シエルと睦海
「一番の抵抗はやっぱりそこよね。」
「私の記憶は、やっぱり奴に破壊された世界のもの。」
「でも、その体はこちらにあった。だから、確かにこの世界の記憶もある。……でも、もう一つの記憶の様に、健おじちゃんをお父さんと言えない。」
"私"は病院の喫茶室で亜弥香と紅茶を飲みながら、その心中を漏らした。
大分記憶の整理ができ、この世界では悪魔ではなく事故により両親を幼くして失い、孤児院で育てられていた"私"を、健達夫婦が娘として向かえに来たのだ。
「全ておじちゃんが言っていた通りだった。歴史は変わらない。ちょっと流れが変わっただけなのね。」
「だから、私はここにいるのよ。………私からは前の世界について、睦海と健の旅について何一つ話してないわ。」
「え?」
「胸の中に思い出としてとどめておくのか、それを決めるのは睦海の自由よ。……ただし、ちゃんとケジメをつけるのが女ってものよ。これは人生の先輩からのアドバイス。」
そう言い残して、亜弥香は紅茶を飲み干し、その場を後にした。
"私"はカップの中に揺らめく黄褐色の水面を見つめていた。