拍手短編集







『わくわく・・・どきどき・・・』



小笠原諸島・竜宮(いせみ)島。
心地良い波音が響く砂浜に、この島に住む元貴族「グレイス」家の娘であるジュリア・R(ラント)・グレイスが立っていた。
何かを待ち焦がれるようにジュリアは水平線を見つめ、そんな彼女の様子をグレイス家専属護衛隊長にしてジュリアの幼馴染み・蘭戸弦義と彼の知人達がやや後方から見つめている。



「ねぇ弦義、本当にここにあのゴジラが来るの?なんか、まだしんっじられないんだけど・・・」
「あいにくだが、本当だ。華。ジュリアと志真さんが嘘を付くと思うか?」
「・・・貴方がそんなに自信たっぷりに言うんだったら、間違いじゃ無いんでしょう?それくらいは分かるわよ。」



青と白を基調とした高級感のあるメイド服と、後頭部に付けた白く大きなリボンが目を引く、栗色のセミショートの細身の女性・・・グレイス家看護長にして、弦義と同じ頃にこの家に来た弦義の友人・古手華が問う疑問に、表情一つ崩さず答える弦義。
この屋敷に来たその時から彼と苦楽を共にして来た彼女には、この無愛想な回答だけで充分であった。



「話にしか聞いた事の無い僕にはその志真と言う人も信じられませんがね。だってジュリア様を連れ出したのもその人でしょう?それ以来ジュリア様が余計外の世界に興味を持つようになって・・・」
『文字数が多いんだよ、響人。男はただ背中で語るんだ、背中で。』
「貴方は背中で語る以前に言う事なす事がでたらめなんですよ!クー先生!そんな貴方がカッコつけながらそれっぽい事言っても説得力あると思ってるんですか!」
『おいおい、オレの事は「センセ」って呼べって言ってるだろ?と言うか弦義はオレがいくら嘘を教えても、てんで嘘を付く事を覚えない男だぞ?ジュリア様は信じてくれるのになぁ。』
「だから貴方は先生なんだから嘘を教えたら駄目でしょうが!いい加減にして下さいよ!大体この前貴方がジュリア様にあんな事言うから・・・」



弦義の隣で言い合う2人の男は、弦義と同じ護衛担当の使用人の眼鏡男子・臼井戸響人と、使用人達の実技教導員である大柄のグラサン外人男、アイン・S(ストラタ)・クーこと「センセ」。
響人は弦義より遅れてグレイス家に雇われ、生真面目な性格もあって自称弦義の弟分と言う程に弦義を慕っている。
アインは個人的に弦義達を気に入り、実技以外でもコミュニケーションを取っているのだが、素の適当さから平気で嘘をジュリアに教えており、主に響人から止められている。



「もう、響人もセンセさんもジュリア様の前で止めて下さいよ。特に響人、また最近カルシウム足りてないんでしょう?」
「いや、華さん。この日本一の無責任男の話にカルシウム関係無いですから!多分カルシウムがいくらあっても・・・ってそうじゃなくて!華さんだってクー先生の適当さにはほどほど困ってるでしょう!」
「そうだけど・・・本題はここにゴジラが来るか、でしょ?」
「・・・はい。」
『目先の事が見えないとは、まだまだベイビーだな。だからネッシーを信じられないんだ。』
「もう貴方は黙っててくれっ!」
「・・・静かに。海を見ろ、来るぞ。」



弦義がそう言った瞬間、水平線にゆっくりと巨大な水柱が立ち、砂浜に大振りの波を送りながら水柱は砕けて行く。
それでも、膝下まで海水に漬かっているのにも関わらずむしろ波に向かって行きそうな勢いでジュリアが待っていた、水柱より現れたモノは・・・



『・・・あっ!ゴジラ~!!』



ディガァァァァァァァァオオン・・・



そう、もはや誰もが知る正義の大怪獣・ゴジラだ。
ここからさほど距離の無い鍵島に住み始めた頃からグレイス家に警戒されてはいたが、竜宮島に直前来たのは勿論今日が始めてであり、ジュリアと弦義の指示で警戒行動は完全解除されている・・・もののやはり場所と事情が特殊故、静けさの中にいた屋敷は住人達の動揺でざわめき始め、響人も敵襲を受けたような緊張感の眼差しをゴジラへ向ける。



