‐GREATEST‐応の超獣と七体の大怪獣
「わぁ・・・すごい・・・」
鏡を抜けた遥の目の前に待っていたのは、のどかに広がる円形の畑だった。
ここは長崎県・五島列島の内の一つ、福江島。
リアス式海岸と島全体に連なる山々が美しい、五島列島の経済の中心となる島だ。
「ここに四神が・・・待っててね、モスラ。」
――・・・あっ。でも四神って、島の何処にいるんだろう?
島の人に聞けば、分かるのかな・・・?
立ち止まって遥が考えていると、突然ペンダントの中にクロが入って行った。
ペンダントが薄い黒の光を出し、クロが遥の脳内に直接語りかける。
「わっ!どうしたの、猫ちゃん?」
――・・・えっ、そこに巫子がいるの?
そうだった・・・猫ちゃん、全部知ってるんだよね。ありがとう。
それじゃあ案内、頼むわね。
お礼代わりにペンダントを優しく撫で、遥は脳内に見えた家を目指し始めた。
心なしか、ペンダントが気分良く動いている気がした。
一時間程歩き、歴史を感じる家屋が立ち並ぶ道を通り、やがて遥は一軒の日本家屋の前に立っていた。
古ぼけた表札には「逸見」と書かれている。
「ここね、猫ちゃん。」
――・・・うん。
ここで間違いないね。
「とりあえず、まずは家の人に挨拶を・・・」
「なにか用ですか?」
インターホンを押そうとした遥の元に、食材の入った白い袋を持った少女が現れた。
ややオレンジ寄りの、茶髪のショートヘア。
半袖半ズボンの服に包まれた、少し日に焼けたか細い手足。
尖った前髪に覆われた額と、全体的に小さめの顔。
右手首に真紅の勾玉を付けた彼女は、人によっては少年にも見える容貌をしていた。
「あ、あの、ちょっとこの家の女の子に用事があって・・・貴方、知ってる?」
「ボクに用事、ですか?」
「えっ、貴方が・・・?で、でも『ボク』って・・・」
「そう言う人も、いるって事です。ボクは体は女だけど、中身は男ですから。」
「そ、そうなの!?」
少女の発言に、ただ驚く事しか出来ない遥。
彼女を一目見た時から女の子だと思っていた遥にとって、彼女の言葉は簡単に飲み込めないものだったのだ。
「そう言う反応ならもう慣れてますから、大丈夫ですよ。ボクの名前は逸見樹(いつき)、あなたの名前は?」
「私は・・・妃羽菜遥って言うの。よろしくね。」
「はい。それで用事って、何ですか?」
「あっ、そうね・・・私、この島にいるって言う四神にお願いがあって来たの。樹ちゃ・・・君。貴方が『巫子』だよね?」
「・・・」
「信じて貰えないかもしれないけど・・・私、このペンダントを使って怪獣のモスラと話が出来るの。それでまだ、地面の下でモスラが生きてて、四神の力があれば助けられるって聞いて・・・」
「・・・」
「樹君が、きっと巫子の事も四神の事も秘密にしたいのは分かるわ。だけど、私はモスラを助けたい。モスラだけじゃなくて、ゴジラもバランも。私、怪獣達の力になりたいの。
お願い、樹君。どうか私と怪獣に、力を貸して・・・!」
樹の手を取り、目を潤わせながら遥は懇願する。
四神の話になってから急に黙ってばかりになった樹も、そんな遥を見て閉ざしそうになった気持ちが動かされかけていた。
「ひ、妃羽菜さん、それならボクと・・・」
「樹、どうした?」
その時、突然逸見家の戸が開いた。
戸を開けたのは、40代前の厳格そうな男だ。
「と、父さん。」
「んっ、この子は誰だ?」
「わ、私は妃羽菜遥と言いまして、む、息子さんの樹君に用事がありまして、遠路はるばる・・・」
「父さん、この人は巫子に用があって来たんだ。」
「巫子に・・・?」
「え、えっと・・・」
「とりあえず、入りなさい。客人を玄関に立たせたままにする程、俺も厳しくは無い。」
「あ、ありがとうございます。」
数十分後、遥は樹の父・亨平に案内され、開いた襖越しに縁側の見える、日本情緒ある居間にいた。
座布団に座りながら隣に樹、向かえに亨平を挟む形で遥はここに来た目的を全て話した。
「・・・以上です。」
「・・・まことに信じがたい話ばかりだが、それはある意味樹も否定する事になる。ひとまず君の言う事を信じよう。」
「ほ、本当ですか!」
「だが、残念だが俺としては巫子の、樹の力を貸す事は出来ない。」
「えっ・・・」
「と、父さん!」
「君が知っているかは分からんが、巫子は四神と心も体も繋がる存在だ。しかし、それはもしも四神が傷を負った時、巫子もまた傷を負うと言う事。」
「巫子にも・・・」
「樹は俺にとって、掛け替えの無い大切な子供だ。俺も樹が巫子になったと知った時はショックだった。もし、巫子の力が必要になってしまったら、もし樹が・・・四神と運命を共にしたらと思うと・・・」
「と、父さん。ボクなら!」
「ここまで来て貰って、本当にすまないが・・・他の方法を探してくれ。君にも分かるだろう、家族を失いたくない気持ちは・・・」
「・・・」
「妃羽菜、さん・・・」
それから数分経ち、遥は逸見家の近くにある木製のベンチに座っていた。
遥は、亨平の意を汲んで樹への協力を諦めたのだ。
――別の方法・・・ファンロンさんなら分かるのかな?
