の怪獣界・怪獣島・・・どの機会も集合場所まで辿り着く事は叶わず、結局は歯痒い思いしか残らなかった。



「・・・!」



それでもシン・ゴジラは諦めなかった。
新しい望み、彼女との再会を叶える為に。
その強い意志は二度目の進化を促し、黄土色の髪は橙色のおかっぱ頭へ変わり、甚兵衛服からは手を出し、曲りがちな足はちゃんと立てるようになっていた。
体力も相応に身に付き、今なら「招待」されるかもしれない・・・そう思っていた。



「・・・」



・・・が、それでも彼に招待の光は訪れなかった。
三回目の「招待」時に怪獣界の怪獣・バルグザーダンが勝手にこの世界に潜入し、そのペナルティによってこの世界の怪獣を「招待」する事が当分の間出来なくなっていたのだ。
どれだけ空を睨んでも、手を伸ばしても、誰もシン・ゴジラを彼女の元に連れて行ってはくれなかった。



「・・・!」



やがてシン・ゴジラに次の進化の時が訪れた。
しかし、次の形態は急激かつ劇的な変化を伴う為、進化の間は仮死状態にならなければならない程だった。
ようやく時空間の乱れが解消され、また「招待」が行われる。それが分かっていながら、彼は強制的な不参加を強いられた。
何者も訪れない、何千メートルもの深い海の底でシン・ゴジラは朦朧とする意識の中、彼女の声を思い出していた。



――・・・ごめん、しんどいと思うけどもうちょっとだけここで待ってて!
もうちょっとの辛抱だから、そこでいい子にしててね・・・









「・・・」



そして時は流れ今、シン・ゴジラは第四の姿にまで達した。
目元程度しか面影が残らない、見る者を戦慄させる修羅の如き姿に変わってもなお、彼の願いはただ一つであり、かつて身を隠していた山の奥地に佇む一軒の家屋を拠点とし、その時を待った。



「!」



それからあまり日を待たずして、「その時」は訪れた。
天から生える光の柱、その中にいる再会を待ち焦がれ続けた「彼女」。
他にも二人見覚えのありそうな者ーーラゴス・ゴジラとスペースーーもいたが、まずは彼女だけと会いたい気持ちと、未だに残り続ける他人への疑念の思惑もあり、シン・ゴジラは指からの放射線流で光のエレベーターをピンポイントで攻撃し、二人を林へ追いやると再び家屋に戻る。
やがて、家屋の戸が開き・・・



「そうなんだ!あたし、シンって言うの!よろしくね。あなたの名前は?」



心(シン)からずっと会いたかった人が、目の前に現れたのだった・・・
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好釦