「本当に現れたな、ゴジラ・・・!数年前から勝手に近海に住み付いているが数々の怪獣を倒すその力は人間の刺客より脅威・・・!弦義さんやジュリア様は信頼していようと僕はその力による脅威を見逃しは・・・!」
「響人、あれを見ても信用しないか?」






『ほんとに来てくれたんだ~!ありがと~っ♪ねぇねぇ、早く手にのせて!』



グルルルル・・・



響人の目に入って来た、近寄って来るゴジラの手に嬉々としながら自分から入って行くジュリアの光景は、憧れの弦義に言われてもなお彼にとっては信じがたいものだった。
彼女のその様子は、この島の沖の海深くに潜む「竜」と戯れる姿ーー彼女がありのままでいられる時ーーそのままであったからだ。



「・・・ジュリア様が、あんなにも心安らいでいる・・・」
「まるで貴方かマンダといる時みたいね。弦義。」
『妬けるねぇ、弦義。だからってお前まで怪獣になるなよ?』
「当たり前ですよ、センセ。響人も、あれを見たら信用するしかないだろう?」


――・・・少なくとも、俺はジュリアを「巫子」としてこの島に縛り付けている「青龍」よりは、ゴジラの方が信用出来る・・・
ジュリアが聞いたら、間違いなく怒るだろうけどな。


「・・・弦義?微妙に怖い顔してるわよ?」
「・・・何でもない。」

[古手華・・・我ながらしんっじられないくらい古臭い名前よねぇ・・・]



「弦義さんも思いましたか?ゴジラにせよ何にせよジュリア様関係でこんなに騒ぎが起こると・・・」
『ジ、ジュリアさま~っ!!』



と、突如砂浜へ絶叫と共に割って入って来た、左目に付けたモノクルと金縁のスーツが目立つ金髪男。
彼はグレイス家がかつて大貴族として権威を振るっていた時代より仕える「ニーチェン」家代表の、レイモンド・ニーチェン。
その見るからに悪趣味な外見に違わぬ、陰湿で疑り深い性格は屋敷中の人間から嫌われており、彼が来るや弦義達の顔が嫌悪感に軽く歪む。



『あっ、レイモンドにいちゃん!』
『ニーチェン!です!外が騒がしいと思ったら、本当にゴジラが来るなんて・・・危険ですから、早く降りて下さい!』
『え~、パパもママもつるぎもいいって言ったよ?』
『ですが・・・えぇい、蘭戸弦義!ジュリア様を守る身でありながら、なんたる事をしてくれたんだ!』
「主人が良いと言ったんだ。あいにくだがレイモンド、お前に指図する権利は無い。」
『校外学習みたいなもんだと思えばいいじゃねぇか、レイモンド兄さん。』
『だからニーチェン!だ!貴様のせいで、ジュリア様にまでこんな呼ばれ方をされるようになってしまっただろうが!』
「やぁねぇ。レイモンド兄さんまでカルシウムが足りないのかしら。響人もああなりたくないなら、ちゃんとカルシウム採ってね?」
「いやいや。あの人の短気さはそもそもカルシウム不足のせいじゃありませんよ。だからあの人がいくら牛乳やヨーグルトを飲んでも無駄です。ですよね?レイモンド兄さん?」
『き、貴様らぁ・・・!ニーチェン!だ!って、言ってんだろうが!』
『ねぇ~、ゴジラが早く行きたがってるから、そろそろ行くね~!』
『なっ!』



レイモンドが弦義達に激昂している間に、退屈したゴジラの催促と抑えられない目的地への思いから、ジュリアはゴジラに出発のGoサインを出してしまった。
ジュリアを覆うように指を軽く握り、ゴジラは竜宮島の沖へ向かって行く。



