‐GREATEST‐応の超獣と七体の大怪獣
その頃、愛媛県・岩屋寺。
白虎・アンバーが眠っていた地であり、瞬が向かった場所であるこの寺の本堂の前で、穂野香の兄・初之隼薙が禅を組みながら妹の帰りを待っていた。
初之兄妹の父はこの寺の元住職であり、隼薙は僧になって寺を継ぐ事を否定し続けているものの、目を閉じて両腕を組み、寡黙に穂野香を待つその様子は、自然と彼が僧の血を継いでいるのを伺わせる。
――・・・穂野香、俺はここで待ってる。
だから思いっきり戦って勝って、また可愛い顔を俺に見せてくれよ・・・
しかし、そんな隼薙を物陰から狙う、異形の姿があった。
ハサミのような形となった白い手、緑の目と炎に似た形をした、オレンジ色の巨大な突起が付いた派手な顔面。
この怪物の名前はギロン人。その目的はこの地に戻って来る巫子及び、巫子に関わる全ての人間を始末する事である。
そしてギロン人の今の標的は、穂野香の帰りを待つ隼薙だった。
「・・・」
自身を狙う異形のエージェントの存在を知ってか知らずか、禅を組み続ける隼薙。
左手を振り上げながらギロン人は隼薙にゆっくりと近付き、彼の首を狙ってハサミを振り下ろした・・・が、それは突然左肩を掴んで来た何者かに止められる。
「おっと、やらせねぇぜ?ここでやり合うんもまずいんでな、まずはこれでも喰らっとけ!」
ギロン人の肩を掴んだその人物は、そのまま強引にギロン人を引き寄せると同時に、風が渦巻く拳で左アッパーをギロン人の腹にめり込ませた。
何が起こったか分からないままギロン人の体は軽々と宙に舞い上がり、突如起こった強風に流され、石段の前に叩きつけられる。
「・・・ったく、ここで暴れようなんていい度胸だな。俺の目がある内は、んな事させっかよ!」
ギロン人を追い、気流をその身に纏いながら石段前に着地したのは、なんと本堂にいた筈の隼薙であった。
顔から服、口調や性格に至るまで間違いなく隼薙と同じなのだが、右手には見慣れない風車の形をした機械を付けている。
『確かにそうだが、お前こそあまり派手に暴れるな。「この世界」のお前に見つかる事だけは避けなければならない。』
「お前に言われなくてもわあってるっての。とにかくこいつをぶっ飛ばすぞ、アーク!」
隼薙が意味深な会話を交わす相手は、右手に付いた機械の風車そのものであった。
「アーク」と呼ばれたその風車は隼薙がギロン人に向けて右手を向けるや否や回転を始め、それと同時に広げた右手の掌に風の塊が生成されて行き、塊が掌程のサイズになった所で隼薙はそれをギロン人目掛けて発射した。
「螺旋丸!ってな!」
風の塊は起き上がろうとしたギロン人の胴体に当たり、ギロン人を鐘楼の手前に弾き飛ばす。
更に隼薙が右手を勢い良く振り上げたと共に、ギロン人を複数の旋風が襲い、反撃の隙を与えない。
今の隼薙は風神の如く風を自在に操っており、それをアークがコントロールしているように見受けられた。
「へっ、百発千中だぜ!」
『否、その言葉は間違っている。百発で千中と言うのは・・・』
「うるせぇよ!ノリで言っただけだろ!」
『っ!隼薙、気をつけろ!相手が何か仕掛けて来るぞ!』
アークとの口喧嘩に少々気を取られていた隼薙はアークからの警告を聞き、慌ててギロン人の方に向く。
ギロン人は地面に両手を突き刺し、それと同時に隼薙の足元の地面が沈下し始める。
「うおっと!」
何が来るかを察した隼薙は気流を全身に纏って飛び上がり、滞空したまま左手から出した小型の竜巻でギロン人を牽制しつつ、今自分が立っていた地面を見る。
地面にはすり鉢状の穴が出来上がっており、それはまさしく蟻地獄だった。
