山神‐Varan's memory‐
気がつけば、知らない世界にいた。
ここは何処だ。
私がいた所は、こんなにも寂れていなかった。
もっと木々は生い茂り、空の光も強かった筈だ。
何より、私以外にケモノの気配を全く感じない。
私の頭に残る記憶、それは空から落ちてきた途方も無い光、凄まじい閃光と圧力。
・・・そうだ、私はそれから逃れる為にこの水の塊に飛び込み、そのまま自らを封じたのだ。
この世界は、あのまま滅んでしまったのか?
私を残して・・・
私はそれを確かめたくなり、まず水から出て木々へ向かって歩いた。
しかし、何かおかしい。
何だ、この違和感は。
私が私で無い様な、そんなものを感じずにいられない。
全てが分からない。
この先を行けば、それが見えてくるのだろうか。
・・・そういえば、私の周りにあるものはこんなにも小さかったか?
私の足元程しかない木など、見た事がない。
目の前に見えるあの岩も、こんなに小さいものだっただろうか?
否、そうではない・・・私自身が巨大となっているからだ。
そして眼前の岩を意図も簡単に押し分けて見えたものは、私を更に混乱させた。
そこにいたのは、見た事も無い小さな生物。
どの生物も二本の足で歩行し、何やら聞き覚えの無い声を発しながら私から逃げている。
周りにはこの自然とは似つかわしくない建造物が多数あり、そこからあの生物が出てきている。
あれが住処なのか?踏みつけてみたが、これも簡単に壊れてしまう。
もはや、私は訳が分からなかった。
何故、こんなものがあるのか。何故、こんなにも変わってしまったのか。
何故、私はこんなにも・・・
気が付けば、辺りの光景は酷く変わっていた。
無論、それは私の力。
それはまるで神の如き力・・・あの光が、私にこの力を授けたのか?
私は只のケモノとして生きていた筈・・・分からない、私自身が。
だが、一つだけ分かった事がある。
目の前で怯えているあの生物達の目は私を畏敬の対象として捉え・・・恐れている事。
あの生物達にとっては、私は神に写っている。
・・・ならば、私は奴等の神となろう。
これは天が私に与えた定め、これからの私の成すべき事なのだ・・・
それから私は「神」として奴等に君臨した。
とは言っても水の中でゆっくりと眠りに着き、目を覚ましたら奴等の所へ現れる、を繰り返しただけなのだが。
しかし、この生物は私が現れただけで面白い程に反応を見せる。
天から私達を見る本物の神も、同じ様な優越感を感じているのだろうか。
それからもう一つ、この長い時間で分かった事もある。
昔はただ生存本能に従っていただけの私に、物事を考える「知能」があると言う事だ。
目を覚ましたばかりの頃は何もかもが分からなかったが、今はこうして冷静な思考が出来ている。
あの生物の名前は「ニンゲン」、この周辺の名前は「ブラク」、私が眠る場所の名前は「ミズウミ」、ニンゲンが呼ぶ私の名は「バラダギサンジン」。
私はニンゲンにとってこの一帯の神であり、何者も私の元に立ち入る事は許されない。
それを侵した者に訪れるのは、「死」。
そして更に一つ、私に与えられたもの。
そう、ここは私の新たなる聖域・・・テリトリーなのだ。
ここは私だけの住処、私だけの居場所。
私は何があろうとも、この安住の地を守り抜く。そう自らに誓った。
そうして年月は過ぎていったが、変わる物は何も無かった。
元から私は長生きだったのでそれに関しては然程気にはならなかった。
私が不安だった事、それはこの悠久の日々が失われると言う事。
そしてそれは、突如としてやって来た。
ある日、目が覚めた私は湖から出て林を歩いていた。
変わらない行動、変わらない神としての誇示。
それで終わる・・・筈だった。
私は目の前から迫って来るものに気にも掛けず、軽く踏み潰した。
恐らくニンゲンが移動に使っているものなのだろうが、私にとっては下等な生物であると認識していたニンゲンの事など、どうとも感じなかった。
それが全ての始まりであり、終わりであった。