もしも・・・
夕方、仕事を終えた志真は川沿いの道を自転車で走っていた。
いつもならあまり通る事は無い道なのだが、何故か今日の志真は幼少の頃から遊び場に使っていた、この道から帰りたい気分であった。
だからこそ、焼け付く様に地上を照らすオレンジ色の光の中に、あの影を見つけた。
「・・・あいつ、まさか・・・」
その影を見た志真は自転車から降り、何かを確認するかの様に徒歩で移動し始める。
そして志真はその影と、嫌な意味で見知った「彼」とすれ違った。
「・・・お前、瞬だろ。」
「・・・全く、何処の志真だ・・・」
志真がすれ違ったのは、かつて小学校から12年もの間学生生活を共にしながら、その間全く良い思い出を作る事の無かった軍服の男、瞬だった。
すれ違う直後に立ち止まった2人は互いに歩みを止め、ぶつ切りのような言葉のキャッチボールを始める。
「お前、自衛隊に入ったんだな。」
「・・・お前は自分の憧れと程遠い生活をしているようだが。」
「へっ、何でもこなせる優等生には分かんねぇんだよ。」
「それは俺に対する嫌味と取って構わないか?」
「・・・どちらでも。」
「ふん・・・庶民の感性しか無いお前こそ、俺の苦労は分からないだろうがな。」
「へぇ、完璧人間のお前にも苦労なんてのがあるんだなぁ。」
「・・・今考えると、こんな曲がった考えの奴がよく新聞記者など目指したものだ。」
「自衛隊ってのは、お前みたいな首振り人形しかなれないんだな。」
「くっ、俗物にしかなれなかった程度の輩が・・・!」
「・・・けっ、そんな偉そうで大層な身分なんて憧れもしねぇ。」
その言葉を最後に、2人は再び前へ歩み始めた。
何年振りの再会の感動も、これからの人生を思っての励ましも無い、ただ悪態を付き合っただけの会話。
しかし悲しいかな、それこそが学生時代から一つも変わらない、志真と瞬の関係だった。
――・・・俗物が。
お前だけが、この世間で苦労していると思うな!
俺は特別大尉の名と同時に、周囲からの嫉妬を得てしまった。
お前の様な人間が・・・お前みたいな奴がいるから、世間の人間は陰口とインターネットと言う逃げ場所で遠吠えをする事しかしなくなった。
分かる筈などあるまい、優等生や完璧人間と言われる事など名誉あるものでは無い事実など!
・・・やはり、俺の事を分かってくれるのは同じ血を持った者しか、俺の両親しかいない。
自衛隊の上司も、部下も、東と西も・・・志真も俺の孤独など理解する気も無いに決まっている。
どうせ赤の他人だ、最初から分かるわけが無い。
父さんと母さんしか、俺の事は分かってくれないんだ・・・!
瞬は今日、特別大尉になった事を両親に報告する為にここへ帰って来ていた。
自分の長年の夢だった自衛隊に入ったはいいが、そこで彼を待っていたのは突出した才能故の孤独であり、いつしか彼はいつも温かく迎えてくれる両親しか信じられなくなっていた。
瞬にとってはこの帰省の時だけが心休まる時なのだが、今日については少々不愉快な帰省となった様だ。