黒(ブラック)の予感
志真のそんな会話も露知らず、遥は洗面台にて手を洗い終え、ハンカチで濡れた手を拭いている所だった。
洗面台には少し大きめな鏡があり、ふと遥は手を止めて鏡に写る自分を見つめる。
――・・・私って、やっぱりパッとしない女の子なのかな・・・
今時の女の人は言いたい事がはっきり言える人ばかりだけど、私はよほどの事じゃ無い限り相手を立てる側になってるし、志真さんや瞬さんに比べたら自己主張してないし・・・
モスラの言う通り、私はもっと積極的な女の人になるべきなのかな・・・?
遥の考え事は洗面台を出てからも続き、もはや体は無意識の勢いで動いていた。
考えているのはやはり、6日前にウェイスの言葉に対する事だ。
――ウェイスさんの冗談だって、あの時はもっと嫌がる必要があったのかも・・・
私の3サイズなんて、周りの子からは「細くていいな」って言われるけど・・・私から見たら並み位のスタイルだし・・・
モスラだって『意識せずに、心の底からの感情に任せろ』って言ってたし・・・そう、思った事を声に出さないと。
意識せず、心からの感情に・・・はっきり、はっきりと・・・
わたしも・・・わたしも、モスラみたいに・・・
「だろ?やっぱし・・・あっ、遥ちゃんが帰って来たか・・・瞬、この話の続きは電話でな。」
「まだ続ける気か・・・それに電話など迷惑だ。いつでも返せるメールにしろ。」
「メールにしたらお前、3日ぐらい経ってからしか返して来ないだろ!だから絶対電話で・・・」
遥が来た事で話を中断した志真と瞬だったが、そこで2人は遥のある異変に気付く。
「遥・・・ちゃん?」
志真が呼び掛けても、遥は全く返事をしない。
遥は何故か虚ろな瞳をしたまま席の前で立ち尽くしており、それはまるで体と心が分離しているかの様だ。
そう、遥は深い自己問答を繰り返すあまり、本当に無意識になってしまったのだった。
「妃羽菜、どうした?」
瞬が呼んでみるもやはり返事は無く、そのまま遥は黙って席に着く。
そして無意識のままの遥は一言、2人が知っている彼女の言葉とは到底思えない台詞を言い放ち、その衝撃からただ2人は凍り付く程に固まる事しか出来なかった。
「・・・ほんと、デリカシーの無い浮かれた男なんて、罰が当たって墜落事故にでも遭ってしまえばいいのに。」
「「・・・!?」」
その頃、アメリカ・フロリダ州にあるエグリン空軍基地にてイースとウェイスが航空技術の訓練をしていた。
その理由は「初心忘れるべからず」と言うイースの方針によるもので、一週間前のギドラ一族との戦いが更に火を付けた様だ。
『よし、次だ!』
『・・・あいよ。』
しかし、ウェイスの方はと言うとイースとは正反対に全くやる気が無く、体は操縦しながら頭は違う事を考えている。
――・・・はぁ。
何でイースの奴、あんなにガンガンやる気なんだ・・・?
ったく、オレはこんな所でやり尽くした訓練なんてやらねぇで休暇取ってニッポンへ行きたかったのによ・・・
けど、そうしたらあいつに修正喰らうし・・・
『どうしたウェイス!動きが乱れているぞ!』
――くっそ~!ニッポンには可愛い「ジョシ」達が、ヤマトナデシコなハルカが待ってるんだぜ!
マジメ野郎のイースになんか、付き合ってられっか!
・・・こうなったら!こいつに乗ってでもニッポンへ・・・!
ウェイスの戦闘機はまるで彼の想像を体現するかの如く不安定な動きを見せており、これが彼の甘い考えを打ち砕く事となった。
『おいウェイス!聞いているのか!』
『う、うるせぇ!・・・よし、見てろ!とっとと終わらせて、オレはニッポンへ・・・』
早く訓練を終わらせようと、ウェイスは機体を急激に加速させようとしたその時、突如戦闘機が大きく揺れたかと思うと、勢いが増す筈のエンジンの音がしなくなった。
それと同時に戦闘機はバランスを崩し、ゆっくりと下降して行く。
『・・・へっ?』
この台詞を最後にイースの無線からはウェイスの絶叫しか聞こえなくなり、戦闘機は結局森に墜落した。
イースがすぐ救助を呼んだお陰でウェイスは軽傷で済んだが、今回の事故がウェイスの無茶な操縦から来た物である事をイースは見抜き、ウェイスはその後一ヶ月もの間、外出をも出来ない程にイースからの訓練を受ける羽目になったのだった。
『まだまだ!次は、回避プログラム20本だ!』
『こ・・・これって、何の罰なんだぁーっ!!』
完
5/5ページ