『お、お待ち下さい!ジュリアさ・・・』
「楽しんで来いよ、ジュリア。」
「怪我したら、すぐ私に連絡して下さいね~!」
「ジュリア様!奇妙な生物には気を付けて下さい!それと警戒心はお解きにならずに!あと陽が落ちる前までに必ず帰って来て下さいね!」
『Bon voyage(ボンヴォヤージュ)!良い旅を!』



弦義達に見送られ、ジュリアは特別な「校外学習」へ出掛けて行った。
ただ1人、レイモンドだけはジュリアを制止出来なかった悔しさから砂浜に膝を付き、歯軋りをしながら弦義達を一瞥する。



『・・・貴様ら、この事はマスターに必ず報告するからなぁ!』



憎しみに溢れた捨て台詞を残し、レイモンドも砂浜を去って行った。



「・・・だ、そうよ?弦義。」
「『あいつ』に報告した所で、主人達の意向がある限り無駄だと言うのに・・・」
「そうやって僕らを牽制して動きを封じつつご機嫌取りをするのが目的なんですよ。ご主人様のいない水面下で進めているのがその卑屈さを表してますけどね。と言うかクー先生。『ボンヴォヤージュ』って旅立つ人に言う言葉なんですけど。」
『まぁ、ジュリア様にとっては日帰り旅みたいなもんさ。ちっちゃい事は気にすんな。わかチコ!』
「気にしますよ!そのネタの古さも!いいですかクー先生。貴方は先生なんですからなるべく嘘を言わないで下さいと何度も言っているでしょう!先生あろうものが・・・」






「でも良かった。昔の弦義ならこんな事きっと許してなかっただろうし、だからジュリア様の嬉しそうな顔も増えたのね。」
「本当はいけない事をしているのかもしれない・・・でも、ただジュリアが笑顔になってくれるのなら、俺はそれでいい。」
「ふふっ、使用人なのにお嬢様にぞっこんね?近くにこんな美人がいるのに、しんっじられない。」
「冗談はよせ。丸分かりだぞ。」
「もう、そこは冗談って言って欲しく無いんだけど?」


――・・・ぞっこん、か。
仕方ないさ、俺が初めてこの屋敷に来た時・・・あいつの笑顔を見て、絶対に守り抜くと心に誓ったからな。
たとえこの家だろうと、青龍だろうと、誰が立ち塞がろうと・・・
ジュリアの笑顔が、見れるなら。


「はにかんでる所悪いけど、使用人とお嬢様の恋愛なんて許されるのは少女漫画だけだからね?」
「だから、冗談はよせ!」

[そこのお前、ニーチェン!だぞ!兄さんって呼ぶなよ!]






一方、グレイス家屋敷の一室。
体を曲げ、片膝を付けた服従のポーズを取りながらレイモンドは眼前の椅子に座る青年へ、先程の出来事を必死の形相で話していた。



『・・・と、言うわけです!マスター、これを無視せずにはいられますか!』
『分かっているさ。でもお父様とお母様と、ツルギが許したのなら仕方ないよね。レイモンド。』



レイモンドが「マスター」と呼ぶ、銅色のロングヘアーと狼のような鋭く細い目・鼻が特徴的なこの青年の名はベオ・R(ルプス)・グレイス。
ジュリアの腹違いの兄で、グレイス家の跡取り候補の1人に数えられる彼もまた弦義と身分を超えた友人であり、レイモンドがジュリア・ベオの父以上に慕う存在でもある。



『貴方様はそう言うと思いましたよ、マスター!ですがどうか聞いて下さい!幼馴染みかどうか知りませんが、蘭戸弦義はいい加減身の程をわきまえなければならない!主人に取り入ってまで、ジュリア様をわざわざ危険な身にあわせるなど・・・』
『それはボクへの反抗意見とも取ってもいいのかな?レイモンド。ツルギは僕の大切な友だ。そんな彼が侮辱されると、ボクも傷付くな・・・』
『い、いえ!滅相もありません!こんな私を拾って下さった貴方は、私にとって最高の主(マスター)!そんなマスターに逆らうなど・・・!』
『忠誠心は見上げたものだけど、ツルギに自重しろと言う前にキミが自重した方がいいかもね・・・ボクを含めて、屋敷の人間が全員敵にならないように。』
『ぎょ、御意!』



