拍手短編集







2012年・大晦日。
広大な日本アルプスの、雪化粧に包まれた豊かな緑の中を歩く、巨大な影があった。



グウィゥゥゥゥゥゥゥゥウウン・・・



そう、バランだ。
今や日本アルプス一帯の主となったバランは足元の小さな生命達を脅かさないように気を払いつつ、悠然と白い景色の中を歩んでいた。
閉ざされた自然と北方寄りの気候は、厳しい寒波となって此処に住む獣達を襲うが、空に輝く太陽の光と長くこの地に住を構えた経験による順応力が、彼らの命を繋いでいた。
最も、彼らと存在力がまるで違うバランには、多少の気温差など殆ど無関係な話なのだが。



『・・・日に日にケモノ達の気配が少なく成って来るな。今が冬で在る以上、致し方無い事か。然し、此処に来て多少時が経ったが、私が其れしきの事で寂寞(せきばく)を感じるとはな・・・』



越冬の為のもう一つの手段、冬眠を行った事による長い眠りに付いた動物達を思い、一抹の憂いを感じるバラン。
ふと、雲一つ無い青い空を見上げたバランだったが、そこで彼はある「何か」を見つけた。



『・・・雲?』



それはバランにはまるで、空と言う青い情景の中に一つ浮かぶ真っ白の雲に見え、更にその雲は見る見るうちに大きさを増して行く。
そう、段々とこちらに向かって来ているのだ。



『否、待て・・・この感覚は・・・!』



目で捉えるより先に、バランは本能がひしひしと伝える感覚から、雲の正体を掴んだ。
かつて恐竜・バラノポーダだった頃、仲間の位置を知る為に身に付けた、察知能力・・・今なお衰えない、懐かしさすら感じる感覚。
そして、かつて森羅万象の超獣・黄龍と激闘を繰り広げた際に出会い感じた、同族の気配。



グウィウォォォォォウン・・・



『・・・ごきげんよう、バラン。本日はこちらからお会いしに参りました。』



周囲に雪をはためかせ、ゆったりとバランの前に降り立った「雲」。
それは西方守護を司る四神・白虎の位置に収まるモノにして、自らの前身――バラノポーダ――とルーツを同じとする、美しき白い怪獣・アンバーであった。



『お久しぶりです。中々そちらから会いに来て下さらないので、わたくしがここまで出向く事にしました。』
『そうか。久しいな、同族よ。』
『「同族」との再会としては、淡々としていらっしゃいますね?』
『私は冷淡なカイジュウなのでな。兎も角、此処まで御苦労だった。其処で楽にすると良い。』
『では、お言葉に甘えまして。』



バランに言われるまま、何者もいない開けた平地にアンバーは足を置き、そのまま彼女は正座の体勢を取った。



――其の体勢、本当に楽なのか・・・?



そう思いつつ、バランもまた木々を背にしながら平地に腰を付き、アンバーの話を聞く事にする。



『今回は「ミコ」なるニンゲンと来ては居ないのか?』
『穂野香は今日約束事があって出掛けていまして、その穂野香に許可を貰って単身参りました。今日は大晦日、一年と言う時間の区切りの日なのですが、ご存じですか?』
『以前、モスラに其の翌日で在る元旦早々に呼び出された事が有ったのでな。其れ位の知識なら持ち合わせて要る。』
『それは意外ですね。人間の風習ですから、存じていないかと思っていましたが。』
『ニンゲンの事等(など)如(どう)でも良いが、何故か自然と知識が身に付いてしまうのでな。私も迷惑して要る。』
『相変わらず、人間はお嫌いなのですね・・・やはり瞬様のような人間でないと、受け入れられないのですか?』
『当然だ。シュンはニンゲンの中でも例外の存在だからな。シマやハルカも一応は同様だが。』
『では、貴方は余程瞬様の事が好きなのですね。』
『な、何を言って要る!シュンは共振する個性を持った「同志」だ!好き等の関係では無い!』



つい右手で地面を叩き、雪や動物を散らしながら必死にアンバーの言葉に食ってかかるバラン。
その様子を見たアンバーは態度を崩す事なく、むしろ雰囲気に似合わぬ程に焦りを見せるバランの事を微笑ましく思い、思わず緩む口元に手を添えた。



