拍手短編集







2018年、4月1日。
世間がエイプリルフールでちょっと騒ぎになっている中、「私」はJR京都駅に程近い、東寺の五重塔をすぐ斜め右に望む、とある場所に来ていた。
「京都みなみ会館」。映画好きには京都内外を問わずに知られた、名画座のようなミニシアターだ。
「名画座のよう」と言ったのは、ほぼ旧作映画しか上映しない名画座に対して、この映画館は映画会社直営の映画館ではまず上映されないマイナー映画・外国映画の最新作を積極的に公開していたからであるが・・・とはいえ、旧作映画の特集企画やオールナイトを目的に来ていた人も多いだろうし、「私」もそれが目的で来ていた。
館長の吉田女史が美人である事もまた、重要かつ有名なポイントだろうか。
だが、そんな京都みなみ会館の役目は昨日を持って終わりを告げた・・・老朽化と言う、時間がもたらす避けられない最期によって。






「私」は、特撮作品が好きだ。
ウルトラマン、仮面ライダー、スーパー戦隊などもそうだが、ゴジラ、ガメラなどの特撮怪獣・SF映画はもっと好きだ。
今までは東京・銀座にあった名画座の有名所・銀座シネパトスでの「ゴジラ誕生祭」に参加していたが、2013年に同じく老朽化を主な理由として惜しまれながら閉館してしまい、これからどうしようかと思っていた矢先に、この京都みなみ会館で2011年から行われていた特撮作品のオールナイトイベント「京都怪獣映画祭NIGHT」の存在を知り、「私」はここに通うようになった。
それからは毎年、年越しに「京都怪獣映画祭NIGHT」に参加し続けたし、2014年からは特撮怪獣マニア向けグッズ販売会社の雄・「キャスト」さんの力添えによって「大怪獣大特撮大全集」シリーズが始まり、先月の閉館寸前まで毎月、古今東西・新旧入り混じったラインナップで特撮映画を上映し続けた。
2015年からは銀座シネパトス閉館後、会場を移しながらも東京でしか開催していなかったゴジラ誕生祭を「京都会場」として開催し、関西にいながらゴジラの誕生日をゲストやファン達と一緒に祝える事が出来た。
それ以外にもウルトラシリーズの上映会・トークショーイベントや、プロ・アマ問わずの自作特撮映画の上映会もやった事があった。
そう、ここは特撮ファンにとって間違いなく、「聖地」の一つだった。






今こうして、パチンコ屋を改装して出来上がった赤と銀の四角い建物・・・一見すると映画館と気付きづらい独特的な京都みなみ会館の外観を見るだけで、ここでの思い出が蘇る。
大阪在住なので、移動には毎回車を使った。オールナイト後の帰り道はかなり辛かったが、ゴジラや東宝特撮映画、パシフィック・リムなどのサントラを聴きながらのドライブは楽しかったし、道中のマクドナルドに寄って食べる朝マックは中々オツなものだった。
到着したら映画館右隣の無料の専用駐車場に車を停め、大体は車内で夕食を食べたりしながら開場を待った。13台しか停められないので早く来たのに先に駐車場が埋まり、泣く泣く更に隣のコインパーキングに停めた事もあった(深夜料金のコスパは非常に良いのだが)。
「ゴジラ誕生祭」は肌寒くなる11月初め、「怪獣映画祭NIGHT」はすっかり冬に突入した12月末の開催だったので、車内が寒かった事が思い出される。
「大怪獣大特撮大全集」の時は当日券と先着プレゼントの都合で、夕方からの上映だが朝早く行く事もあり、当日券を受け取って鍵を受付に預ける代わりに車を駐車場に停めたまま、京都駅付近のイオンモールで店を回ってフードコートで昼食を食べ、ゲームセンターに行ったり映画を観たりして時間まで楽しんだのも、良い思い出だ。






このまま黙って帰ろうとするも、心から溢れ出る思いを抑えきれず、「私」はロビーへと繋がる、大人2人が通れるくらいの幅の階段を昇る。
階段の壁には上映予定の作品のポスターがずらりと貼られ、ここで入場開始まで番号順に並んで待った。
当然夏は暑く冬は寒いので、人が多い時は地下のパチンコ屋跡地で並んだ。ここでトークショーやキャストさんの物販をする事もあった。
ロビーに上がる前に一度降りて会館を左にぐるりと回り込み、ほぼほぼ1人しか通れない小さい階段から地下の跡地にも立ち寄ってみたが、一人で来るとひどく暗く、寂しく、空しく感じた。
地下なので確かに肌寒くはあるものの、いつ来ても熱気に満ちていたのだが・・・






