My Life
「・・・」
午前6時。
瞬の1日は自衛隊本部の隣に建てられた、隊員宿舎の一室から始まった。
他の隊員の迷惑になると言う事情もあるが、彼は起きるのに目覚ましを必要としない。
それだけ自衛隊の日常生活は規則正しいものであり、瞬自身の生活習慣の完璧さも相まって、まさに瞬は朝日と共に起きていると言える。
「・・・今日も脈数は正常・・・平熱だな。」
いち早く自身の体の異常を知る為、瞬は毎朝脈数と体熱を測定する。
これもまた、彼の几帳面な性格が出たものだ。
日課を終えた瞬は普段着に着替えると玄関に向かい、玄関口から出た新聞を取って座椅子に座り、それを読む。
瞬が取っている新聞は「西月新聞」、志真が働く日東新聞は志真と親しくなってからも取っていない。
「やはり、創業120年を超える西月の記事は違うな・・・ん、そろそろ時間か。」
午前6時半。
瞬は新聞を机に置き、宿舎を出てそのまま自衛隊本部に向かう。
すぐ隣の為、徒歩で数分も掛からない。
「おはようございます!瞬特佐!」
「おはよう。いつも警備ご苦労。」
「はっ!」
本部玄関の守衛と挨拶を交わし、本部内に入った瞬はホール横の廊下を抜けて食堂に向かう。
特に何もしているわけでもないが、瞬の姿を見掛けた者全てが彼に振り向き、羨望の眼差しで見つめている。
瞬の人望の高さを証明する光景であり、本人もそれを苦に思っておらず、まさしく理想的な間柄と言える。
「あいつらも、毎日飽きないな・・・」
午前8時。
朝食を終え、更衣室にて軍服に着替えた瞬は本部グラウンドにいた。
瞬の隣には彼よりも高い階級である陸・海・空将及び将補の面々が、その前にはこの自衛隊本部に所属する百を軽く超える隊員達が列を作っていた。
流石の瞬も、この時ばかりは緊張が隠せない。
今から始まるのは国旗掲揚と朝礼、どの駐屯地でも毎日行われている。
「・・・」
やがてこの本部を担当する統合幕僚長が現れ、国旗掲揚の始まりを告げる勇ましいラッパ音が辺りに響き渡る。
「気を付けーーーーーーッ!!」
統合幕僚長の掛け声と同時に隊員達は一斉に整列し、国旗が高く掲揚される。
「けいれーーーーーーいッ!!」
先程の声を上回る敬礼の掛け声に一分の狂いも無く、国旗に向かい敬礼をする隊員達。
「国歌、斉唱!!」
そしてスピーカーから「君が代」が流れ、国歌の斉唱が行われた。
どの隊員も喉が潰れる勢いで声を張り上げ、その斉唱は本部の外へも轟いていた。
午前8時半。
朝礼が終わり、各隊員は訓練に入っていた。
瞬の部隊はグラウンドで走り込みをしており、瞬を先頭に3つの部隊が独特の掛け声を発しながら二列で走っている。
陸軍の部隊は30kg程の荷物を背負っており、瞬が部隊によって指導方法をしっかりと変えている事を伺わせる。
「瞬隊!」
「「「瞬隊!」」」
「我らは!」
「「「我らは!」」」
「瞬隊!」
「「「瞬隊!」」」
「陸隊!」
「「陸隊!」」
「海隊!」
「「海隊!」」
「空隊!」
「「空隊!」」
約三時間もの走り込みの後、グラウンドの中央に大きく広がった部隊は柔軟体操を挟んでスクワット・腹筋、背筋運動・腕立て伏せ等、いわゆる「筋力トレーニング」を行っていた。
どの運動も500回を軽く超え、もはや回数では無く分単位でトレーニングをしている状況であり、瞬は隊員達に激を入れながら列の横を歩き、1人1人の動きを観察している。
「いいか!基礎トレーニングと侮るな!基礎を怠る者に、更なる実力向上は無い!」
「「「はい!」」」
「常に初心を忘れるな!己の原点を振り返り、高みを目指し続ける事で初めて結果が現れる!これは自衛隊だけではない、人生においても同じ事だ!」
「「「はい!」」」
「よし!次、カーフ・レイズ30分!」
正午。
音楽隊のラッパ音が昼食と休憩の時間を知らせる。
基礎トレーニングを終えた瞬達は食堂に移動し、昼食のカツカレーを黙々と食べていた。
どの隊員の横にもカレー皿が2皿置いてあるその光景は、まさに「腹が減っては戦は出来ぬ」と言った所か。
「・・・八瀬、食べ終わりました。」
「これで全員だな。あと食べ足りない者は?」
三つの机を丸ごと占領する各部隊の反応を確認し、全員の食事が完了したと判断した瞬は両手を合わせ、それと同時に各隊員も手を合わせる。
「ご馳走様。」
「「「ご馳走様でした!」」」
こうして食事の時も部隊で固まっている理由は、集団行動の大切さを忘れないようにしようと言う瞬の意向であり、食事中誰もが黙々としてはいたが、別に殺伐としていたわけでは無い。
それもまた、瞬に心境の変化があった証拠であろう。
食事後の休憩時間は、自主的に勉強や走り込みをする者が多かった。
瞬は射撃場で射撃訓練をしており、手に持った銃は数十mの的の中央を狙っている。
「・・・・・・!」
神経を研ぎ澄まし、僅かなそのタイミングを逃さず、瞬は引き金を引く。
放たれた弾丸は、寸分の狂いなく見事に的の中央に穴を空けた。
「おぉっ・・・」
「流石は隊長だ・・・」
「・・・感覚は、鈍っていないな。」
午後1時半。
ラッパ音を合図に、再び訓練が始まった。
瞬達は演習場に移動し、現場での様々な状況をイメージした各ポイントを通過して行く。
部隊の先陣を切るのは、勿論瞬だ。
「この訓練も既にやり尽くされた訓練だが、だからと言って蔑ろにするべき事では無い!」
「「「はい!」」」
「現場では、その油断が命取りになる!何度でも繰り返し、いつその時が来てもいいようになる為に訓練はあるんだ!」
「「「はい!」」」
丸太で出来た壁をロープを使って降り、凹凸の道を素早く走り、低く縄の張られた草むらを匍匐(ほふく)前進で移動し、腰程の深さのある池を足を取られないように走る部隊。
この過酷なランニングは、3時間にも渡って続いた。
「けいれーーーーーーいッ!!」
午後5時。
訓練を終えた隊員達は朝礼時と同じ隊形でグラウンドに集まり、統合幕僚長の声に合わせて国旗に一斉に敬礼をした。
「国歌、斉唱!!」
音楽隊の「君が代」と隊員の斉唱に乗せ、ゆっくりと国旗が降ろされて行く。
彼らの業務は、ようやく終わりの時を迎えたのだった。