『そう慌てなくとも、恋愛のような意味での「好き」ではありませんよ。「好き」と言うのは、信頼や友情などの関係でも使うものなのです。』
『そ・・・そうか。全く、紛らわしい用法で使うな。』


――・・・何だか、ここまで必死に否定されると愛嬌すら感じます。
ふふっ、面白いお方。

[これはデートではありませんからね。一応。]



『失礼致しました。それでは話を変えまして、この辺りは中々冷えますね。わたくしのいる四国地方は、南寄りで温暖ですので。』
『私は既に此の気候には馴化して要る。此処で暮らすケモノ達も然うだ。』
『慣れ、ですか。ですが、それでもこの辺りが少し寂しげに感じるのは、冬眠をしている動物達が少なからずいるからでしょうか。貴方はどうですか?』
『如と言う事は無い。其れがケモノの摂理で在るだけ、私には関係の無い事だ。』
『それにしては、遠目から伺った貴方の表情に曇りが見えましたが・・・本当は寂しいのでしょう?』
『勝手に私の本心を決め付けるな。長年只一身で過ごして居た私が、其の程度で孤独を感じると思うか?』



意もすれば、やや不機嫌気味にアンバーの推量を否定したバランだが、一方でアンバーはバランの冷淡な表情に隠された、微かな寂寞の感情を看破していた。
そんな彼の冷えた感情を温めようと、アンバーはバランの手をそっと掴み取ると、掌を両手で包み込み、動揺する彼と目線を合わせながら緩やかに、言葉を掛け始めた。



『・・・!御、御前は何を・・・』
『貴方は、孤独ではありません。ここに住まう動物達が、貴方を理解してくれる人間の方達が、声は聞こえなくとも確かな絆で結ばれた、瞬様がいます。心、シン、HEART・・・様々な言い方がありますが、貴方がそこに彼らの存在を感じる限り、貴方はひとりではないのです。』
『私は気にしては・・・』
『言葉と本心が、ずれていますよ?わたくしには分かります。無理は心の毒です。時には本心を解放して、思いのままに自分を出しましょう。わたくしもお手伝いしますし、その為に今日わたくしは来たのですから。』
『・・・御節介者め。』
『ちなみにわたくしは、今日貴方に・・・いえ。初めて貴方と会えた時からずっと、涙を流しそうなくらいに出会えた事を嬉しく思っています。わたくしと貴方は姿は違えど、紛れも無き唯一の同族なのですから。貴方はいかが?』



バランの心情の全てを見透かしつつも、それを受け入れ癒やさんと、琥珀の瞳でバランを覗き込むアンバー。
彼女の言葉が、眼差しが、手の感触が、バランの心を温めて行き、この世界に同族(アンバー)が存在していると言う事を認識した時、もうバランは寂寞の感情を忘れ去っていた。



『・・・私も然うに、決まって要るだろう。』
『よく、言えました。』



アンバーが来た時から、ずっと固く結ばれていたバランの口元が、ようやく綻んだ瞬間だった。







『3、2、1・・・!』
『謹賀新年。』



数時間後。
2012年の大晦日が過ぎ去り、2013年最初の日がやって来た。
アンバーは未だバランの隣に留まっており、2人きりならぬ「二体きり」で、元旦を迎える事となった。



『本年も、宜しくお願い致します。』
『うむ。』
『向こうでも、新年を迎えましたが・・・』

――アンバー!あけおめーっ!!



