拍手短編集







ヒィジャァァァァァァラァ・・・



「う、嘘だろ・・・」
「そんなぁ・・・」



2012年、千葉県・愛宕山。
休みを利用し、日々の勉強生活の息抜きにこの山へ登山に来ていた2人の女子高生に、巨大な危機が迫っていた。
彼女達を見下ろすその影・・・一見するととてつもなく大きな鳥だが、まるで血脈のように全身を伝う赤い筋と、体と翼から浮き出た屈強な白い外骨格、そして頭頂部から生えた二対の角と長く垂れる髭が、この生物の異質さを表していた。
この怪獣の名はヒジュラス。ある山奥の村で「秘鷲羅乃神」として崇められており、今日は「気紛れ」でこの山に現れ、偶然見つけた彼女達に興味を示したのだった。



「ど、どうしよっか?」
「どうしよ、じゃないだろこの状況!なんかずっと見られてるし・・・あたし達、食べられるかもしれないんだぜ!」
「えぇ~っ、そんなぁ・・・死んだふりしたら、見逃してくれるかな?」
「あほか~!」



ヒィジャァァァァァァラァ・・・



2人が何故か漫才じみたやり取りを繰り広げている間にも、ヒジュラスはその尖った眼で2人を見つめ続けていたが、やがてゆっくりと右足を上げ、鋭い爪を向けながら2人に振り下ろし始めた。



「ヤバイ、いよいよあたし達、食べられる・・・!」
「煮るなり、焼くなり・・・好きにされて・・・ごちそう?」
「だから、あほか~っ!」



・・・ゥゥゥウン・・・



と、その時。
突如周囲一帯に草木を激しく左右に揺らす程の風が吹きすさび、少し怯んだ拍子に体のバランスを崩したヒジュラスは右足を戻し、2人は体を寄せ合いながら止まない風に耐える。



「こ、今度は何だよ・・・!」
「私達、助かったのかな・・・」



更に空(から)を切り裂くような飛行音と共に、ヒジュラスの目に上空から向かって来る姿が一つ映る。
両腕を水平に広げ、体の両脇から皮膜を広げて悠然と空を飛ぶ「それ」は瞬く間に2人の左側すぐ隣の草むらに着地し、大地を揺るがしながら顔を上げて咆哮を周囲に響かせた。



グウィゥゥゥゥゥゥゥゥウウン・・・



「「バ、バランだ・・・」」



2人が瞬時に言い当てられる程にその名を知られ、かつ畏れられる存在・・・
この怪獣、否・・・山神バランとは、そんな存在であった。



「マジかよ・・・これって、二倍ピンチなんじゃ・・・こう言うの、『前門の虎、後門の狼』って言うんだっけ・・・」
「えっ?どっちも虎にも狼にも見えないわよ~?」
「そう言う事じゃないってば!受験生!」
「それに遥が言ってたじゃない。バランって・・・」



ヒィジャァァァァァァラァ・・・



先程まで夢中だった2人の事もまるで忘れ、ヒジュラスは眼前のバランを強く睨み付け、負けじと叫びを上げる。
そう、同じ「神」として崇め奉られる存在であるこの二体は以前から少なからず因縁のある者同士であり、人々の知らぬ所で何度か争っていた関係でもあったのだ。
突如現れた宿敵を前にヒジュラスは直ぐ様対抗心を燃やし、その激情を全て乗せたかのような業火炎を口から吐き、バランに反撃する。
しかしバランはそれに合わせて両手を広げて皮膜を伸ばし、全身から念動の風を起こしヒジュラスに向かわせた。
バランの風とヒジュラスの炎は激しくぶつかり合うも、暫しして風の勢いが炎に勝り、ヒジュラスは猛風と自身の炎をその身に受け、背後の小山に倒れ込む。
ヒジュラスが倒れた事を確認したバランは足元にいる2人を見下ろし、何かを伝えるかのように顔を何度も後ろに振る。



グァヴウウ・・・



「こ、今度はバランに見られてんだけど・・・」
「あら・・・?ねぇ、あれって逃げろって言ってるんじゃ・・・」
「へっ?」
「だって、あの怪獣と違って私達を襲う気はなさそうよ。だから・・・」



ヒィジュラァァ!



バランが2人に意識を寄せている間に、体勢を立て直したヒジュラスは両足から煙を出しながら飛び立ち、両足の爪を向けながら一瞬の隙にバランへと迫る。
バランがそれに気付くも時既に遅く、約千度にも達したヒジュラスの高熱の爪が、バランを捉えようとしていた。



ガァアアン・・・



「「!!」」



迫るヒジュラスの爪に対し、バランは左腕一本であえて爪を受けた。
左腕を襲う高熱による激痛にバランは悲鳴を上げるも、それと同時に残った右腕でヒジュラスの髭を掴み、ヒジュラスの次の一手を封じる。
自慢の髭を掴まれ錯乱するヒジュラスを横目に、バランはやや苛立ったような雰囲気を見せながら左足で地面を蹴り、再び2人へ先程と同じアクションを繰り返す。