――・・・でもね、ツルギ。
キミがそうやってボクよりジュリアと仲良くなっていくのは、気に入らないなぁ。
ボクがどれだけキミを大事に思っても、キミにとってボクの存在がナンバーワンじゃなかったら・・・ね。



ご機嫌取りに必死なレイモンドが知る由もない、友を強く思うが故に歪んだ弦義への感情を心中で吐き出すべオの様子は、まるで野生の狼が獲物を狙うような眼差しと不適な笑みを浮かべており、常に高貴な雰囲気を纏った彼に似つかわしくない、不気味さを漂わせるものであった。






ディガァァァァァァァァオオン・・・



『じゃあね~っ!!』



夕刻。
約束通りの時間に竜宮島に帰って来たジュリアは、夕日の中に去って行くゴジラを元気一杯に見送った。
ゴジラが見えなくなった事を確認し、ジュリアは後ろにいる弦義達に駆け寄る。



『ただいま!つるぎ!みんな!』
「おかえり。どうだ?楽しかったか?」
『うん!ゴジラともいっぱい話せたし、チャイルドとともだちになったんだよ!』
「そうか。それはよかったな。」
「ジュリア様!本当に変な生物に襲われなかったですか?ゴジラやチャイルドゴジラから本当に痛い目に遭わなかったですか?奴らは怪獣。人間とはスケールもパワーも違う故に力加減を知らないはずで・・・」
『もう!ゴジラもチャイルドもそんなことしないって言ってるでしょ!ひびとったらいつまでも気にしすぎさんはだめって、はなからいつも言われてるのに!』
「も、申し訳ありません・・・」
「そうよね~、さっすがジュリア様は話が分かるわ。ところで、ゴジラやチャイルドと何を話して来たんですか?」
『えっとね、まいにち何してるかだったり、しまさんやバランとモスラのことだったり、これまでのたたかいのことだったり・・・そうそう!ゴジラのせなかにものったんだよ~!』
『ふっ、男はやはり背中で語るものなのが、これで証明されたな。響人、どう思う?』
「・・・もういいです。」
『あっ、そうそうジュリア様。バナナはおやつに入るので、今度持って行ってみては?』
『そうなんだ~!ありがと!センセ。センセはいろいろくわしいな~♪』
「前言撤回!やっぱり良くないっ!バナナがおやつか否かなんて未だに人によってバラバラなんですよ!なのにさもおやつが正解なのがあたりまえみたいに言わないで下さい!」
「なら別にいいじゃない。学校の遠足じゃないんだし、何にしても決めるのはジュリア様でしょ?」
『ねえ、みんなそろそろ家にいこ?パパとママにも早く話したいよ~!』
「そうだな。行くぞ、華。センセ。響人もいい加減止めろ。」
「は、はい!行きましょう弦義さん!」
『さて、明日は何を教えてやろうかな・・・と。』
「屋敷に帰ったら、私と特濃4.5牛乳を飲みながらまた詳しく教えて下さいね。」
『うん!つるぎにも、いっ~ぱいおしえるね!えへへ。』



早歩きをしながら後ろの弦義に振り返り、屈託のない満面の笑顔を見せるジュリア。
それにつられて弦義もつい、笑みを浮かべる。
それは彼が一番失いたくない、この命を賭ける事さえも厭(いと)わない、何よりも輝く宝物のようなものがそこにあったからだ。



「ああ。楽しみだ。」






ヌゥガァゥゥゥ・・・



そして、橙色に染まる海から顔を出した青龍・マンダもまた、守るべき大切な存在たる小さき巫子の背中を静かに・・・だが、愛おしく見守るのだった。

[『オレ達の旅はまだまだ続く!』「続きませんって!」]
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好釦