山神‐Varan's memory‐







・・・何かの気配を感じ、私は目が覚めた。
この辺りにはニンゲンは近寄らない筈。ならば、この気配は何だ。
まさか、私の他に生き残った者がいたのか?
はやる気持ちを抑え、私は湖から出た。






が、そこにいたのはニンゲン達だった。
見慣れないニンゲンもいた気がするが、ニンゲン達はすぐに逃げ去った。
たったそれだけの事だったが、私にとっては我がテリトリーを踏みにじられ、肩透かしを喰らった感覚だった。
ここは、私だけの聖域。ニンゲンが近寄っていいものでは無い筈だ。
私は「神」としてそれをニンゲンに分からせる為、ニンゲンの住処を跡形も無く破壊した後、眠りに付いた。






次に目を覚ましたのは、体に感じた違和感からだった。
最近少しばかり眠りの時間が短くなっているとは思っていたし、ここ一帯が騒がしいとは感じていたが、それにしてもこのいきなりの感覚は何だ?
湖で眠ると言う事が、私にとってこの大地の力を蓄える大切な事である筈だったが、まるで湖が私を拒絶するかの様だ。
魚達の命が消えて行くのを感じる。
居心地が悪い。苦しい。
私はその息苦しさに耐えかね、湖から出た。






湖から出ると、ニンゲン達がまた私を見ていた。
今度は見慣れないニンゲンばかりだったが、ニンゲン達は再び逃げたかと思うと、見た事もないもので私に攻撃を仕掛けて来た。
何かの塊を私に撃ち込んでいるのであろうが、幸いにも私の体には通用しなかった。
それよりも私にはニンゲンが我がテリトリーにまたも無断で入って来ていた事、私を畏敬の対象としていたニンゲンが私に攻撃して来た事が許せなかった。
ニンゲンめ・・・どういう事だ。
最初からそのつもりだったのか。私を裏切る気で私の元にいたのか。
許さない。下等生物のニンゲン如きが、私に歯向かう事など。
私は立ち塞がる鉄の塊を踏み潰し、燃える林を蹂躙した。






そうして林を進んでいる内、岩の裂け目に隠れるニンゲンを見つけた。
まずは、貴様達からだ。
私は怒りに身を任せ、ニンゲンを裂け目から引き摺りだそうとした。
しかし裂け目は私にとってはとても狭く、中々ニンゲンを引き摺り出せない。
そうしている内、空に何か変化が起こった事に気付いた私はニンゲンの事を忘れて振り向いた。






・・・光。
あれは、光。
あの時、私が只のケモノであった時に見た、最後の光景。
あれは私に、神の力を与えた物。
きっとあれは空から私達を照らし、私達を見る神の住処からの贈り物・・・






気が付けば私はニンゲンを引き摺り出す事などすっかり忘れ、光を求めて高い所に登っていた。
しかし、光は既に消えてしまっていた。遅かったか。
次また落ちて来た時は、必ず私の糧にしてくれよう。
・・・そういえば、他の場所はどうなっている。
やはりニンゲン達が支配しているのか?それともまだ同類がいるのか?
それを確かめたい。この世界は今どうなっているのか、知りたい。
私は体に宿る力を全身に巡らせ、この聖域を飛び去った。
待っていろ、私の聖域。
必ず同類を見つけ出し、ニンゲンに占領された我がテリトリーを取り戻して見せる・・・










こうしてテリトリーを出た私は山を越え、巨大な湖に行き付いた。
何処か見た事があるその湖に入ってみると、私がいた湖とはまた違う感じだった。
しかしいつまでも山や林にいてはニンゲンに私の存在が知れてしまう以上、ここに身を寄せるしかあるまい。
私はひとまず岩影に隠れ、ニンゲン達の動向を見た。






それから少しずつ移動しながらニンゲンの動向を見ていたが、この湖はやけにニンゲンの気配を多く感じる。
湖の上にはいつもニンゲンの移動物が通り、気が気でいられない。
・・・やはり、こちらから行動するべきか。
私は湖から顔を出し、辺りを伺いながら進む事にした。
途中で幾つかニンゲンの移動物を見つけたが、軽く破壊してやった。
暫くそうしていると、また私の知らぬ移動物が私の方へ向かって来ていた。
一つは先程見た移動物とは比べ物にならない程大きな移動物、もう一つは宙を飛ぶ移動物。
どちらもテリトリーにて私に撃って来た塊を放って来たが、どちらにしても私に効く筈もない。
小賢しく動く移動物を沈め、私は再び湖の中に潜り込んだ。
顔を出してしまえば騒がしくなる。やはり、こうしている方が落ち着く。






そうしてニンゲン達の様子を伺いながら私は湖の中を進んでいたが、何故か突然ニンゲン達の気配を感じなくなった。
丁度良い。暫し休むとしよう。
私は岩に背を預けると、何処までも限りの見えない湖の中を見渡した。
この湖は、本当に広い。
私のいた湖でさえ、比べ物にもならない。本当の世界は、今の私にも広過ぎる代物だ。
そして私の同類は、もうこの広過ぎる世界にもいない・・・
しばらくテリトリーから離れている内、私はそう悟った。






そうしている内、突如訪れた体の違和感で私は正気に返った。
この感覚はあの塊によるものだろうが、それにしても数が多い。
堪えはしない、だが動きが取り辛い。
私は何とかその場から退避しようとしたが、その刹那に何連にも重なる衝撃が私の全身を襲った。
ニンゲンめ・・・本気で私を駆すると言うのか。
ならば、私も貴様達を一匹残らず駆してくれる。
衝撃には微かに堪えたが、意に反さず私は彼方に見える大地・・・ニンゲン達の巣窟に向かった。
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好釦