「ふ~、危ねぇ。巻き込まれてたらとんでもねぇ事になってたな・・・」
『戦闘中に相手から目を逸らすなど、愚の骨頂だ。反撃してくれと言っているようなものだぞ。』
「お前が余計な事を言うからだろうが!」
『それはこっちの台詞だ。』
「けっ、いつまで経っても持ち主の俺にはいけすかねぇ態度だなぁ、お前はよ・・・」
『私の主人は、永遠に穂野香様だ。それよりあの蟻地獄、私の力でどうにか出来るかもしれない。』
「お前の力で?」
『私がお前の「G」で起こした自然現象・風をコントロール出来るように、あの蟻地獄は相手の「G」によって意図的に起こった自然現象だ。発生を抑制する程度なら可能だろう。』
「・・・ならよ、いっそ思いっきり使わせて貰うぜ!」
不敵な笑みを浮かべた隼薙は気流を緩くし、降下して地面に着地しようとする。
それを見たギロン人はすかさず、隼薙の着地点に蟻地獄を起こそうとした・・・が、これこそ隼薙の狙いだった。
「へっ、ちょろいぜ!」
隼薙が右手を地面に向けると共に、陥没しかけていた地面が土ごと巻き上がり、隼薙が纏う気流に取り込まれていく。
驚くギロン人へ隼薙は陥没していない地面に着地し、土混じりの気流を竜巻に変えて向かわせた。
まさに「砂嵐」だ。
「まだまだ!甘いぜ!」
砂嵐によって空中に飛ばされ、無抵抗となったギロン人を眼光で捉えた隼薙は右手を振りかざし、突風を掌に集束させた。
集束し、球体状になった風の中には鋭い刃が幾つも渦巻いており、まさにそれは「鎌鼬(いたち)」と言えるものだった。
「ちょろ甘、だぜっ!」
そして、隼薙は鎌鼬をギロン人へと繰り出した。
隼薙の眼光で正確に狙撃された鎌鼬は高速でギロン人に向かって行き、腹に当たった瞬間に拡散し、ギロン人の全身を切り裂いた。
鎌鼬を視認する間も無くギロン人は微塵(みじん)切りにされ、後に残ったのはもはや何者だったのかも分からない肉片だけであった。
「・・・『疾風』の爾落人の力、見たか!」
『否、昨日の練習の時より0.8秒鎌鼬の速度が遅い。もし回避されていたらどうする。』
「細けぇよ!そんぐらい別に大丈夫だろ!」
『お前が鎌鼬を完璧に使いこなしたいと言った以上、結果に妥協する気は無いぞ。』
「とことんめんどくせぇ野郎だな!あの化け物を退治してここの平和を守ったんだから、問題ねぇだろうが!」
『慢心は油断を生み、油断は危険を生む。お前のような調子の良い者は特に気をつけなくてはならない。だが・・・目的は果たした。それは良しとしよう。』
「最初っからそれでいいんだよ!しっかし・・・違う世界なのに、ここまで瓜二つだとはな。」
『主が言っていた事は、本当だったのか・・・』
「向こうにいる『俺』にはまだ気付かれてねぇみたいだし、変人女の迎えが来るまで待つか。」
『主を変人と言うな!私を「想造」した、偉大なあのお方を侮辱するなど!』
「へいへい、それじゃあパレ・・・」
『待て。この世界ではまた違う名前を名乗っていただろう。不都合を無くす為にも、新しい名前で呼ぶんだ。』
「あ~っ!だりぃったらありゃしねぇ!えっと、確か・・・『シング』だっけか?」
『それはこの世界に来る前の名前だ。今の主の名は、「ファンロン」だ。』
――・・・なんか物音がした気がするけど、穂野香じゃねぇよな。
アンバーなら絶対もっとうるせぇし、さっきから風が強いから、多分風の音だな。
んなもんに今の俺は惑わされねぇよ。
ここで穂野香を待つって決めてんだ、帰って来るまでてこでも動かねぇ。
穂野香、待ってるぜ・・・
すぐ近くに「もう1人」の自分がいる事など露知らず、隼薙は座禅を続けるのだった。