‐GREATEST‐応の超獣と七体の大怪獣
「着いたか。」
鏡を抜けた瞬の前に広がっていたのは、赤い鳥居を境に遥か上へと連なる、石の階段であった。
ここは愛媛県・久万高原町、岩屋山。
瞬が立っているのは「お遍路さん」こと四国八十八箇所巡りの第四十五番礼所に当たる「岩屋寺」へと続く、階段の前だ。
「周りにあるのは駐車場に、土産屋・・・恐らくこの階段の先に寺院があって、そこに巫子がいるのだろう。時間が惜しい、早く登るか。」
――バラン、あとしばらくの辛抱だ。待っていろ・・・ん、お前はあの猫もどきか。
そういえば俺の「結晶」の中にいたな・・・なに、巫子と四神の場所が分かるのか、だと?
この上にいるのは間違いないのだろう?それに、お前が俺に場所を教えてくれるのでは無いのか?今更分からない、とでも言う気か?
・・・やはり、それで合っているだろう。しかし、巫子が誰かまでは一見では分からん。巫子がいたら知らせろ。
黒く淡い光を出す、弾丸の中のミケとの意志疎通を軽く済ませ、瞬は石段の参道を登り始めた。
弾丸から心無しか、寂しげな鈴の音がした。
「『まだまだこれからじゃ、岩屋の坂と人生は』か。同感だな。」
「ち、ちょっと、兄ちゃん・・・土産屋で杖、貰ってないのかい・・・?」
「杖?そんな物があったのか。しかし、俺の心配より自分の体力を心配した方が良さそうだが?」
「そ、そうかい・・・」
「毎日の訓練に比べれば、観光感覚と変わらん。俺は先に行かせて貰う。」
教訓が書かれた看板と、同年輩の参拝者に別れを告げ、瞬は再び石の段を上がって行った。
左右に並び立つ杉の木々や地蔵、過酷な参道に一休みする人々を横目に息を切らす事も無く、黙々と瞬は目的地への距離を縮める。
「・・・ここか。」
そして266の石段を登り終え、鐘楼や手水場を抜けた瞬は標高580mに位置する、岩屋寺の大師堂に辿り着いた。
バラの花等、随所に西洋のディテールが施された大師堂は国の重要文化財に指定されており、その横には本堂もある。
更に本堂の背後には垂直に立つ巨大な岩壁があり、岩壁がさも本堂が岩から突き出して建っているように見えさせ、何処か神秘的な感じを見る者に与えた。
――・・・確かに、登った甲斐はある風景だな。だが・・・肝心の巫子は何処だ?
おい、猫もどき。本当に遍路達の中にいなかったのか?
・・・そうか。だが人に聞こうにも巫子の事を知らない、もしくは話さない可能性が高いが・・・んっ?ここからまだ登れる場所があるのか。
「逼割禅定(せりわりぜんじょう)」のある、奥の院・・・しかし、かなり険しい道だ。そんな道の先に巫子が・・・?
「ちょっとあんた、そこで何してんだ?」
と、看板を前に自問自答していた瞬に青年が話し掛けて来た。
緑色を基調としたカジュアルな服装に首から小さい双眼鏡をぶら下げた、茶髪セミロングの現代風青年だ。
「ここに『四神』と『巫子』がいると聞いて来たのだが、何か知らないか?」
「し、知らねぇな。あんた、観光やお遍路で来たんじゃねぇのか?」
「・・・俺が質問した時、一瞬目が泳いでいたな。嘘を付いている人間の習性だ。」
「お、おい!言いがかり付けてんじゃねぇぞ!」
「動揺して、目線がさっきよりも右往左往しているな。お前は確実に四神か、巫子の事を知っている筈だ。答えて貰おう。」
「ちっ・・・分かったよ。でもその前にあんた、なんで四神と巫子が気になるんだ?」
「正直、俺はこういう非現実的な話は苦手だが・・・俺もまた、怪獣バランと親交を持っている非現実的な男だ。」
「怪獣のバランと?」
「巫子が勾玉を使って四神と交感する様に、俺もこの『結晶』と呼ばれる物体を使ってバランと交感している。しかし、これはバランとの交感と、俺の『知恵』をバランに与える事しか出来ない。しかし、それでは根本的な解決にならない。今も地面の下にいるバランを、助ける事すら無理だ。縁は浅いが・・・俺はバランを助けたいと、本気で思っている。」
瞬は決意に満ちた眼差しで、青年と目を合わせる。
最小限の言葉だが、その言葉に瞬の思いの全てが込められており、青年の心の奥底にまで伝わっていた。
「あんた、名前は?」
「瞬庚。自衛隊特佐だ。」