と、その時突如アンバーの脳裏に聞こえて来る、異常なまでに甲高い声。
それは現在、奈良で黄龍事件に関わった者達と年跨ぎの祝祭を開いている巫子・穂野香の声であった。
彼女は勾玉を使ってアンバーと交信しているが、「結晶」での交信経験のあるバランにも一応穂野香の声は聞こえている。



『あら、穂野香。明けましておめでとう。穂野香の事だから、また変に騒いでいるのですね?』

――騒いでないし、酒も呑んでないよ?
ちょっとテンションが、高いだけっ♪

『もう、ちょっとどころではないでしょう?そちらには年配の方もいますから、羽目を外し過ぎて誰かに迷惑を掛けないようにして下さいよ?』

――分かってるって!
だからアンバーもバランと目一杯楽しんでね~!
それじゃ、私はこれで!・・・あっ、瞬さん!逃げちゃ駄目!今度こそ私達とももクロを・・・



『・・・今終わりました。失礼致しました。』
『微かに聞こえていたが、無礼なのはミコの方では無いか・・・?シュンに何事が起こって要る。』
『わたくしには分かりませんが・・・穂野香にも確かな良識はありますから、瞬様を取って食うような事はしないと思いますよ。』
『其の言葉、信用して良いのだな?』
『大丈夫です。わたくしをどうか信じて下さい。』



困惑するバランに対し、アンバーはお互いの肩が当たってしまう程にバランと距離を詰め、彼に言い聞かせる。
しかしその途端、バランは何故か心なしか戸惑いの様相を見せ、ほんの僅かにアンバーと距離を取った。
だがそれを知ってか知らずか、アンバーはバランとのパーソナルスペースを変えないまま、話を続ける。



『・・・どうか、なされましたか?』
『い、否。何でも無い。』


――・・・何だ?此の靄々(もやもや)とした感情は・・・
心の寂寞は晴れた筈。
ならば何故、彼女の存在を感じる度に、恥じらいにも似た感情が生まれるのだ・・・?

[・・・気不味い。]



『わたくし、今年も貴方にもっとお会いして、更に親交を深めたいです。』
『私も然う・・・だな。』
『次は是非、四国に来て頂いて・・・はっ!』
『此の感覚、御前も感じたか・・・!カイジュウの出現だ!』



バランとアンバーがほぼ同時に感じた、迫り来る「敵」への警鐘。
今まさに新年に沸く日本の何処かに、平和を脅かす脅威・・・怪獣が現れたのだ。



『近いな・・・我が聖域(テリトリー)を侵犯するのなら、其の前に駆逐してくれる!』
『わたくしもお供致します。穂野香がいないので全力は発揮出来ませんが・・・貴方の住処と人々の平和を、わたくしは守りたいのです!』
『・・・勝手に為ると良い。私は行くぞ!』



一気に臨戦態勢となった二体は素早く皮膜を広げ、夜の闇に染まる空の彼方へ飛び去って行った。



――然し、此れ以上彼奴と一緒に居たらと考えると・・・良い中断とも言えるか・・・?
否、待て。我乍(なが)ら、何を言って要る・・・
ともあれ、待って居ろ!カイジュウめ!






ヌゥバアアアアア・・・



数十分後、長野県・梓川中流域付近で蛇竜怪獣・ラゴネークが暴れていた。
吸盤が付いた足をしならせ、ラゴネークは木々をなぎ倒して行く。



『其処までだ、貴様!』



と、そこに突如起こった乱気流がラゴネークを捉え、動けなくなった所へ無数の棘がラゴネークの全身に刺さり、炸裂してダメージを与える。
怯んだラゴネークが空を見上げると、そこにはバランとアンバーの姿があった。
乱気流はアンバー、棘はバランの針千本によるものだ。



『これ以上の暴挙は、わたくしとバランが許しません!覚悟!』
『自然の中で生まれ乍ら、其の自然を己の手で破壊する等、愚の骨頂!バラダギの名に賭け、貴様を伐つ!来い、アンバー!』
『はい!四神・西方守護・・・白虎のアンバー、参ります!』



グウィウォォォォォウン・・・


グウィゥゥゥゥゥゥゥゥウウン・・・



思いと志を一つにし、気高き山神・バランと麗しの風神・アンバーは力強く空気を吸い込み、瞬時に口内で円形に集束させると、地上のラゴネークへ二つの真空圧弾を放った。



ヌゥグブォァァ・・・!






それから数時間後、日東新年の朝刊に「新年早々不幸をもたらした蛇と、幸せを守った山神と風神」と言う記事が載ったのだった・・・

[皆様、2013年は巳(へび)年です。]
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好釦