証明写真
同刻、東京のとある所に建つ一軒家。
表札には「手塚」と書かれており、少し開いた窓から見える居間では机に参考書やノートを広げ、みどりが勉学に励んでいた。
今日は大学の創立記念日で授業は休みなのだが、息抜きに友人と外出する事もせずにみどりが勉強している理由、それは国家環境計画局の採用試験が1ヶ月前まで迫っていたからだった。
採用試験は年二回行われており、来月の試験に落ちてしまうと来年の6月まで待たなければならず、極力それを避けたかったみどりはこうして折角の休みを割いて勉強しているのであった。
「うーん・・・この山岳地帯の森林を半径2km伐採する事により、予測される事象・・・」
「おっ、まだ勉強中とは精が出るな、みどり。」
と、そこにやって来たのは私服姿の拓也だった。
あの後、彼は紆余曲折を経て手塚親子と無事仲直りを果たし、国際捜査官を続けながら手塚家に住む事になった。
とは言えど、拓也が今日手塚家にいるのは偶然にも近い事であり、いつもは犯罪者の情報収集の為に世界中を飛び回っている都合で、家には帰れていない。
「なんだ、お父さんか。」
「なんだとは何だ。珍しくこの俺が家にいるってのによ。それで、今日は休みなのに遊びに行かないのか?」
「仕方ないでしょ。採用試験がもう間近に迫ってるの、遊んでなんかいられないわよ。」
「念願とも言える休みなんだから、息抜きは必要だと思うけどなぁ・・・俺の場合は特に休みたくても休みが全然分からないくらいだし、余計そう思うな。」
「今苦労した分、後から沢山遊べるって考えたらそうでも無いわ。そういうお父さんは、国際捜査官になる時勉強の一つや2つはしなかったの?」
「そりゃあしたさ。もう思い出したくも無いくらいに、よっと。」
そう言うと拓也はみどりの横に座り込み、机に置かれた参考書に手を伸ばすと、それを読む。
だが、少し目を通す行為だけでも拓也のダメージは大きかったのか、30秒も経たぬ内に参考書は元の場所に戻された。
「・・・ほんと、お前はよくやるなぁ・・・」
「ふふっ。それ、健にも同じ反応されたわ。まぁ健はもっと瞬間的に反応してたけど。」
「健君・・・そういえばみどりは、本当に成長したな。」
「えっ・・・?」
「何年も会わないまま、最近いきなり会ったのもあるけど、それでもお前はなり過ぎた位、大きくなったと思う。きっと、原因はあの事件の・・・健君の影響だろ?」
「・・・多分。でも一番変わったのは、あいつの方だと思うけど。」
「そうか・・・それなら離れ離れだったのも、あながち間違いじゃ無かったのかもしれないな。」
それは親心からなのか、拓也は一瞬だけ寂しげな表情を浮かべ、すぐまた安堵の表情に戻すと立ち上がり、居間を出ようとする。
しかしその足は、とある言葉を聞いて止まった。
「・・・ねぇ。お父さんは・・・いつお母さんとよりを戻す予定?」
「みどり・・・俺が中々雅子と会えない状況だから、まだ時間はかかる。けど、きっとお前が社会人になる頃には必ず。」
こちらに向けられた娘の顔を最後に見つめ、拓也は今度こそ居間を去って行った。
――・・・お父さん。
約束だからね、絶対。
小さな頃から抱き続けていた、強い願いの言葉を心でそっと呟き、みどりは傍に置かれた手帳の中から何かを取り出す。
それは決して無くさぬ様にいつでも手帳にしまっていた、あの日のプリクラであった。
「たった7日間の出来事・・・でもあたしにとっては、何年分の思い出。あたしはこの7日間を、いつまでも忘れない。
そうでしょ・・・健。」