「俺は初之隼薙(はやて)。あんたの言う通り、この岩屋寺のある山に西を護る四神の『白虎』がいる。それから、白虎の巫子は俺の妹だ。」
「お前の妹が巫子か・・・四神の事を知っているのは、そう言う事だったのか。」
「あんたがバランを助けたいって気持ち、俺にも分かった。けど、あんたに協力は出来ねぇ。」
「なんだと?」
「巫子と四神ってのはな、心も体も繋がってる存在だ。だけど、それは命も繋がってるって事なんだよ。四神が疲れれば、巫子も疲れる。四神が傷付けば、巫子も傷付く。じゃあ、四神がくたばったらどうなるか・・・言わなくても分かるだろ?」
「・・・生死をも共有する、運命共同体・・・」
「バランでも手も足も出ねぇ、昨日のあの怪獣と戦う事になったらどうすんだよ?そんな事になったら、白虎もろとも妹は絶対・・・そんな事、耐えられっかよ!」
「・・・」
「俺にとって、妹は小さい時からいつでも一緒にいた、大切な存在だ。俺は妹に、ずっと元気でいて欲しいんだ!妹の為なら、俺は命も惜しくねぇ。代われんのなら、俺が巫子として戦いたいくらいなんだよ。
あんたも分かるだろ?妹を失いたくない、俺の気持ちが・・・」
「・・・」
「こんな所まで来て貰って悪ぃけど、帰ってくれ。あっ、でも折角だからお祈りとかはして行けよ?この寺に祀られてる白山権現なら、あんたの願いを叶えてくれるかもしれねぇし。」
それから数十分後、瞬は本堂の近くにある杉の木に背を置き、うつむき加減の体勢で1人、顔をしかめていた。
隼薙の言葉を受けて瞬は巫子に会う事を諦め、四神に頼る以外の方法が無いか思考を巡らせていた・・・が、中々名案が浮かばずにいた。
――・・・情報では、バラン達は約3000キロメートルもの地下に埋まっているらしい。
ここまで下だと、物理的に助けるのは時間が掛かり過ぎる・・・やはり、「結晶」を使うしか無いのか?
志真や妃羽菜の話を聞く限り、単純なパワーの増強も可能な様だが・・・いや、待て。バラン達が埋まっている所で今現在、震源があったと言う報告も無い。バラン達が地面の下で脱出する為に抵抗しているなら、もっと地震が起こるなどの変化があるはず。
つまり、バラン達には一種の超常的な封印が施されていて、身動きすら取れない状態なのだと考えるべきだ。
相手は森羅万象の化身、果たして「結晶」で対抗出来るものなのか・・・?
「すみません、瞬特佐ですよね?メモの顔と見比べても間違いない。」
「あんたの顔を見るのも久しぶりだなぁ。」
「?」
と、そこで瞬に話し掛けて来たのは、一眼レフを下げた天然パーマの男と、メモとペンを手にした丸刈りの男だった。
彼らは年明けの大阪で瞬と数奇な出会いをした、この世の不可思議な事を調べるサークル「Gnosis」の首藤秀馬と蓮浦賢造だった。
「・・・お前達、俺と会った事があるのか?」
「なぁっ!?あんた元旦の時の事、もう忘れてんのかよぉ!」
「あの時の瞬特佐はリーダーと一悶着あったからな。自分も首藤も瞬特佐とあまり話していないし、仕方ない。」
「あぁ、そうか・・・」
「んっ・・・?そういえばお前、あの時妃羽菜にモスラの事について問いただしていたな?」
「おっ、そうそう!」
「それから、お前の方は・・・」
「・・・」
「・・・・・・お前も、あの場にいたのか?すまないが、どうも思い出せない・・・」
「い、いえ。いました、一応・・・」
――・・・やはり、自分は印象が薄い人間なんだな・・・
悔しいが、前の飲み会で首藤が言っていた事は、正しかったのか・・・メモしておこう。
「・・・ドンマイ、蓮浦。」
「?」
自分の存在感に落胆し、肩を落とす蓮浦のその肩を、首藤は慰めにと妙に優しく掴む。
そんな2人の様子を、瞬は疑問符を浮かべながら見ていた。
「まぁ、あんな珍事に巻き込まれてしまった事には同情する。それで、お前達は遍路に来たのか?」
「いや、おれと蓮浦はこの岩屋山に『四神』ってのがいるって聞いて来たんだがよ、あんたっておれ達より前にここにいたか?」
「あぁ、そうだが。」
「なら当たりだ。おれ達、今この瞬間にあんたにも用事が出来たんだよ。」
「俺に?」
「瞬特佐、実はついさっきその四神の行方を知っている『巫子』に会ったんです。」
「その巫子があんたに用があるって言ってて、探してたら・・・」