My Life







「う、う~ん・・・」



午前6時。
けたたましい目覚ましの音から、志真の1日は始まる。
傍らに置かれた目覚まし時計を止め、ゆっくりと布団の中から出た志真は部屋を出ると、玄関の戸のポストから出る新聞を取り、居間に向かった。
この幾つもの新聞は全て他社の新聞であり、こうして他社の動向や注目している記事を確認しているのだ。



「えっと・・・やっぱ、どこも共映と京塔の合併についての記事が中心だなぁ・・・」



居間の机の真ん中に置かれた大量の菓子パンの中からジャムパンを掴み取り、封を開けて朝食として食べながら片手で新聞を読む志真。
その隣にあるラジオからは、今日の朝までに起こった事件のニュースが流れている。



『続いて今日の午前五時二十分頃、山形県庄内市の民家で火災が発生しました。原因は定格電流を超えた電気の使用によるコードの発熱と見られ、付近住民の連絡で駆け付けた消防隊員によって無事消火されました。火は隣民家に少し移った程度で・・・』



志真はラジオを聞きながら、今度は昨日書いた記事を読み返す。
何度も何度も読み返し、不要な文の削除や行・文を付け加えを繰り返し、彼の納得のいく記事が出来上がったのは、時計が既に九時を回っていた時だった。



「よし・・・記事完成!んっ、もうこんな時間か。そろそろ行くか。」



傍らに置かれた鞄に出来上がった記事とラジオを入れ、志真は部屋を出て行った。
ここは東京都・あきる野市に建つ8階立てのマンションで、志真の通う日東新聞本社の近くにある。



「えっと、次頼まれてた記事はっと・・・」



次の記事の構想をしつつ、志真はマンション一階の駐輪場に停めた自転車に乗って、マンションを出た。
ここから会社に着くまでの約30分の間、志真は自転車に乗りながら記事の構想をしている。



――今回の記事の見出しは、『新・生物現る!』みたいな感じにしよっかな?
うーん・・・ちょっと誇張し過ぎか・・・





午前10時。
会社に着いた志真は自転車を駐輪場に置き、正面玄関から会社に入った。
ホール内は多くの社員が行き交っており、その中において少々目立つ茶髪頭の志真の姿を見た、「日東の玄関のマドンナ」こと受付嬢の佐藤潤が、すかさず志真に挨拶する。



「あっ、志真さん。おはようございます。」
「おはようございます!潤さん!」
「あら?今日の志真さん、何だかいつもより生き生きとしてますね。」
「いや~、今朝は珍しく昨日出された記事が早めに書けまして・・・今日はゆっくり取材出来そうなんで、それでかな?」
「それはよかったですね~。流石は志真さんです。今日もお仕事、頑張って下さいね。」
「はい!頑張ってきまーす!」



潤との会話を済ませ、志真はエレベーターに乗る。
志真と潤はほぼ同時期に入社しており、それもあって比較的仲が良いのだが、その事が最近男性社員からの無駄な嫉妬を招きつつあるのは、また別の話。
ちなみに歳は志真の方が一つ上だが、潤が志真よりしっかりとした性格と雰囲気を持った女性だからか、志真も敬語を使っている。



――・・・次の休み、潤さんを映画に誘ってみよっかな?



やがてエレベーターは9階に止まり、志真はそこで降りて「報道部」の部屋に向かう。
この部所こそが、志真の勤めている部署だ。



「おはようございます。」
「おっ、おはよう。」
「おはようさん。」



既に部屋で記事を書いている、他の社員に挨拶する志真。
この中では若い部類に入る志真だが、ここ最近の功績から立場は対等になりつつある。



「デスク、おはようございます。」
「おう、おはよう。」



次に志真はここの担当であるデスク・日下に挨拶し、自分の机に置いた鞄から原稿を取り出してデスクの元に向かう。



「デスク、『左利きの日』についての原稿、書き終わりました。」
「おっ、いつもよりも早いじゃないか。どれどれ ・・・」



志真から原稿を受け取り、原稿に問題がないかを確認するデスク。
暫しの間沈黙が続き、そしてそれをデスクの一声が破る。



「・・・よし、大丈夫だ。これを明日の朝刊に載せよう。」
「ありがとうございます!」



記事を書く身として誰もが待ち望むその声に、緊張していた志真の顔付きが綻ぶ。



「いやぁ、調べてて左利きの人って本当に苦労してんだなって思いましたよ・・・特に日常生活。サウスポーって格好いいなってくらいしか思ってなかった自分を反省しました。」
「確かにな・・・俺も、ここまで感心したのは久しぶりだ。」
「お墨付きですね。これは、読者の反応が楽しみです。じゃあ、次の記事の取材に行ってきます。」
「栃木県の小山市で見掛けられた、オスの三毛猫についての記事だな。」
「はい。三毛猫のオスなんて珍しかったんだな、ってのが最初聞いた感想ですけど。」
「しかも百万円の価値と来た。これは驚きだな。そういえばお前はやはり・・・データマンは付けないんだな。」



机で外出の準備をする志真を見て、デスクはふと呟く。
「データマン」とはジャーナリストが記事を書く為の情報を収集して来る者で、一方記事を書くのは「アンカーマン」と呼ばれる。
ジャーナリストは最初データマンとして経験を積み、それからアンカーマンとして記事を書くのが一般的となっており、またニュース番組の司会者をアンカーマンと呼ぶのは、上記の用法の転用である。



「まぁ、最初はデスクに早く認めて貰いたかったから、意地張ってデータマンせずにやってたんですけど・・・やっぱり今は自分の目で見たものを信用しようと思いまして。俺のこだわりです。」
「そうか。正直データマンをしない、頼らないアンカーマンなんてろくにおらんが、ここまでやって来れた以上は、お前が独学で培った実力だな。」
「デスクがそんなに俺を誉めるなんて・・・今日は雪でも降りそうですね。」
「なんだ、折角誉めてやったのにその言葉は。」
「いえいえ、ありがたく受け取らせて頂きますよ。ではでは、早速行って来ま~す。」



デスクに軽く会釈し、志真は部屋を出て行った。
彼を目で見送るデスクの顔は、少々呆れながらも笑みを浮かべていた。
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好釦