再び階段を上がり、券売機が左に置かれたガラス戸を引いて、ロビーに到着。
ロビーと通路はちょうどL字型になっていて、ロビーには入ってすぐ左に受付が、右にみなみ会館の特徴の一つの手作りPOPが掲載された掲示板があり、飲食物・雑誌の販売コーナーや映画雑誌のバックナンバーが置かれた本棚、飲み物の自販機、公開予定の映画・他所での上映イベント等のチラシが大量に置いてあり、通路を行った先に一人通れるかくらいの狭めのトイレがある。
自販機前と通路には椅子や机があり、ここでよくファンが談笑していたのを思い出しながら椅子に座る。「私」も主に「大怪獣大特撮大全集」の時、開場前に休憩した事があった。
イベント中は毎回自販機前に上映作品のポスターが置かれ、キャストさんの物販コーナーかゲストのサイン会、もしくは同時開催会場になるので、物販・サイン目当ての列とトイレに並ぶ列とがぶつかって、通路が混雑するのはもはや毎度の事だった。
ロビーと通路にそれぞれ小豆色の劇場扉があり、ロビー側にはイベントで訪れた著名人達のおびただしいサインが、通路側には昨年のゴジラ誕生祭でゴジラと機龍の絵が描かれ、この映画館の象徴となっていた。
この栄華の「証拠」も、もう見れなくなってしまうのか・・・西川・坂井両先生渾身の絵を見ながら、この絵の行く先に思いを馳せつつ定員3名のトイレで用を足した。
慌てて用を足さないで済んだ点に、嬉しくも悲しい不思議な気分になった。

[京都駅からほど近く、五重塔で有名な東寺さんが眼と鼻の先!]






ゴジラと機龍の間を開き、いよいよ劇場に足を踏み入れる。
154の紅色の席が用意された劇場は、「京都みなみ会館」と買い取り主の会社である「巖本金属株式会社」の金色の文字がスクリーン上の垂れ幕に乗り、座席の中央は通路として真っ二つに空き、全体として後ろのロビー側の出入口へ向かって少々の坂になった、特異な構造になっている。
「私」は出来る限り、最前列か三列前までの席に座っていた。吉田館長もおススメの位置に挙げていたが、この辺りがスクリーンから発せられる、映画・フィルムの迫力が一番に伝わって来る理想の場所だからだ。
DVDやブルーレイでも細かい箇所は見れるし、一時停止も出来る。環境を整えれば、映画館にいる気分で見る事も可能だろう。
しかし、それはあくまで「気分」。一度スクリーンの持つ力を感じてしまうと、どれだけソフトの画質・音質が良くても同じ感覚は感じない。フィルム上映、昔の作品、そして「特撮映画」となると尚更だ。
あのくっきり大きく写る画面、体の芯に響くサウンド、邪魔な筈なのに何処か味を感じるノイズ、汚れ、赤さ。そして、フィルムに残り発せられ続けるクリエーター・役者達の魂。
お金を払っても・・・いや、お金では買えない素晴らしい体験が、そこにはあったのだ。






最前列の左中央、「私」が最も座った席に座り、今まで観て来た作品やイベントの数々を回顧する。
もう既に、何度もDVDで見た名作。
やっと劇場で観れた、お気に入りの映画。
テレビではなくスクリーンで観る、特撮ヒーロー達の雄姿。
未だソフト化されずにいる、幻の雪男。
お会いしたゲストの方々、もう二度と会えない方々、年に一回は見かけた某M11。
そういえば、京都怪獣映画祭NIGHTを締めくくる恒例行事はキャストさん全力の正統派でかつ悪ふざけが入った、来年の企画の予告動画で、それに吉田館長も参加したりしていたっけか・・・
もう、それも二度とここで観る事は出来ない。
あくまで「ここで」の話であり、今吉田館長一同で「京都みなみ会館」の名前と伝統を残そうと、来年中の再開を目指して移転先を探している。
それはとても嬉しい事だ。名前と場所と思いが残っていれば、また新しく始められる・・・それは事実だと思う。
それでも、「この場所」での「京都みなみ会館」は終わりなのもまた事実。
今は残酷なその事実を受け入れ、忘れないように記憶に刻み込み、一日でも早くこのインターミッションが終わって、また「京都みなみ会館」で素晴らしい特撮の体験が出来る事を祈ろう・・・










・・・しまった、ついつい寝てしまっていた。
邪魔者は早く退散・・・しようとしたその時、劇場が暗転。
そして、スクリーンに何かが写し出される。
・・・そうか、もしかしたらこの為に「私」はここに来たのかもしれない。






この京都みなみ会館に通った、約六年の思い出。
ここの歴史やもっと昔から訪れている人からすれば、まだまだ短い期間かもしれないけれど、それでもこの六年の素晴らしき思い出の数々は、一生忘れない。
京都みなみ会館に関わった全ての人達に、ありがとう。
そしてささやかなインターミッションが終わり、新たなる京都みなみ会館の歴史が始まるその日まで、さようなら。
「いつかの」時を待ちわびながら、「私」は涙と笑顔を顔に浮かべ、密かに劇場を去るのだった・・・











[またいつかのご来場を、お待ちしています。]
27/44ページ
好釦