「っ!バランが・・・あたしらを守ってる!」
「早く逃げましょ!きっと私達がいるから怒ってるのよ!」
「・・・その通りだ!」



更に刹那を切り裂き、2人のすぐ隣から銃声が聞こえたかと思うと、バランが掴むヒジュラスの髭が突然切れた。
あまりに唐突かつ、衝撃的な髭の喪失に戦意を奪われたヒジュラスは爪を離し、着地して頭を右往左往させる。



「お前達、大丈夫か?」
「は、はい・・・ありがとうございます・・・」
「あの、貴方はだれですか?」
「通り過がりの自衛官だ。此処は俺が納める、お前達は早く逃げろ。あそこを真っ直ぐ走れば車道に出る。念の為、車が通ったら救助して貰うと共にこの事態を伝えろ。分かったな?」
「「り、りょうかい!」」



銃声の主である男・・・瞬に言われるまま、2人は慌てて逃げ去って行った。



「はぁ・・・あたし達、本当に助かったんだな・・・まさか自衛隊の人だけじゃなくて、あのバランにまで助けて貰うなんて・・・」
「だから言ったでしょ~?バランはもう悪い事しないって、遥が。」
「だな!さっさと逃げて、遥に疑って悪かったって伝えないと・・・」



ーー遥・・・もしや、あの2人は妃羽菜の知人か?
まさかな・・・もしそうなら、世界が狭いと言うのにも納得だが。



最後までトークを繰り広げる2人が正しい道へ行った事を確認した瞬は微笑を浮かべ、ようやく混乱から解けて我に返るヒジュラスへ再び銃を向ける。



グァヴウウ・・・



バランもまた2人が無事車道に出たのを悟ると今度は瞬に意識を向け、それに呼応して瞬の銃から紅の光が漏れる。
銃に装填部に込められた「知恵」の結晶を介し、瞬とバランの意志疎通が始まった証だ。


ーー突然驚かせてしまったな。
むささびがまだ改修中の中、あの怪獣とお前の目撃情報を頼りにどうにか来てみたが・・・丁度良い時に来たようだ。
お前が人間を助ける、決定的場面も目撃出来たし・・・なに?決闘の邪魔だったから退かしただけで、俺もまた同じだと。
あの怪獣との決闘に、手出しも邪魔も無用・・・ふっ、俺まで邪魔者扱いか。何時までも本心を見せない癖に、減らず口を叩く奴だ。
その理屈なら、あの2人を踏み潰そうが特に構わない筈だが?更に日本アルプスに入った者の中から、お前に助けられたと言う証言も後を絶たない・・・守ったのだろう?「山神」として。
それにあの2人、恐らく妃羽菜の知人の可能性がある。しかも内1人はお前への誤解が解けたようだ・・・妃羽菜と志真に感謝する事だな。



ヒィジャァァァァァァラァ・・・



ーー・・・おっと、この続きはこいつを倒してからだな。
俺がここに来た目的は、ようやく本当の使い方を理解出来たこの「弾丸」のテストがしたかったのもあるのでな。
志真の指輪はあらゆるモノを「増幅」させ、妃羽菜のペンダントはあらゆるモノを「再生」させる・・・そしてこの弾丸は、あらゆるモノを「変化」させる力があると考えていたが、今撃ち抜いた奴の髭がちぎれたのを見る限り、正解のようだ。
・・・分かっている。俺の目的はもう果たした。むささび無きこの状況で「基本的に」手出しはしない。
ただ、俺の身と・・・お前の身に危機を感じた時は、遠慮なくこの力を使わせて貰う。
お前を失うくらいならば・・・この先は言わなくとも、分かるな。



グウィゥゥゥゥゥゥゥゥウウン・・・



目と目を確かに合わせて互いの意志を伝え合い、心と思いを一つにした瞬とバランは全身を灼熱に包み、必殺の一撃を放とうとするヒジュラスを同時に睨む。
瞬は銃口を目線の先のヒジュラスへ寸分の狂いも無く正確に合わせ、バランは台風の最中にいるかと勘違いさせるかの如く、一帯の草木を激しく揺らしながら空気を吸い込み、口内に真空の弾丸を生成する。



「後の事は任せろ・・・お前はただ渾身の一撃を放て!バラン!」



グウィゥゥゥゥゥゥゥゥウウン・・・!



そしてバランは、瞬の意志を共に乗せた会心の一撃「真空圧弾」を、ヒジュラス目掛けて放った・・・






たとえ、どんな強大な敵が立ち塞がろうとも。
たとえ、残酷な因果が待ち受けていようとも。
運命によって出合い、共振する個性によって結ばれ、種族を越えた固い絆で繋がったこの二つの存在は決して屈する事はない。
山神の名を冠する者として、人々の平和を保つ者として。
この世界で本当に守るべきモノを知る、深き知恵を授けられた者同士として・・・

[俺達の戦いは、まだまだ続く・・・!]
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好釦