もしも・・・
――・・・あの野郎、ほんと何年経っても変わらず嫌味な奴だったな。
これ見よがしに軍服なんか着てきやがって、そんなに自分の立場を自慢したいのかよ。
どうせ俺は俗物の庶民にしかなれなかった落ちこぼれだよ!
俺だって、こんな日々に満足なんてしてねぇよ!
お前と違って、誰でも夢を叶えられるわけじゃ無いっつうの!
あんな奴と高校まで一緒だったなんて、虫酸が走るぜ・・・!
ったく・・・あ~あっ、なんか凄くムカムカして来たし、さっさと家に帰るか・・・
瞬と同じく、志真もまた心の底で愚痴をこぼしながら自転車に乗り、早々とこの道から去ろうとする。
その道中で老女を連れた少女とすれ違うが、当然の様に志真は何の反応をする事も無く、ペダルをこいでスピードを上げ、2人の横を過ぎ去って行く。
「わっ・・・!何だい、あのスピードは・・・!人とぶつかったら大惨事になるんだから、もっと気をつけて欲しいねぇ、遥。」
「・・・おばあちゃんの反応が遅いだけでしょ。あれくらいのスピード、当たり前よ。」
志真の自転車のスピードに注意する老女・佳奈他に向かってそう言い放つ少女・遥。
彼女達は祖母と孫の関係で元々は京都府に住んでおり、今日は佳奈他が旅行雑誌でイチオシの温泉旅館がこの近くにあると知り、遠路はるばるここまでやって来たのだが、一方で遥の方は乗る気で無かった。
「そうかい・・・ごめんなさいね、遥。勉強や友達と遊びたいだろうに、あたしの都合でこんな所に連れて来て・・・」
「いいよ。別に勉強なら間に合ってるし、友達も特にいないし。」
「・・・まだ、高校で上手く行っていないのかい・・・?」
「そうよ・・・だって、そういう気になれないもん。学校は勉強しに行く所なんだから、勉強さえ出来ればいいの・・・」
「そ、そういう意味じゃ無いんだよ、遥。学校は勉強だけをする所じゃ無くて、色んな人達と交流して人生を学ぶ所でもあるんだから、友達を作った方がもっと楽しいってだけで・・・」
「・・・もうほっといてよ!私の事なんて、構わないで・・・!」
それから遥は佳奈他とは一言も喋らなくなり、佳奈他と距離を置いて歩き始めた。
佳奈他はその光景を見ている事しか出来ず、ただ後悔と悲しみの表情を顔に浮かべるだけだった。
――ごめんね・・・ごめんね、遥。
息抜きになるかと思って連れて来たのに、逆に不愉快にさせて。
あたしがしっかりしていないから、そっけ無くなってしまったんだね。
やっぱり遥には、ちゃんとした親がいないと駄目なんだね。
遥が必要としてるのは、あたしなんかじゃ無い。
天国にいる、お父さんとお母さんなんだね・・・
――・・・お父さん、お母さん。
なんで私を置いて、先に死んじゃったの?
お父さんとお母さんがいなくなってから私、楽しい事なんて全然なかった。
おばあちゃんは今まで私を育ててくれたけど、そんなの私は望んでない。私は、お父さんとお母さんに育てて貰いたかった・・・
お願い、今すぐ私の元に帰って来てよ・・・
私、もうこんな日々は嫌なの・・・!
一応は同じ血を分けた仲である、遥と佳奈他。
だが、2人を隔たるその溝は遥の中の「反抗期」と言うフィルターも合わさって、いつしかとても修復出来ない程に深い物となってしまっていた。