もし、ファンロンさんが別の方法を知らなかったら・・・だけど私の勝手で樹君を傷つける事なんて・・・
私、このままモスラを助けられないのかな・・・
「久しぶりね、妃羽菜さん。」
途方に暮れる遥の左隣に、ロングヘアーと赤い眼鏡が目を惹く女性がそっと座り、後ろにはモダンな格好と全身にアクセサリーを付けた青年がいた。
この2人は年明けの大阪で数奇な出会いをした、世の中の不可思議な事を調査しているサークル「Gnosis」の引田深紗と岸田月彦だった。
「遥ちゃん、年明け以来やな!」
「お2人は・・・あっ!あの時の!」
「そうそう、大阪で会ったGnosisの岸田月彦や。」
「改めて、わたしの名前は引田深紗よ。それから岸田さん、関西弁。」
「あっ、ついつい・・・」
「あの、お2人はどうしてここに?」
「えっと、遥ちゃんは『四神』って分かる?」
「わたしと岸田さんは、その手掛かりを知る『巫子』と呼ばれる子がここにいると聞いて来たのだけれど・・・」
「・・・私、全部知っています。」
「「えっ?」」
遥は話した。2人に自分の知る全てを。
樹の為に話したくない所がありつつも、2人ならば他にモスラ達を助ける方法を知っているかもしれない、この2人なら樹の事を他に言いふらしたり、樹を脅かす事は無い・・・と言う気持ちが彼女にはあった。
今の遥1人では、最良の答えを出す事は出来なかったのだ。
「そうなの・・・わたし達もパ、ファンロンさんとは知り合いで、ああ見えてあの人も色々と詳しいの。だから、その話も事実だと思うわ。でも、そんな事になっていたなんて・・・」
「見ず知らずの子を傷つけたくない。けど、モスラも助けたい・・・俺だって悩むよ。」
「だけど、話を聞く限り樹さんは本心では妃羽菜さんに協力したい、そう思っているかもしれないわ。妃羽菜さん、わたしと岸田さんと一緒に、もう一度説得に行きましょう。」
「えっ・・・」
「そうそう!交渉ならこっちの方が慣れてるし。」
「引田さん、岸田さん・・・本当に、いいんですか?」
「もちろんよ。」
「人間は助け合いやで!」
「あ・・・ありがとう、ございます・・・」
一度会ったきりの、難しい問題で迷う自分に対して、善意で返してくれた引田と岸田。
2人の優しさに、遥は涙を流していた。
「ほら、遥ちゃんハンカチ。泣き顔は似合わんで。」
「気持ちが落ち着いてから、行きましょう。それと岸田さん、関西弁。」
「うっ・・・でも深紗さん、この状況なら仕方ないって言うか・・・」
「私・・・引田さんと、岸田さんに出会えて、良かった・・・」
――・・・猫ちゃんも、私を励ましてくれるの・・・?
ありがとう・・・猫ちゃん・・・
「じゃあ、ここで俺が面白い話をしよっか。この前群馬県で会った、おっきいねじを背中に付けた女の子の話を・・・」
「それ、本当に実話なの?いくらわたし達が非日常的な事を調べてると言っても・・・」
「ほんとですよ!なんでいくら話しても信じてくれないんですか!」
「・・・くすっ。私の為にありがとうございます、岸田さん。」