証明写真







「さて、と・・・!」



舞台は戻って弥彦中学校屋上。
とても似つかわしく無い程に沈黙を保っていた健が、その台詞と共に突如立ち上がったかと思うと、大きく背伸びをし始めた。



「あ、兄貴・・・?」
「翼、ちょっとこれからでっかい独り言を言うから、適当に聞き流しといてくれ!」
「えっ、ええっ・・・?」



そのまま健は両手を広げ、翼に背中を向ける。
突然過ぎる健の発言に驚きつつも、翼はとりあえず聞く事にした。



「俺、ずっと悩んでたんだ!高校へは行くべきなんだろうけど、まだこの村で喧嘩していてぇ、今みたいな日々を続けてぇって!けど、あん時の事を思い出す度に、ここでくすぶってたら絶対ダメだって、俺の本心がそう言ってんだ!」


――・・・兄貴・・・


「父さんが帰って来て、また昔と同じ生活が戻って来て、俺思ったんだ!ここだけじゃ無い、世界中の何処にでもあるこの幸せな光景の全てを、俺は守りたいって!本当の喧嘩番長は学校サボって偉そうになんてしねぇ、喧嘩番長ってのは、自分の信じた事の為に拳を使う奴なんだ!だから俺は高校でも大学でも、何処へでも行ってやる!俺の拳を求めてる奴が、そこにいるのなら・・・!」



もはや宣言とも言える、大きな独り言を全身全霊で叫び続け、ようやく健は自分を落ち着かせる。
数秒の間の後、健の背後から聞こえて来たのはたった1人の、だがとても大きい拍手の音だった。



「翼・・・」
「兄貴・・・おれっち、今すごく感動してるっす・・・!こんな凄すぎる独り言、聞かないで何を聞くんっすか!やっぱりおれっち、兄貴の弟子になって本当によかったっす!ありがとうございまっす・・・!」
「・・・ったく、お前はいつでも言ってくれるぜ・・・!」
「おれっちいつまでも、兄貴を応援してるっす!高校へ行って会えなくなっても、ずっと応援してるっす!兄貴ならどんな所だって絶対無敵、おれっちはそう信じてるっすよ!」
「ああ!悪魔野郎との喧嘩の次は、隣町の高校に殴り込みだ!よっしゃ、なんか今からすげぇやる気がみなぎって来たぜ!・・・そうだ、だったらその前に・・・!」



そう言うや健は制服のポケットから何重にも畳まれた大きめの紙を取り出し、それを広げると地面に置いてまた紙を折り始めた。



「あれ、それって作文用紙じゃないっすか。」
「俺が前にゴジラについての作文を書いてたろ?あれが一枚だけ残ったんだよ。」
「あの時の作文用紙っすか・・・おれっちも見せて貰ったっすけど、あの作文にも感動したっすね・・・」
「あれが無かったら、多分国語落としてたなぁ。最初はめんどくせぇって思ってたけど、今思うと出されて正解だったな。」
「まさに『怪我の功名』っすね・・・それにしても兄貴、さっきからその作文用紙で何を折ってるんすか?」
「まぁ、見てれば分かるって。」



慣れた手付きで健は作文用紙を折り曲げて行き、それはやがて何かの形になって行く。
その様子を見ていた翼も、健が何を折っているのかが分かった。



「あとは、こうしてっと・・・」
「・・・あっ、これって・・・!」



健が作文用紙で作った物、それは折り鶴だった。
元々縦と横の長さが違う作文用紙を目測で正方形になる様に折り、作った折り鶴なので若干いびつな出来ではあるが、それを気にさせない程にこの折り鶴は立派であった。



「久しぶりに折ってみたけど、まぁましだな。」
「兄貴が折り鶴を折るって、ちょっと意外っすね。」
「昔、みどりに教えて貰ってからたまに折ってんだ。俺だってこれくらいは出来るっての。」
「いやぁ、こういう事をする兄貴を見た事が無いっすから、おれっちにとって新鮮だっただけっすよ。」
「そうか?まぁいいや。じゃあ、そろそろ始めっか。翼、ちょっとプリクラ返してくれ。」
「えっ、は、はいっす。」



気付けばずっと持っていた健のプリクラを、翼は慌てて健に返す。
プリクラを受け取った健は折り鶴の羽を広げて体の部分を膨らませ、そこにプリクラを一枚貼ったかと思うと、立ち上がって折り鶴を持った右手を後ろへ振りかぶる。



「えっ、せっかく作った折り鶴を飛ばしちゃうんっすか?」
「その為に作ったんだよ。ここにくすぶらねぇって決めたんだ、だったらこのプリクラを今持ってちゃいけねぇ。こいつは俺のこれから・・・俺の未来で待っていて欲しいんだ。」
「兄貴・・・」
「だから俺はこいつを、明日へ向かって飛ばす!行っけぇぇぇぇっ!!」



健は叫び、振りかぶった折り鶴を勢い良く前方へ投げる。
折り鶴は屋上を飛び出して空を舞い、それと同時に後方から吹いて来た強い追い風が折り鶴を巻き込んだ。
折り鶴は健の思いを乗せ、風と共に遠い空の彼方へと、去って行った。






――・・・次にお前らと会えるのって、いつなんだろうな。
次来たら東京案内させるから覚悟しろよ、麻生。
時間は離れてても、またいつか絶対会えるよな、睦海。
カレー豆の事は無かった事にしてやるから、社会人になる前に顔見せに来いよ、みどり。
俺が未来を掴み取るまで、この先で待っててくれ・・・俺の思い出。
それまで、じゃあな!






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好釦